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3.ふたりのオッドアイ魔術師

4.チャールズとジョン 1

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「チャールズ」
「ジョンか、呼んだ覚えはないぞ。自分から来るなんて、珍しいな」

 いつもどおり手で結界を確認する素振りを見せ、ジョンが執務室に入ってきた。チャールズの許可も待たず、魔術を使っているのはその速度で分かるが、あまりにも自然に紅茶を淹れ、スツールを引き寄せ正面に座る。

「あのふたりが来る前に、少し話しておきたい。許可はもらってきた」
「許可? 誰のだ?」

 このセントレ王国の国王は、チャールズである。それ以外の許可が必要であれば、相手はひとりしかいない。

「先王ジョージだ」

(っ……)

 誰に関わる話なのか、気付けないわけはない。ジョンからの言葉に、身構えてしまった。こんなにすぐ動揺するところをエリザベスに見られたら、国王らしくないと注意されるだろう。

「チャールズは、ずっと疑問に思っていただろう。なぜジョージが、あのアンドルー・ウィンダムに褒賞を与えたのか」
「予想はついているが…」

 試すように片眉を上げたジョンに、先を促された。ジョンの淹れた紅茶を一口啜ってから、言葉を探した。

「予知が関わっているのは間違いないだろう? あれを父親として、ルークが生まれるのを見たんだ」
「詳細を知りたいとは、思わないか?」

 チャールズは寝ている間、夢の中で予知を見る。現在隠居している父ジョージは、目を合わせた人物の未来を見るという、王家の予知能力の中でも非常に厄介なものを持っていた。王太子時代も国王になってからも、人と目を合わせないことは不可能に近く、勝手に流れ込んでくる他者の未来にだんだんと身体を壊すようになり、早々にチャールズに王位を譲った。

 今は同じく隠居を選んだ母とともに、できる限り人と会わずに過ごしているが、ジョンは異なる。王家の秘密を知り、付き合い方も分かっているため、定期的に会っているとも聞く。頷くと、ジョンは再び口を開いた。

「三十年ほど前になるか…、あのころは私もまだ若く、番がいるのではと思っていたのもあって、会うたびにジョージと目を合わせていた。あの日は、分かりやすく目を丸められたのだ。『弟子が現れるぞ』と言われたときには、私もらしくなく驚いたよ」

 ジョンは、魔術学校で教鞭を執っているが、鉄仮面と呼ばれるほどに感情が表に出ない。こうしてチャールズとふたりきり、もしくはルークも含めた席でしか、顔を緩めることがない。今は歳も取って、これでも多少柔らかくなったらしい。

(オッドアイの実年齢なんて知らないが…、普通の魔術師よりは生きているだろうな。見た目が幼いころの記憶から変わらないし…、王家が予知のせいで平均寿命よりも短命なのもあるが)

「それから、弟子探しのために、ジョージが魔術学校への見学を始めた。カモフラージュのために、騎士学校や一般学校も回るようになったがな」
「人の多いところに、父が?」
「魔術学校以外では、遮断魔術を使って人の目が入らないようにしていたよ、当然な」
「ああ……」

 魔術を扱えるわけではないチャールズには、魔術で解決できることが身近なようで遠い。自分では掛けられないため、ジョンに頼む際、どういった魔術を作動させたいのか、言葉にまとめる必要がある。ルークも含め、その説明を具現化してくれる能力には、助けられている。

 セントレ王国王都にある学校を回ること自体は、チャールズも続けている政務のひとつだ。騎士団や警備隊の最終決定権を持つのは国王で、各学校でその卵をこの目で確認するのは、軍隊を維持するために必要なことだと感じていた。

 一般学校に通う子どもたちも、やがて一般市民となり民衆となる。反乱の意思を持たせないためにも、国王が直々に顔を見せることに意味があると考えていたが、人嫌いの父が始めたことだとは思っていなかった。

「しばらく見学を続けて、見つけた。『アンドルー・ウィンダムの息子が、弟子だ』と言われた衝撃を、想像できるか?」
「なんとなくは。ウィンダム家は代々横柄だから」
「予知であれの息子が弟子だと言われても、育てられる自信が全く持てなかった」

 ジョンの言いぶりから察するに、父はルークがオッドアイであることまでは予知しなかったのだろう。おかげで、セントレ王国の法で決まった五歳の入学時まで、ルークがオッドアイを持つ稀有な魔術師の卵であることを、王家は把握していなかった。

「ジョージは、アンドルーを泳がせた。少し難度の高い任務に就かせ、成功させた隊員全員に褒賞を与えた。性格に難のあるアンドルーと組むには、割り切れる大人な人物しか適さない。よって、褒賞の件もアンドルーだけが目立つ結果になった」
「その褒賞が、爵位と令嬢だな」
「令嬢が、誰だったかは覚えているか」
「カートレット侯爵の娘だったか? 魔術師を輩出する家系のひとつだ」
「正しいが、正しくない。褒賞で渡った令嬢は、セイディ・カートレット。侯爵家で間違いないが、一般人だ」
「は…?」

 魔術師が魔術師同士でしか交われないことは、常識である。その子はレッドの目を持ち魔術学校に入学することがほとんどだが、稀に一般人も生まれることがある。それ自体は、問題ではない。魔術師であるアンドルーの褒賞が、一般人のセイディであることは、普通あり得ないのだ。

「セイディの見目を気に入ったアンドルーが、どうやって子を成すのか、予知で見なくとも想像はついた。心の通わない人物との交わりは魔術師同士でも危険だ。国王からの頂き物である令嬢を、死なせるわけにもいかない。愛人との子だと、外部には知られたくないだろうから、出生記録を隠すか偽造するのも読めていた」
「なるほどな…」

 ルークの出生について、考えたことがないわけではないが、突き詰めようともしてこなかった。ルークはルークで、アンドルーとは別人だ。忠実に仕えてくれる者の出生を、掘り返そうとは思っていなかった。

「だから、アンドルーはもう用済みだ。あの横柄さをいつまでも聞き入れる必要はない」
「…ひとつ、聞きたい」

 ジョンが紅茶を口にしてから、チャールズに向かって頷いた。

「なぜこのタイミングで明かした?」
「ひとつは、ルークが、交わったことで自分の出生に疑問を持っただろうから。もうひとつは、ルークの婚約に関して、ウィンダム家全体がうるさいだろうから」
「ああ……」

 ジョンの推測は当たっていた。ウィンダム家は一代限りの魔術爵で、貴族社会でも上位にはいないにもかかわらず、チャールズに手紙を書いては都合良く動かそうとしてくる。父が褒賞を与えたことで、ルーク以外の息子二人を含め、調子に乗っているのは間違いない。

「私の唯一の弟子とその番を守るために、権限を行使できるのはチャールズだ。この話を知った上でどうするかは、任せる」

 極端に言えば、王都や国からの追放もできるが、さすがに強行すぎるだろう。実家のことだ、ルークにも意見を聞きたい。


 ルークがオッドアイ魔術師として特別任務を請け負ってくれるようになるまで、予知について極秘に調査をするのはジョンの役目だった。オッドアイがジョンしかいなかったのだから当然である。

 国王がオッドアイに直接頼む隠密行為をこなすために、ジョンは本業の教職を抜け、そのたびに出張と偽るための魔術を同僚に掛けていた。一週間を超える長期の特別任務は、ルークがウェルスリー公爵家へ向かったあの半年まで一切なく、平和な時代に感謝するばかりだ。

 それだけ、父であるジョージの予知が強力だったとも言い換えられる。自らの意思が関係ないことは父と同じだが、ジョージは特定の人の未来を見ることができた。チャールズの予知は断片的で、見えた予知が何を示すのか、事象を解くのに苦労する。

(ふう……)

 父は、健康と引き換えに強い予知を持った。国王として民衆の前に立てるチャールズが、妬むのは筋違いであることも分かっているが、予知がはっきりとしていれば、ルークの特別任務がここまで重いものにはならなかったはずだ。

 未だ執務室で紅茶を飲んでいるジョンからは、与えられた能力を最大限活かし、信頼のおける周辺を堅め、この平和をできる限り維持しろと、その目線だけで言われていた。

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