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2.魔の紋章を持つ少女
13.特別任務の最終日
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結婚式はミアを旧ウェルスリー公爵邸へ迎えに行った日に確定され、王宮内で極秘に行われることが決まっていた。ミアとの日々に満たされ目を背けたくもなったが、ついに当日を迎えてしまった。
式があるということは、今夜にはミアと交わらなくてはならない。直近の半年は、全てこの夜のための準備だった。どうしても、ルークの肩に圧が掛かる。
「ルーク様?」
「うん、どうかした?」
「…いいえ」
(ふう……)
ミアにも、ルークの様子が異なるのは伝わってしまっている。騎士として、オッドアイ魔術師として、たくさんの任務をこなしてきたが、ここまでの緊張や不安を持つことはなかった。
ミアには、ドレスとは言えないものの、普段よりは少し装飾のついた真っ白のワンピースを着てもらった。その手を取って、王宮内にある神殿に転移する。
初めて見る王宮がいきなり内部の神殿だったミアは、とにかく挙動不審だった。ルークと違い、緊張よりも好奇心が勝っている様子に、ゆっくりと一息吐いた。
ルークが顔を上げると、目の前にはチャールズとジョンがいた。いつ、入ってきたのだろう。気付けなかったことを、認めたくなかった。
「はじめまして、ミア・ウェルスリー公爵令嬢殿」
「チャールズ」
ミアに一歩近づいたチャールズを制した。チャールズは眉を上げたあと、声を上げ盛大に笑い始めた。
この特別任務を任せてきた幼馴染を、睨まずにはいられない。小規模ではあったが警備隊の隊長に任命されたとき、チャールズは真剣に、重々しく任務を告げてきた。人命が関わるのは、今回も同じはずだ。ルークが下手をすれば、セントレ王国が消滅する可能性すらある。
「私は今回、ふたりの結婚を見届けるためにここに来ただけだ。何もしないさ」
「知ってます」
「そんな素振りには見えなかったな、ルーク」
ジョンも、ミアに近づいて挨拶をしようとするが、チャールズの前例がある。足を戻し、名乗って礼をするだけに留めてくれた。
神父の導きに従って、誓いの言葉を伝え合い、指輪を嵌めた。ミアの指に滑らせる際、魔術を使ってサイズを合わせた。ミアも同じように魔術を掛けたのは、指輪がルークの指に収まったため分かることだが、未だにミアの魔力を感じられなかった。
最後に、誓いの口づけを求められる。ミアの肩に顔を埋めることはあっても、それ以上はしないようにしてきた。動悸が外に聞こえているのではと、心配になるほどに酷い。どんな任務をこなしていても、こんなに緊張することはなかったのだが。
ミアに会ってから、感情を揺さぶられる場面が増えた。騎士としても魔術師としても一流の自負があり、身体の制御が利かなくなるなど、思ってもいなかった。
目を閉じたミアの肩に触れ、口角の辺りにキスを落とした。唇の中央には、できなかった。
「……ご苦労だった」
チャールズの言葉を合図に、ジョンが神父に忘却魔術を掛けた。王宮内の神殿で、ルークとミアの結婚式が行われたことを知るのは、チャールズとジョン、それから王妃エリザベスだろう。
「ルーク、ずっとそうなのか?」
「…今夜、変わるといいんですが」
ジョンが指しているのは、ミアの魔力を察知できない違和感だ。ルークだけに分からないのではなかった。他の魔術師にも、ミアの魔力は感じられないのだ。
初夜を迎えることで、ミアの紋章の魔力と交わることになる。そこで何か変わるかもしれないが、そもそも行為自体に不安があるため、どうなるかなど分からない。
(この状態で、男として機能するのか…?)
女性から向けられる目に気付かないほど、ルークが鈍感なわけではないが、そういったものも任務へ利用するだけだった。騎士が出入りする娼館にも、ルークは出向いたことがない。
「ルーク、そう思い詰めるな。ただ感じればいい。その場になれば、分かる」
チャールズからそう声を掛けられるほど、緊張しているのが外に出ているのだろう。できる限り気にしないようにと思うほど、ミアの腰に回した手は汗ばみ湿ってくる。一度目を閉じてから、ミアを連れて屋敷に転移した。チャールズとジョンに挨拶をする余裕など、皆無だった。
☆
あまりにも緊張を隠せていなかった弟子を、ジョンは気の毒に思った。基本的に、魔術師の番は恋愛の末に確定され、互いに気が知れたなかで初夜を迎える。
ルークとミアの関係は、先に匂いで番と分かった上で、任務として半ば無理矢理用意されたものだ。明らかに通常ではない手順を踏んでいる。ルークがミアに、魔術師としての任務をどこまで話せているのかは不明で、ルークを魔術師として育てたジョンにも不安はあった。
(あんなに取り乱したルークは、初めて見たな…、眼帯を忘れるなんて)
この半年間、ルークからは一切の連絡がなく、順調に事が進んでいると判断していた。多少、気遣ってやるべきだった。誓いの口づけすらまともにできず、冷静さを欠いていた。
しかも、ミアの魔力はルークにも感じられていない、魔の紋章による魔力であり、ミア自身のものではない。心を通わせられているのはルークの柔らかい気配からも感じたが、適齢期を迎えていない、精神的に未熟とされる年齢のふたりがどうなるのか、誰にも分からない。
先ほどまでのルークを思い出し、隣で笑い転げているのはセントレ王国の国王である。
(チャールズを見る限り、大丈夫なのだろうが…)
少しでも未来が見えているこの人が笑っていられるのであれば、国に危機が訪れるまでにはまだ時間はあるのだろう。
式があるということは、今夜にはミアと交わらなくてはならない。直近の半年は、全てこの夜のための準備だった。どうしても、ルークの肩に圧が掛かる。
「ルーク様?」
「うん、どうかした?」
「…いいえ」
(ふう……)
ミアにも、ルークの様子が異なるのは伝わってしまっている。騎士として、オッドアイ魔術師として、たくさんの任務をこなしてきたが、ここまでの緊張や不安を持つことはなかった。
ミアには、ドレスとは言えないものの、普段よりは少し装飾のついた真っ白のワンピースを着てもらった。その手を取って、王宮内にある神殿に転移する。
初めて見る王宮がいきなり内部の神殿だったミアは、とにかく挙動不審だった。ルークと違い、緊張よりも好奇心が勝っている様子に、ゆっくりと一息吐いた。
ルークが顔を上げると、目の前にはチャールズとジョンがいた。いつ、入ってきたのだろう。気付けなかったことを、認めたくなかった。
「はじめまして、ミア・ウェルスリー公爵令嬢殿」
「チャールズ」
ミアに一歩近づいたチャールズを制した。チャールズは眉を上げたあと、声を上げ盛大に笑い始めた。
この特別任務を任せてきた幼馴染を、睨まずにはいられない。小規模ではあったが警備隊の隊長に任命されたとき、チャールズは真剣に、重々しく任務を告げてきた。人命が関わるのは、今回も同じはずだ。ルークが下手をすれば、セントレ王国が消滅する可能性すらある。
「私は今回、ふたりの結婚を見届けるためにここに来ただけだ。何もしないさ」
「知ってます」
「そんな素振りには見えなかったな、ルーク」
ジョンも、ミアに近づいて挨拶をしようとするが、チャールズの前例がある。足を戻し、名乗って礼をするだけに留めてくれた。
神父の導きに従って、誓いの言葉を伝え合い、指輪を嵌めた。ミアの指に滑らせる際、魔術を使ってサイズを合わせた。ミアも同じように魔術を掛けたのは、指輪がルークの指に収まったため分かることだが、未だにミアの魔力を感じられなかった。
最後に、誓いの口づけを求められる。ミアの肩に顔を埋めることはあっても、それ以上はしないようにしてきた。動悸が外に聞こえているのではと、心配になるほどに酷い。どんな任務をこなしていても、こんなに緊張することはなかったのだが。
ミアに会ってから、感情を揺さぶられる場面が増えた。騎士としても魔術師としても一流の自負があり、身体の制御が利かなくなるなど、思ってもいなかった。
目を閉じたミアの肩に触れ、口角の辺りにキスを落とした。唇の中央には、できなかった。
「……ご苦労だった」
チャールズの言葉を合図に、ジョンが神父に忘却魔術を掛けた。王宮内の神殿で、ルークとミアの結婚式が行われたことを知るのは、チャールズとジョン、それから王妃エリザベスだろう。
「ルーク、ずっとそうなのか?」
「…今夜、変わるといいんですが」
ジョンが指しているのは、ミアの魔力を察知できない違和感だ。ルークだけに分からないのではなかった。他の魔術師にも、ミアの魔力は感じられないのだ。
初夜を迎えることで、ミアの紋章の魔力と交わることになる。そこで何か変わるかもしれないが、そもそも行為自体に不安があるため、どうなるかなど分からない。
(この状態で、男として機能するのか…?)
女性から向けられる目に気付かないほど、ルークが鈍感なわけではないが、そういったものも任務へ利用するだけだった。騎士が出入りする娼館にも、ルークは出向いたことがない。
「ルーク、そう思い詰めるな。ただ感じればいい。その場になれば、分かる」
チャールズからそう声を掛けられるほど、緊張しているのが外に出ているのだろう。できる限り気にしないようにと思うほど、ミアの腰に回した手は汗ばみ湿ってくる。一度目を閉じてから、ミアを連れて屋敷に転移した。チャールズとジョンに挨拶をする余裕など、皆無だった。
☆
あまりにも緊張を隠せていなかった弟子を、ジョンは気の毒に思った。基本的に、魔術師の番は恋愛の末に確定され、互いに気が知れたなかで初夜を迎える。
ルークとミアの関係は、先に匂いで番と分かった上で、任務として半ば無理矢理用意されたものだ。明らかに通常ではない手順を踏んでいる。ルークがミアに、魔術師としての任務をどこまで話せているのかは不明で、ルークを魔術師として育てたジョンにも不安はあった。
(あんなに取り乱したルークは、初めて見たな…、眼帯を忘れるなんて)
この半年間、ルークからは一切の連絡がなく、順調に事が進んでいると判断していた。多少、気遣ってやるべきだった。誓いの口づけすらまともにできず、冷静さを欠いていた。
しかも、ミアの魔力はルークにも感じられていない、魔の紋章による魔力であり、ミア自身のものではない。心を通わせられているのはルークの柔らかい気配からも感じたが、適齢期を迎えていない、精神的に未熟とされる年齢のふたりがどうなるのか、誰にも分からない。
先ほどまでのルークを思い出し、隣で笑い転げているのはセントレ王国の国王である。
(チャールズを見る限り、大丈夫なのだろうが…)
少しでも未来が見えているこの人が笑っていられるのであれば、国に危機が訪れるまでにはまだ時間はあるのだろう。
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