とあるオッドアイ魔術師と魔の紋章を持つ少女の、定められた運命

垣崎 奏

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3.ふたりのオッドアイ魔術師

6.夕食会 1 前

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 王宮の入口で衛兵に挨拶をし、そのまま付き添われて夕食会の行われる食堂へ入った。先に着くものだと思っていたが、見ただけでも分かるほど身重のエリザベスを連れて、チャールズはもう着席していた。ジョンが結界を張り直し、衛兵は全て食堂の外に出て、扉の前で周囲を警戒しながら呼ばれるのを待つ。夕食会の、いつもの流れだ。

「ミア、ここで待ってて」

 式での振る舞いについては横に置き、一歩前に出て、国王夫妻に向け膝と拳をついて、騎士式の礼を取る。

「チャールズ国王様、エリザベス王妃様、久々お目に掛かります」
「楽にしていい、もちろんミアも」

 振り返ると、ミアは王家を初めて目の前で見て、その顔を青白くさせて固まっている。王家の手前、使用人たちもいるなかで無礼はできないものの、チャールズもエリザベスもミアの状況は知っている。どう動いたとしても、許されるだろう。

 国王夫妻に背を向け、ミアに近寄り、そっと背中に触れた。

「ミア?」
「まあ、無理もない。王家に会うことなんて今までなかっただろうから。ルークが慣れすぎてる」

 チャールズがいつもの調子で話しかけてくるが、無視してミアの顔を覗き込む。

「ミア、大丈夫?」

 ミアの両手を握ると、はっとしたようにミアが瞬きをした。

「大丈夫だよ、普通の人だから」
「身分は普通ではないが、そこまで緊張する必要はないよ」

 ミアをゆっくりとチェアに座らせて、隣にルークも腰掛けた。対面に国王夫妻、テーブルの短辺にはジョンが座る。今まではミアがおらず、ジョンはルークの隣にいたため、少し違和感のある席順だった。

 全員が着席したところで、待機していた使用人によって杯が配られる。持ち上げると、国王からのありがたい挨拶が始まる。

「まずは、ルーク・ウィンダム魔術爵三男、よく戻った」

 チャールズが一度言葉を切って、目を合わせてきた。軽く会釈をして応え、隣のミアを見る。先程よりは随分と健康的な顔色に戻っていて、胸を撫でおろす。

「そして、ミア・ウィンダム魔術爵三男夫人。ようこそ、我が主催の夕食会へ」
「…お招き、ありがとうございます」

 ミアが話せたこと、柔らかく微笑んでいることに驚いたのは、ルークだけではないだろうが、ここに集まっているのはセントレ王国のトップだ。そんな動揺を見せる者はいない。

「それではここに、ウィンダム魔術爵夫妻を祝し、乾杯」

 杯をさらに上へと持ち上げ、チャールズがその杯を口に近づけたのを確認してから、ルークも自分の手にある杯を口を付けて下ろす。中身は飲んでも飲まなくても構わない。アルコールに強いジョンは、そのまま飲み干している。

 夕食会といっても、気の知れた身内とその使用人しかいないため、ただ食事をし近況を話す、そんな場だが、一応のしきたりには従う。表向きには《食事会》と呼ばれているが、この三人が揃うものだけを《夕食会》と呼び、区別している。

 めったに開かれることがないのは、国王のチャールズ、魔術師のジョン、騎士のルークが繋がっていることを不審に思われないためでもある。そのためこの会に関わった者には、終わり次第忘却魔術がかけられる。貴族を招いて行う本来の食事会はこうではないらしいが、ルークはこれ以外の食事会を知らなかった。

(父親が一代爵を持つだけの、貴族と名乗れるのか怪しいくらいの身分だし…)

「…式ではあんなに緊張してたのにな」
「チャールズ。どんなに大変で、プレッシャーと責任を背負った任務だったか、分かって言ってるの? 貴方が任せたんでしょう」
「それにしても、度が過ぎていたよ」

 文句を返す前に、エリザベスが全て言ってくれた。エリザベスの同席ほど、心強いものはない。もしいなければ、チャールズがルークをずっと笑っていたのだろう。

 式でルークは、その夜への緊張を酷く募らせていた。だから、その様子を知っているチャールズを睨んでしまう。

 エリザベスは、式にはいなかった。その身体を考えれば、当然だろう。ミアと同じく元公爵令嬢で、チャールズが猛アタックしたことは覚えている。

(笑う気にはならないけど、チャールズも大概…)

 国王夫妻がまだ婚約すらしていなかったころ、チャールズと会うとずっとエリザベスの話を聞かされた。エリザベス主催の茶会に出席したいが、ひとりでは行けないと言うチャールズと一緒に、何度か茶会に出たことがある。

 セントレ王国で一番の権力を持つチャールズを、エリザベスは初め、未来の王妃の立場は荷が重いと遠ざけようとした。むしろ、その賢さがチャールズの気をより引いた。もともと歳も近く、一般学校ですでに顔馴染みだったとも聞いている。そもそも、先王ジョージの予知で、エリザベスが王妃となることは決まっていたが。

「ルーク、ミアの準備を手伝わせておいて、会わせてくれないのは何か意図が?」
「すみません、慣れていないもので」
「女性に、貴方が、ね?」

(エリザベスがこの場にいるのは、そのためか)

 本来の目的は、ミアを一目見るためだったらしい。エリザベスに頼んだものは、衣服や櫛など、貴族の女性が使うものの準備だ。ミアは旧公爵邸で普通の令嬢のように暮らしているとは思えなかったから、とにかく必要になりそうなものを準備してほしいと手紙を書いた。

 女性に触れたことのなかったルークには、女性物の服のサイズなど分かるわけもなく、エリザベスやその使用人にミアの姿を記録魔術として見てもらい、雰囲気や年齢から好みそうな色を用意してもらった。当然、使用人には忘却魔術を掛け、何事もなかったようにエリザベスに仕え続けている。コルセットが必要な衣服を選択肢から外した時点で、サイズを測る必要はなくなり、当時ミアに会うために変身魔術を使っていたルークが、その最中に別の魔術を使わずに済んだ。

 ミアはそれからも、特に希望を言うこともなく、ルークが好きに買ってくる衣服を身に着けている。エリザベスには、きちんと感謝を伝えておくべきだった。ルークだけでは、とてもできなかった。

「準備して頂いたもの、とても助かりました。ありがとうございました」
「そう、その一言が欲しかったの。大変だったのは聞いているわ、茶化すチャールズからではあるけれど。あ、もちろん、冗談半分で聞いているわよ。貴方がそんな男性ではないのも、とっくに知っているから」
「…ありがとうございます」


 ☆


 食事が進み、ほぼ食べ終わったところで、チャールズがテーブルに肘をついてさらに姿勢を崩す。使用人たちは驚いているが、結局記憶を消されてしまうため、毎回驚いているのを見ることになる。

「そろそろ、本題に入ろうか。皆、下がっていい」

 食後の紅茶を出した使用人たちが、ぞろぞろと食堂を出ていくなか、チャールズがミアを見た。目線を合わせてしまったミアは、急な視線に戸惑い、固まってしまった。

 あまり、国王としての強い目線を向けないでほしい。不慣れな者には、圧倒的地位から溢れる自信が伝わりやすい。国王であるチャールズが意識をして、その雰囲気をまとっているのも分かっているが、ここは夕食会の場で、ミアをその目で見ないでほしかった。

「紋章は、どうなった?」

 チャールズなりに、タイミングは選んだのだろう。何も手にしていなかったミアは、カトラリーを落とすこともなく、ただチャールズを見返していた。

「…ミア、見せてもいい?」

 返事はなかったが、立ち上がったルークがミアの前髪に触れても抵抗はされなかった。ミアの意思が伴っていなくても、このメンバーには見せなければならない。

(ごめんね)

 ミアの前髪を上げ、眼帯を取り、左目を晒した。

 ピンク色の目が、瞬きをする。初夜のあとも交わっていて、薄くなった紋章はルークですら跡を見つけるのが難しい。

「可愛らしい色味だ」

 チャールズの、純粋な感想だろう。国王でなくなったときのチャールズは、素直すぎる。おそらく、チャールズとジョンは、この瞳を見て話したいことがあるはずだが、ミアとエリザベスがいる。席を外してもらうタイミングを図っているのだろう。

「これから、彼女の魔力を魔術道具へ利用しようと思っています」
「任務には出したくないと?」

 まだミアには話していないことだが、これはここで言っても問題ない。オッドアイは魔術師のなかでもある程度、仕事に自由が利く。後から変えても、咎められるものでもない。

 ルークがミアにつけてもらっている指輪も一種の魔術道具で、屋敷の周囲を囲む結界も、魔術道具が使われている。ジョンが自分の魔力を使った魔術道具の取引を王家経由でしているし、そこにミアの魔力も利用できるだろう。ルークには騎士としての任務と王家からの特別任務があり、その仕事を手伝う余裕はなかったのだ。

「女性ですし、まだ身体も万全なわけではありません。僕も騎士なので、魔術師としては任務を行っていません」
「確かにな」

 女性の魔術師や騎士もいるにはいるが、基本的に国外へ派遣される人は少ない。魔術道具の商売や貴族個人の衛兵などを主な仕事としているはずだ。

 平和なセントレ王国で、オッドアイの番であるオッドアイの女性を、わざわざ手の届かないところに向かわせないといけないような、切羽詰まった状況はない。

「ルークのことだ。何かあっても大丈夫なように、ある程度戦闘も教えるんだろうが、主な職としてはそうしたいということでいいだろうか」
「はい、そのとおりです」
「承知した」
「ありがとうございます」

 チャールズに、素直に頭を下げた。ミアをひとりでどこかへ行かせるなんて、ルークには考えられなかった。
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