上 下
20 / 103
2.魔の紋章を持つ少女

12.確認と不安

しおりを挟む
 久しぶりに、食堂にあるテーブルを使わずに、ミアの部屋で夕食を取ったあと、ソファに座った。ミアの腰に腕を回して引き寄せると、ミアも体重を預けてくる。空いている手で、膝の上に小さく重ねられたミアの両手を覆う。

 初夜が、近付いてくる。ルークにはひとつ、ミアに確認しておきたいことがあった。

「ミア」
「はい、ルーク様」
「僕の変身魔術、何になるか予想はつく?」

 王都にいたころ、記憶魔術で初夜の内容を見た。絶対に、省略しないと言い切れる行為があった。女性のほうが戸惑うものとされていたのもあって、いきなり分かるより、先に知っておいてもらうほうがミアの衝撃を減らせるだろう。とにかくこの初夜は、できる限り穏便に済ませる必要がある。

 変身魔術でなれるものはひとりひとつで、掛けてみないと何になれるかは分からないが、固定だ。

「…心当たりがあります」
「言ってみて」

 とっくに、気付いていただろう。ルークに話すタイミングがなかっただけで、ミアは分かっているはずだ。

 この屋敷で暮らし始めてからは、ずっと眼帯を外している。ミアのヘーゼルの右目と漆黒の左目が、ルークのオッドアイと絡まる。

「…犬ではありませんか? ルーク様と同じ瞳の色を持った、珍しい子犬を見たことがあります」
「正解」

 そっと身体を離し、ミアの目の前に立った。瞬きのあとにはもう、目線が下がっている。旧公爵邸での任務中によくしていたように、ミアの膝の上に飛び乗ってみせる。

「ああ、やっぱり…」
「さすがに、この姿でしゃべるのは違和感があるよね」

 膝から降り、ソファの上で人間の姿に戻る。サイドテーブルに置いた紅茶を啜ってからミアを見ると、予想どおりだった。

(可愛いって、こういうことなんだよな…?)

 目の前でルークが子犬になり、また人間に戻ったのだ。ミアが驚くのは当然の反応で、その表情をずっと見続けていたいと、最近特に感じていた。

「…あのころ、任務でウェルスリー公爵家を調べてたから、半年、あの屋敷にいたんだ」
「半年も、ですか」
「それで、ミアを見つけて、夜になったらさっきの姿で会いに行ってた。人目に触れると困るのは、お互い一緒だったからね」
「そう、ですね」

 少し逸らすようなミアを、すかさず覗き込む。ちょうど、子犬のときによくしていた角度だ。ゆっくりと目線を戻してくれたミアは、顔を赤く染めながら、重たそうに口を開く。

「…ルーク様の両目を見て、どこかで見たことがあるとは思っていたんですが、最近やっと…。恥ずかしい話をたくさん…」
「そんなことないよ。話を聞けたから、ミアを婚約者にって国王から聞いたとき、嫌じゃなかったんだ。全く知らない女性じゃなかったからね」

 子犬の姿では絶対にできない、ミアを抱きしめることを、人間の姿ならできる。ミアの頭を撫でながら、久々ミアの匂いを感じた。変身魔術を使ったからだろうか。もし会うのが遅れていたとしても、知り合って番であることが分かりさえすれば、近づきはしていたのだろう。ミアの様子を見つつ、話さないといけないことのひとつだ。

 セントレ国王であるチャールズとルークの距離感も、いずれ話さなければならない。ミアに知っておいて欲しいことはたくさんあるが、順番を間違えて困らせたくはない。ひとつずつ確実に、進めていくだけだ。


 ☆


 今夜は空が荒れている。強い雨が窓に当たる音がうるさく、雷も鳴っている。音を遮断したり、窓から見える景色を星空にしたりすることもルークにはできるが、いつまた同じ状況になるか分からないため、天候にはあまり手を出したくない。今回対応しても、次回同じように対応できるとは限らない。

 すでにミアは自室に戻っているが、こういった天気にミアは怯えたりしていないだろうか。旧公爵邸にいたときのミアは、弱々しくすぐに折れてしまいそうだったから、どうしているのか気になった。

 ミアの部屋の扉をノックしても、返事がない。寝ているならそれでいいのだが、まだ起きている気配がする。

「…ミア?」

 ゆっくりと扉を開けると、ベッドの上でキルトを頭まで被って丸まっているミアがいた。やはり怖いのか、少し震えているようなその姿に、縁に腰掛け、名を呼びながらそっと触れた。

「ミアさえよければ、子犬の姿で一緒にいようか?」

 初夜が済んでいないため、人間の姿で寝るのは避けたいところだ。この屋敷には誰もいないし強固な結界もあるから、初夜の前に何があろうと見つからず問題にはならないのだが、あくまで褒賞での婚約であり、国王であるチャールズが絡んでいる。貴族のしきたりに最後まで従っておくほうが都合がいいだろう。

「……お願いします、ルーク様」

 迷ったのだろう、声が聞こえるまでに少し間があった。その場で変身魔術を使って、キルトに潜り込む。ルークはこのミアの匂いが好きだし、ミアの腹部のあたたかさも心地よくてずっと好きだった。雷が鳴るたびにミアがぎゅっと力を入れてくるのも可愛くて、最難関の任務が近づいているのに、ますますミアから離れられなくなっていることを自覚して、さすがに呆れた。

 ひさびさ見たミアの涙を舐め取りつつ、ゆっくりと目を閉じると、普段より早く深く眠りに落ちた。


 ☆


 週に二度ほど、ミアには悪いがひとりで屋敷にいてもらって、街に買い出しに行っている。魔の紋章を持つミアが人の多い市場に出て、物珍しく見られるのが嫌なのだ。眼帯をしているルークさえ、二度見されるのだから。

 目的はミアが読む小説と食料品の購入だが、今日はその前にアクセサリーの店に寄った。

 初夜の日が近いということは、結婚式も近い。サイズやデザインは魔術でどうにでもなるが、魔術をかける実体は必要だ。こういうところに入るのは初めてで、よく分からないまま、簡素なペアリングを買って外に出た。チャールズに頼めば王家御用達が手に入るだろうが、それを身に着ける気にはなれなかった。

 食料品を両手に買い込んで、人のいない路地で転移した。この指輪には、ルークの魔力を込める。これをミアが離さなければ、雷雨の日でもひとりで寝られるようになるだろう。そもそも、特別任務が成功すれば、別室で眠ることはなくなるはずだ。

(そう、成功すればいい。今まで失敗した任務なんてないだろう?)


 ルークが街に行った日は、ミアの部屋で夕食を取ることにしている。一緒に居られなかった時間を取り戻すように、ゆっくり話すためだ。

「ねえ、ミア」
「はい、ルーク様」
「初夜は、怖い?」

 最近の考え事は全て初夜関連で、心の距離を縮めることに関しては問題ない。どうしても、その行為自体への不安が消えない。この初夜はただの魔術師同士の交わりではなく、ミアの魔の紋章を解くための特別任務なのだ。

「怖くはありません。緊張はしますが…」
「本当?」
「はい」

 最近、ソファに座るとすぐ、ミアの首元に顔を寄せることが多くなった。ミアを抱き締めあたたかさを感じながら、匂いを嗅ぐのにちょうどいい。ミアと同じ空間に居ると心地いいし、なんだか妙な気分にもなる。落ち着くどころか、少し動悸がしてくるのだが、ひとりでは説明がつけられなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

戦神、この地に眠る

宵の月
恋愛
 家名ではなく自身を認めさせたい。旧家クラソン家の息女エイダは、そんな思いを抱き新聞記者として日々奮闘していた。伝説の英雄、戦神・セスの未だ見つからない墓所を探し出し、誰もが無視できない功績を打ち立てたい。  歴史への言及を拒み続ける戦神の副官、賢人・ジャスパーの直系子孫に宛て、粘り強く手紙を送り続けていた。熱意が伝わったのか、ついに面談に応じると返事が届く。  エイダは乗り物酔いに必死に耐えながら、一路、伝説が生まれた舞台の北部「ヘイヴン」へと向かった。  当主に出された奇妙な条件に従い、ヘイヴンに留まるうちに巻き込まれた、ヘイヴン家の孫・レナルドとの婚約騒動。レナルドと共に厳重に隠されていた歴史を紐解く時間が、エイダの心にレナルドとの確かな絆と変化をもたらしていく。  辿り着いた歴史の真実に、エイダは本当に求める自分の道を見つけた。  1900年代の架空の世界を舞台に、美しく残酷な歴史を辿る愛の物語。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】この運命を受け入れましょうか

なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」  自らの夫であるルーク陛下の言葉。  それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。   「承知しました。受け入れましょう」  ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。  彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。  みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。  だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。  そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。  あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。  これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。  前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。  ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。     ◇◇◇◇◇  設定は甘め。  不安のない、さっくり読める物語を目指してます。  良ければ読んでくだされば、嬉しいです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...