上 下
26 / 103
3.ふたりのオッドアイ魔術師

3.番の威力

しおりを挟む
「ん」
「どうかした?」
「ごめん、通信が返ってきた」

 ミアが驚くのも当然だろう。密着していたのに、引き剥がすようにいきなり距離を取った。通信魔術を受け取るのはルークで、ミアに内容が分かるわけではないが、反射的に構えてしまった。

「ミアもオッドアイだから、チャールズに会わないとね」
「国王様に?」
「そう、式にもいたよ」
「国王、様、がっ…!?」

 ミアが目を見開いて、まっすぐにルークを覗き込んでくる。思わず笑ってしまったルークは、誤魔化すようにミアの額にキスを落とした。ミアの反応は決して大袈裟ではなく、ルークが王家に慣れすぎているのだろう。

「幼馴染だから、名前で呼ぶ方が多いんだ。驚かせて、ごめん」

 昨日の結婚式の場で、ルークを盛大に笑っていた幼馴染と、正直言えば顔を合わせたくはない。ただ、任務報告はどうしても必要で、まだ正式には、特別任務は完了していない。

「明日の夕刻、夕食会も含むって」
「……?」
「はは、いつも通りで大丈夫だよ、ミア」

 ミアにはそう言いつつも、事の大きさがだんだんと実感に変わってくる。夕食会に招かれることは何度かあったが、初めて謁見するミアが同席するのは異例だろう。オッドアイが国家に増えることが、それだけ国益である証拠だ。

 成功したとはいえ、ミアのピンクの目がこれからどうなっていくのか、注意しておく必要はある。書物に残っていないということは、過去に登場しなかったということ。何が起きてもおかしくないのは、今までと同じだ。

 ずっとそばに居てくれる髪を触っていると、急に顔を上げたミアと目が合う。ピンクとヘーゼルでまだ見慣れないが、どちらの瞳も色素が薄く可愛い色だ。ミアが先に目を逸らして、ルークの胸元にぎゅっと顔を押し付けてくる。

「ルーク」
「ん?」
「あれ、すごく気持ちいい」

 いきなりすぎて何のことか理解できず、一瞬固まったが、ミアの真っ赤な耳を見て、思い当たった。

「…軽く、誘わない方がいい」

 ミアの耳を軽く噛みながらソファに押し倒しても、抵抗はされない。唇を舐めて吸うと、ミアの魔力が漂い始める。

「番は、快感が桁違いらしいよ」

 何も言わないミアを抱き締めて、寝室のベッドへ転移した。とんとマットレスに沈む感覚に、「え」とミアが声を上げる。

「転移魔術。ちゃんと話すのは初めてだね。オッドアイ魔術師の中でも、使えないのが普通なくらい、高度な魔術だよ」
「ん…」

 ミアの返事を聞く前に、馬乗りになって唇を奪った。話しかけようとしていた隙間から舌を入れ、口内を貪る。舌を絡めとったあと、抱き締めたまま首筋に這わせながら、ミアの服を取ってしまう。

 まだ特別任務は完了していない。だが、昨夜のような緊張感もない。ミアに許され甘え、何度も果てた。そのたびに放出した魔力が混ざり、体内へ戻ってくると、ぐんと魔力総量が上がる。

 これが、魔術師の交わりで、番である分、効率もいいとされる行為だ。他を知らないルークには、それが本当かどうか確かめようがないが、ずっと溺れていたいと思うほどに、ミアの匂いとあたたかさが好きだった。


 ☆


 すっかり陽は落ちてしまった。明日の夕食会について尋ねてくるミアに答えながら、食事を取ったあと、シャワーを浴びるために書斎へ戻ったが、出られずにいた。読み返そうと机に置いてある書物を手に取って開いても、内容が頭に入ってこない。

(まるで、獣だな…)

 番の絆だといわれれば、そうなのかもしれない。ミアに出会うまではほぼ興味がなく、騎士が任務帰りに寄る娼館にも手を出さなかった。

 あの広いベッドでミアと一緒に朝を迎えたいが、間違いなく襲ってしまう。せっかく許されたのだ、嫌われたくはない。


 ジョンが使えない転移魔術を、一日に何度も使えてしまうルークの魔力に、ミアは負けなかった。魔術師と、例えば魔力を持たない一般人が交わると、一般人は魔力を感じられないが圧倒され気を失うという。最悪の場合は、そのまま魔力に押しつぶされ亡くなってしまう。

 交わること自体が初めてだったルークが、放出する魔力を加減できていたかと問われれば、できなかったと答える。自分の魔力放出について考えている余裕など、なかったのだ。

 ミアを貫いたあとに、ミアから出た魔力を見て、そこでルークも魔力を放出していたことにやっと気付いた。ミアの魔力も相当強力だろう。そして、番である限り、増強され続ける。

(そういえば……)

 ルークの父親は魔術師で、その父親が褒賞として得た母親は侯爵令嬢で一般人だ。ウィンダム家が代々魔術師を輩出する家系だとしても、息子が三人とも魔術を扱えるのは遺伝的に奇跡に近いと、幼いころにジョンが言っていた。

 魔術師は基本的に、魔術師の男女から生まれる。魔力増強のための番が存在するのだから、当然である。ただし、魔術師同士で心を通わせた同意があれば、番でなくとも交わりは可能なのだろう。騎士には、娼館が用意されている。魔術師にも、そういった施設がないわけではない。同化魔術で隠されていて、普段は一般人や騎士の目に入らないし、金で合意は取れる。

 行為に慣れてしまえば、魔力放出をせずに交わることができるのだろうか。もし可能なら、魔術師と魔力を持たない人間との交わりもあり得るが、珍しいのは確かで、ルークは両親以外にその組み合わせを知らなかった。そもそも良い記憶もなく、両親について思い出そうともしなかった。

 大きくひとつ、溜息を吐く。ルーク自身が交わりを経験したことで、新たな疑問が浮かぶ。

(僕の母親は、本当にあの人か…?)

 父親が横暴なのはチャールズからも聞くことで、褒賞として妻になったルークの母親に対し、父親が魔力を気に掛ける様子が全く想像できない。父親には、魔力増強のために魔術師の女性が別にいたのではないか。最悪の場合、兄二人を含め三人とも、母親が異なる可能性すらある。

 あくまで私情だ。この先どんな任務に就くことになるのかは分からないが、時間があれば調べてみようか。

(いや、知らないままでいたほうが…)

 こんこんと、扉が叩かれる。顔を向けると、少し開いた隙間から、ミアが覗いていた。

「ごめんなさい、邪魔をした?」
「いや…」

 むしろ、思考が途切れてちょうどよかった。普段どおりのナイトドレスを着たミアに近付く。風呂に入ったばかりなのか、顔が火照っていて良い匂いが漂ってくる。

「…一緒に、寝たくて」

 その言葉に応えるようにミアを抱き寄せ、そのまま寝室のベッドへ転移した。好きな匂いすぎて、それだけでも刺激されてしまう。ミアに気付かれたくはなく距離を取ろうとするが、背中に回した腕の力を緩めてくれない。

「いいの、されたいから」
「だから、軽く誘わないでって」
「乱暴にはしないでしょ?」

 大きく一息吐いたあと、ミアと唇を重ねた。半年一緒に過ごし、敬語も取れて遠慮のなくなった番のミアに、我慢することは諦めていいのかもしれない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

戦神、この地に眠る

宵の月
恋愛
 家名ではなく自身を認めさせたい。旧家クラソン家の息女エイダは、そんな思いを抱き新聞記者として日々奮闘していた。伝説の英雄、戦神・セスの未だ見つからない墓所を探し出し、誰もが無視できない功績を打ち立てたい。  歴史への言及を拒み続ける戦神の副官、賢人・ジャスパーの直系子孫に宛て、粘り強く手紙を送り続けていた。熱意が伝わったのか、ついに面談に応じると返事が届く。  エイダは乗り物酔いに必死に耐えながら、一路、伝説が生まれた舞台の北部「ヘイヴン」へと向かった。  当主に出された奇妙な条件に従い、ヘイヴンに留まるうちに巻き込まれた、ヘイヴン家の孫・レナルドとの婚約騒動。レナルドと共に厳重に隠されていた歴史を紐解く時間が、エイダの心にレナルドとの確かな絆と変化をもたらしていく。  辿り着いた歴史の真実に、エイダは本当に求める自分の道を見つけた。  1900年代の架空の世界を舞台に、美しく残酷な歴史を辿る愛の物語。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】この運命を受け入れましょうか

なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」  自らの夫であるルーク陛下の言葉。  それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。   「承知しました。受け入れましょう」  ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。  彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。  みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。  だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。  そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。  あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。  これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。  前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。  ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。     ◇◇◇◇◇  設定は甘め。  不安のない、さっくり読める物語を目指してます。  良ければ読んでくだされば、嬉しいです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...