とあるオッドアイ魔術師と魔の紋章を持つ少女の、定められた運命

垣崎 奏

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2.魔の紋章を持つ少女

12.確認と不安

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 久しぶりに、食堂にあるテーブルを使わずに、ミアの部屋で夕食を取ったあと、ソファに座った。ミアの腰に腕を回して引き寄せると、ミアも体重を預けてくる。空いている手で、膝の上に小さく重ねられたミアの両手を覆う。

 初夜が、近付いてくる。ルークにはひとつ、ミアに確認しておきたいことがあった。

「ミア」
「はい、ルーク様」
「僕の変身魔術、何になるか予想はつく?」

 王都にいたころ、記憶魔術で初夜の内容を見た。絶対に、省略しないと言い切れる行為があった。女性のほうが戸惑うものとされていたのもあって、いきなり分かるより、先に知っておいてもらうほうがミアの衝撃を減らせるだろう。とにかくこの初夜は、できる限り穏便に済ませる必要がある。

 変身魔術でなれるものはひとりひとつで、掛けてみないと何になれるかは分からないが、固定だ。

「…心当たりがあります」
「言ってみて」

 とっくに、気付いていただろう。ルークに話すタイミングがなかっただけで、ミアは分かっているはずだ。

 この屋敷で暮らし始めてからは、ずっと眼帯を外している。ミアのヘーゼルの右目と漆黒の左目が、ルークのオッドアイと絡まる。

「…犬ではありませんか? ルーク様と同じ瞳の色を持った、珍しい子犬を見たことがあります」
「正解」

 そっと身体を離し、ミアの目の前に立った。瞬きのあとにはもう、目線が下がっている。旧公爵邸での任務中によくしていたように、ミアの膝の上に飛び乗ってみせる。

「ああ、やっぱり…」
「さすがに、この姿でしゃべるのは違和感があるよね」

 膝から降り、ソファの上で人間の姿に戻る。サイドテーブルに置いた紅茶を啜ってからミアを見ると、予想どおりだった。

(可愛いって、こういうことなんだよな…?)

 目の前でルークが子犬になり、また人間に戻ったのだ。ミアが驚くのは当然の反応で、その表情をずっと見続けていたいと、最近特に感じていた。

「…あのころ、任務でウェルスリー公爵家を調べてたから、半年、あの屋敷にいたんだ」
「半年も、ですか」
「それで、ミアを見つけて、夜になったらさっきの姿で会いに行ってた。人目に触れると困るのは、お互い一緒だったからね」
「そう、ですね」

 少し逸らすようなミアを、すかさず覗き込む。ちょうど、子犬のときによくしていた角度だ。ゆっくりと目線を戻してくれたミアは、顔を赤く染めながら、重たそうに口を開く。

「…ルーク様の両目を見て、どこかで見たことがあるとは思っていたんですが、最近やっと…。恥ずかしい話をたくさん…」
「そんなことないよ。話を聞けたから、ミアを婚約者にって国王から聞いたとき、嫌じゃなかったんだ。全く知らない女性じゃなかったからね」

 子犬の姿では絶対にできない、ミアを抱きしめることを、人間の姿ならできる。ミアの頭を撫でながら、久々ミアの匂いを感じた。変身魔術を使ったからだろうか。もし会うのが遅れていたとしても、知り合って番であることが分かりさえすれば、近づきはしていたのだろう。ミアの様子を見つつ、話さないといけないことのひとつだ。

 セントレ国王であるチャールズとルークの距離感も、いずれ話さなければならない。ミアに知っておいて欲しいことはたくさんあるが、順番を間違えて困らせたくはない。ひとつずつ確実に、進めていくだけだ。


 ☆


 今夜は空が荒れている。強い雨が窓に当たる音がうるさく、雷も鳴っている。音を遮断したり、窓から見える景色を星空にしたりすることもルークにはできるが、いつまた同じ状況になるか分からないため、天候にはあまり手を出したくない。今回対応しても、次回同じように対応できるとは限らない。

 すでにミアは自室に戻っているが、こういった天気にミアは怯えたりしていないだろうか。旧公爵邸にいたときのミアは、弱々しくすぐに折れてしまいそうだったから、どうしているのか気になった。

 ミアの部屋の扉をノックしても、返事がない。寝ているならそれでいいのだが、まだ起きている気配がする。

「…ミア?」

 ゆっくりと扉を開けると、ベッドの上でキルトを頭まで被って丸まっているミアがいた。やはり怖いのか、少し震えているようなその姿に、縁に腰掛け、名を呼びながらそっと触れた。

「ミアさえよければ、子犬の姿で一緒にいようか?」

 初夜が済んでいないため、人間の姿で寝るのは避けたいところだ。この屋敷には誰もいないし強固な結界もあるから、初夜の前に何があろうと見つからず問題にはならないのだが、あくまで褒賞での婚約であり、国王であるチャールズが絡んでいる。貴族のしきたりに最後まで従っておくほうが都合がいいだろう。

「……お願いします、ルーク様」

 迷ったのだろう、声が聞こえるまでに少し間があった。その場で変身魔術を使って、キルトに潜り込む。ルークはこのミアの匂いが好きだし、ミアの腹部のあたたかさも心地よくてずっと好きだった。雷が鳴るたびにミアがぎゅっと力を入れてくるのも可愛くて、最難関の任務が近づいているのに、ますますミアから離れられなくなっていることを自覚して、さすがに呆れた。

 ひさびさ見たミアの涙を舐め取りつつ、ゆっくりと目を閉じると、普段より早く深く眠りに落ちた。


 ☆


 週に二度ほど、ミアには悪いがひとりで屋敷にいてもらって、街に買い出しに行っている。魔の紋章を持つミアが人の多い市場に出て、物珍しく見られるのが嫌なのだ。眼帯をしているルークさえ、二度見されるのだから。

 目的はミアが読む小説と食料品の購入だが、今日はその前にアクセサリーの店に寄った。

 初夜の日が近いということは、結婚式も近い。サイズやデザインは魔術でどうにでもなるが、魔術をかける実体は必要だ。こういうところに入るのは初めてで、よく分からないまま、簡素なペアリングを買って外に出た。チャールズに頼めば王家御用達が手に入るだろうが、それを身に着ける気にはなれなかった。

 食料品を両手に買い込んで、人のいない路地で転移した。この指輪には、ルークの魔力を込める。これをミアが離さなければ、雷雨の日でもひとりで寝られるようになるだろう。そもそも、特別任務が成功すれば、別室で眠ることはなくなるはずだ。

(そう、成功すればいい。今まで失敗した任務なんてないだろう?)


 ルークが街に行った日は、ミアの部屋で夕食を取ることにしている。一緒に居られなかった時間を取り戻すように、ゆっくり話すためだ。

「ねえ、ミア」
「はい、ルーク様」
「初夜は、怖い?」

 最近の考え事は全て初夜関連で、心の距離を縮めることに関しては問題ない。どうしても、その行為自体への不安が消えない。この初夜はただの魔術師同士の交わりではなく、ミアの魔の紋章を解くための特別任務なのだ。

「怖くはありません。緊張はしますが…」
「本当?」
「はい」

 最近、ソファに座るとすぐ、ミアの首元に顔を寄せることが多くなった。ミアを抱き締めあたたかさを感じながら、匂いを嗅ぐのにちょうどいい。ミアと同じ空間に居ると心地いいし、なんだか妙な気分にもなる。落ち着くどころか、少し動悸がしてくるのだが、ひとりでは説明がつけられなかった。
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