上 下
21 / 103
2.魔の紋章を持つ少女

13.特別任務の最終日

しおりを挟む
 結婚式はミアを旧ウェルスリー公爵邸へ迎えに行った日に確定され、王宮内で極秘に行われることが決まっていた。ミアとの日々に満たされ目を背けたくもなったが、ついに当日を迎えてしまった。

 式があるということは、今夜にはミアと交わらなくてはならない。直近の半年は、全てこの夜のための準備だった。どうしても、ルークの肩に圧が掛かる。

「ルーク様?」
「うん、どうかした?」
「…いいえ」

(ふう……)

 ミアにも、ルークの様子が異なるのは伝わってしまっている。騎士として、オッドアイ魔術師として、たくさんの任務をこなしてきたが、ここまでの緊張や不安を持つことはなかった。

 ミアには、ドレスとは言えないものの、普段よりは少し装飾のついた真っ白のワンピースを着てもらった。その手を取って、王宮内にある神殿に転移する。

 初めて見る王宮がいきなり内部の神殿だったミアは、とにかく挙動不審だった。ルークと違い、緊張よりも好奇心が勝っている様子に、ゆっくりと一息吐いた。

 ルークが顔を上げると、目の前にはチャールズとジョンがいた。いつ、入ってきたのだろう。気付けなかったことを、認めたくなかった。

「はじめまして、ミア・ウェルスリー公爵令嬢殿」
「チャールズ」

 ミアに一歩近づいたチャールズを制した。チャールズは眉を上げたあと、声を上げ盛大に笑い始めた。

 この特別任務を任せてきた幼馴染を、睨まずにはいられない。小規模ではあったが警備隊の隊長に任命されたとき、チャールズは真剣に、重々しく任務を告げてきた。人命が関わるのは、今回も同じはずだ。ルークが下手をすれば、セントレ王国が消滅する可能性すらある。

「私は今回、ふたりの結婚を見届けるためにここに来ただけだ。何もしないさ」
「知ってます」
「そんな素振りには見えなかったな、ルーク」

 ジョンも、ミアに近づいて挨拶をしようとするが、チャールズの前例がある。足を戻し、名乗って礼をするだけに留めてくれた。


 神父の導きに従って、誓いの言葉を伝え合い、指輪を嵌めた。ミアの指に滑らせる際、魔術を使ってサイズを合わせた。ミアも同じように魔術を掛けたのは、指輪がルークの指に収まったため分かることだが、未だにミアの魔力を感じられなかった。

 最後に、誓いの口づけを求められる。ミアの肩に顔を埋めることはあっても、それ以上はしないようにしてきた。動悸が外に聞こえているのではと、心配になるほどに酷い。どんな任務をこなしていても、こんなに緊張することはなかったのだが。

 ミアに会ってから、感情を揺さぶられる場面が増えた。騎士としても魔術師としても一流の自負があり、身体の制御が利かなくなるなど、思ってもいなかった。

 目を閉じたミアの肩に触れ、口角の辺りにキスを落とした。唇の中央には、できなかった。

「……ご苦労だった」

 チャールズの言葉を合図に、ジョンが神父に忘却魔術を掛けた。王宮内の神殿で、ルークとミアの結婚式が行われたことを知るのは、チャールズとジョン、それから王妃エリザベスだろう。

「ルーク、ずっとそうなのか?」
「…今夜、変わるといいんですが」

 ジョンが指しているのは、ミアの魔力を察知できない違和感だ。ルークだけに分からないのではなかった。他の魔術師にも、ミアの魔力は感じられないのだ。

 初夜を迎えることで、ミアの紋章の魔力と交わることになる。そこで何か変わるかもしれないが、そもそも行為自体に不安があるため、どうなるかなど分からない。

(この状態で、男として機能するのか…?)

 女性から向けられる目に気付かないほど、ルークが鈍感なわけではないが、そういったものも任務へ利用するだけだった。騎士が出入りする娼館にも、ルークは出向いたことがない。

「ルーク、そう思い詰めるな。ただ感じればいい。その場になれば、分かる」

 チャールズからそう声を掛けられるほど、緊張しているのが外に出ているのだろう。できる限り気にしないようにと思うほど、ミアの腰に回した手は汗ばみ湿ってくる。一度目を閉じてから、ミアを連れて屋敷に転移した。チャールズとジョンに挨拶をする余裕など、皆無だった。


 ☆


 あまりにも緊張を隠せていなかった弟子を、ジョンは気の毒に思った。基本的に、魔術師の番は恋愛の末に確定され、互いに気が知れたなかで初夜を迎える。

 ルークとミアの関係は、先に匂いで番と分かった上で、任務として半ば無理矢理用意されたものだ。明らかに通常ではない手順を踏んでいる。ルークがミアに、魔術師としての任務をどこまで話せているのかは不明で、ルークを魔術師として育てたジョンにも不安はあった。

(あんなに取り乱したルークは、初めて見たな…、眼帯を忘れるなんて)

 この半年間、ルークからは一切の連絡がなく、順調に事が進んでいると判断していた。多少、気遣ってやるべきだった。誓いの口づけすらまともにできず、冷静さを欠いていた。

 しかも、ミアの魔力はルークにも感じられていない、魔の紋章による魔力であり、ミア自身のものではない。心を通わせられているのはルークの柔らかい気配からも感じたが、適齢期を迎えていない、精神的に未熟とされる年齢のふたりがどうなるのか、誰にも分からない。

 先ほどまでのルークを思い出し、隣で笑い転げているのはセントレ王国の国王である。

(チャールズを見る限り、大丈夫なのだろうが…)

 少しでも未来が見えているこの人が笑っていられるのであれば、国に危機が訪れるまでにはまだ時間はあるのだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

戦神、この地に眠る

宵の月
恋愛
 家名ではなく自身を認めさせたい。旧家クラソン家の息女エイダは、そんな思いを抱き新聞記者として日々奮闘していた。伝説の英雄、戦神・セスの未だ見つからない墓所を探し出し、誰もが無視できない功績を打ち立てたい。  歴史への言及を拒み続ける戦神の副官、賢人・ジャスパーの直系子孫に宛て、粘り強く手紙を送り続けていた。熱意が伝わったのか、ついに面談に応じると返事が届く。  エイダは乗り物酔いに必死に耐えながら、一路、伝説が生まれた舞台の北部「ヘイヴン」へと向かった。  当主に出された奇妙な条件に従い、ヘイヴンに留まるうちに巻き込まれた、ヘイヴン家の孫・レナルドとの婚約騒動。レナルドと共に厳重に隠されていた歴史を紐解く時間が、エイダの心にレナルドとの確かな絆と変化をもたらしていく。  辿り着いた歴史の真実に、エイダは本当に求める自分の道を見つけた。  1900年代の架空の世界を舞台に、美しく残酷な歴史を辿る愛の物語。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】この運命を受け入れましょうか

なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」  自らの夫であるルーク陛下の言葉。  それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。   「承知しました。受け入れましょう」  ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。  彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。  みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。  だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。  そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。  あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。  これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。  前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。  ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。     ◇◇◇◇◇  設定は甘め。  不安のない、さっくり読める物語を目指してます。  良ければ読んでくだされば、嬉しいです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...