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3.ふたりのオッドアイ魔術師

7.夕食会 1 後

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 ミアの眼帯を着け直すと、ミアと目が合った。ルークと距離が近くなったことで、チャールズからの威圧が緩まっているといいのだが。「王家の夕食会で飲む紅茶は美味しいよ」と薦めると、ヘーゼルの右目はきらきらと光った。

「ひとつ、いいかしら」
「はい」

 エリザベスが、わざわざルークに許可を取った。ミアに関することを問いたいのだろう。

「ミアは、ひとりで転移できるのかしら」
「試していないので分かりません。最高難度と言われていますし、練習するにも気を遣います」

 エリザベスは、チャールズを見て少し考えている。チャールズも、エリザベスが何を言おうとしているのか分からないようで、妻の顔を見ながら首を傾げている。

「週に、そうね…、二日ほど、ミアだけ私のところに顔を出せないかしら」
「何のために?」
「ミアの淑女教育よ。貴方には限界があるでしょう?」

(っ……)

 痛いところを突かれた。確かに、ルークにはできない部分だ。

 女性でもないし、一代爵の実家からは距離を置いている。女性貴族がどう振る舞うのか知る機会がなかったし、知ろうともしなかった。

 出生が未届であったとしても、当主がすでに亡くなっていても、ミアはもともと公爵令嬢だ。ルークの妻となり王宮への出入りがある以上、貴族としての振る舞いはできたほうがいい。記録魔術を見ることもできるが、カトラリーの使い方と同じで、実践の方がいいだろう。かといって、ふたりで住む屋敷に人を呼びたくはない。

「ミア、どうしたい? コルセットの着方とかカーテシーの仕方とか、僕が手伝ってあげられないものを教えてくれるそうだけど」
「……受けたいです、王妃様」

(そう、言うと思ったよ)

 王家の前で控え目だが、ルークにはミアが喜んでいるのが感じられる。

 旧公爵邸での暮らしでその知識欲を満たされてこなかったからか、好奇心が強い。幼いころからそうなのかは聞いていないし、尋ねたところでミアには比較対象もいなかったから、分からないと答えるはずだ。魔術の訓練でも躓くことは少ないし、疑問はすぐに解消しようとする。新しいことに触れるのが楽しくて仕方ないのだろう。

「ファーストネームで、もしくはもっと砕けてベスと呼んでくれてもいいのよ。私たちには上下関係があるようでないのだから」

(その話も、まだしてないな…)

 オッドアイ魔術師と王家の関係も、いずれはミアに知ってもらう必要がある。定期的にエリザベスに会うのなら、任せてもいい部分かもしれない。

「その週二回、ルークも一緒に来て、私の仕事を手伝ってくれ」

 チャールズに声を掛けられ、目線を移した。幼馴染は、いつの間にか国王の表情に戻っていた。

「任務ですか」
「今までのように外の様子を調査するというよりは、政治だな。外交について、共有したいことがある」

 チャールズの目を見て、ぴんと来るものがあった。

 ミアと一緒に住み始めた半年の間、初夜を迎えることに追い詰められていたため、すっかり忘れていたが、ウェルスリーがなぜあの場にいたのか、何も聞いていないのである。ウェルスリーが東の山賊と手を組んでいただけならまだいいが、さらに東にあるエスト王国が絡むような事態だとすれば、こうして落ち着いて会食などしている場合ではないはずだ。

 ミアと結婚したことで旧ウェルスリー公爵家とは義実家の関係となり、何か足を捕まれるかもしれない。ミアには悪いが、やはり隠れた生活は続ける必要がある。

「チャールズ。その場合、ルークはどこに所属する?」
「王家だな。私の直属だ」

 ジョンの質問に答えたチャールズの言葉に、大きく一息吐いた。ルークの溜息は癖のようなもので、誰も気にしない。

 警備隊や騎士団は王家の指示で動く集団だが、王家直属はその上に立つ。王家の指示なしでも、公的に何をしても許されるような立場だ。今まで、その立場に着いた者はいただろうか。

 騎士学校を飛び級で卒業、成果を上げ褒賞も得ているルークに、妬みを持つ者は増えただろう。それに加え、半年の休暇を経ても、王家直属に昇進することになる。チャールズの幼馴染という事実は出回っていないし、一代限りの爵位しか持たないルークに、なぜチャールズがそこまでの好待遇を向けるのか、理解できない騎士や一般市民も大勢出てくるだろう。

「気軽に出歩けなくなることについては申し訳なく思う。だが、気の知れたルークだからこそ、直属で居てほしいのだ」

 何か、裏があるだろう。一体何を予知して、今回のルークの異動を決めたのだろうか。

「チャールズがルークを気に入っているとか、流しておくか。つまりは国王の贔屓だと」
「またそうやって、嘘を吐くんですか…」
「あら、転移するのだから、耳には入らないでしょう?」
「それはそうですが…」
「ミアは、どう思う? 今は外に出ているのか?」

 急に話を振られて驚いたミアは、テーブルに手を当ててしまったようで、未使用のカトラリーを鳴らし音を立ててしまったことにもさらに驚いて、また固まっていた。

「大丈夫、慌てないで、力を抜いて」

 席を立って、ミアの背に触れる。顔を覗き込むと、先程浮かべていた安堵や微笑みはなく、瞳は少し潤んでいるだろうか。

(淑女教育の話が出たから、意識した? 大丈夫だよ、みんな、練習してできるようになるんだから)

 ここにいるのは、ミアの出生も知っている。必要以上に気を張る必要はない。人前でなければ、口を寄せてあげるところだ。ミアのすぐ隣にしゃがんで目線を下げ、膝の上で握りしめられた手に、ルークも手を重ねた。

「ミア、屋敷の外、例えば街を歩いてみたいと思う? 大丈夫、ゆっくりまとめて、口に出して」
「…歩いてみたいと思ったことも、昔にあるけど、どうしてもってほどでは……」

 ミアは少し考えてから、目を逸らさないルークに返してくる。ルークとの生活に馴染むことのできたミアなら、きっと、この三人との会話にもすぐに慣れる。

「他に、何かやってみたいことは?」
「…さっきの、淑女教育に興味があるくらいで、考えたこともない」
「じゃあ、週に二回、王都に来るのが増えるだけで、その他は今までの生活が続くだけだよ」

 ミアが小さく頷いたのを確認して、ぎゅっと手を握ってから、席に戻った。チャールズが何か言いたげだったが、エリザベスの鋭い視線に止められていた。

「……ルークの王家所属については、また発表を出しておく」
「分かりました」

 誤魔化すように紅茶を含んで、チャールズが続けた。

「それから、これは一友人として確認するんだが、正式な結婚の発表は今回の王家所属と同時にするとして、披露宴はしないつもりだな?」
「はい」

 ルークには、《一友人としてのチャールズ》が何を言いたいのか、よく分からなかった。ルークの性格を知っているし、何かないとそんなことは言ってこないだろう。

 結婚式は、初夜のために必要だったが、血縁者を呼ぶ披露宴は必要ない。そもそも、ルークにもミアにも、結婚を祝ってほしいと思える血縁者はいない。

「大戦果の褒賞としての結婚で、一代爵の騎士と公爵令嬢の結婚だとしても、か?」
「しないといけないんですか…」

 身分差を指摘されると、譲歩せざるを得ない。ミアのほうが身分が上で、しかも一段ではなく、貴族最上位と最下位なのだ。戦果を上げたあとの王命とは言え、その身分差を覆すほどの理由にはならなかったのだろう。

「だから一友人として聞いている。したくないんだな?」
「血縁に会うとかしたくないですよ、知ってるでしょう」
「そうだな…、アンドルー・ウィンダムには上手く取り繕っておくよ」

 父親の名前を聞いて、チャールズが何に困っているのかをやっと掴んだ。ルークの想定していた、身分差が理由ではなさそうだ。

「…ちなみに、父親はなんと?」
「褒賞での結婚なのに、報告の挨拶にすら来ないのはどういうことかと、私に小言が来た」

 またひとつ、大きな溜息を吐いた。一代限りの貴族の立場で、国王に直接ものを言うとは。

 チャールズはルークを重用し続けるために、父親の機嫌を損ねたくはなく、あまり強く出られないことは知っている。王家の未来予知とオッドアイの魔力の強大さという機密を共有しているからこそ、この距離感で話せているのだ。ルークが結婚の報告を拒めば、また何か余計な動きをするのだろうか。

 ただでさえ、今以上に騒がれる立場になるのに、これ以上の事件は要らない。チャールズの余計な仕事を増やしたくもない。

「…この一回、会えば済みますか。披露宴でなくても、例えば茶会に出向くとか」
「兄も含め、調子に乗るかもな」
「……」

 一度父親の希望を聞いてしまえば、さらに何か求めてくるだろう。チャールズも同じ考えだったようで、ジョンを見ても肩を竦められた。

 ミアは公爵令嬢で、父親が褒賞でもらった侯爵令嬢より身分が高い。さらに今回、魔術師の家系なのに騎士として昇進するルークを、ウィンダム家がどう扱うかは分からないが、世間一般で言えば、兄弟のなかで一番出世したことになる。

(どっちにしても、面倒だな……)

「…こちらで、茶会の手配をしておく。私が間に入れば、まだ安心できるだろう。事後対応は任せてくれ」
「つまり?」
「忘却魔術を忘れるなよ」
「分かりました」

 父親、それから兄たちのところへ結婚の報告に行かなければならないが、ほぼ何をしてもいいとチャールズの許可が下りた。ルークの血縁であるウィンダム家と関わるのがこれっきりになるように、魔術を使って制圧していいと、チャールズの言葉を解釈した。
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