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2.魔の紋章を持つ少女

11.紋章の変化

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 それからのルークは、数日に一度、屋敷の外を散歩する日を作って、ミアに魔術を使わせた。ルークのいないところで使わないという約束を、ミアは守ってくれている。

 ミアが魔力の大小を使い分け、樹々や噴水とも遊ぶようになってきた。だんだん制御の方法も感じ取れてきたのだろう。魔術が上手く掛からなくても、ルークが実際にやって見せてミアがイメージしやすくなると、成功する。

 初めて魔力を使ってからまだ少ししか経たないミアは、とっくに同い年の魔術学校の学生を追い抜いているだろう。個別指導だからということもあるが、決して言い過ぎてはいない。


 ルークが騎士として働き始めて三年目のころだっただろうか、チャールズに連れられ魔術学校を見学したことがある。非番の日に呼び出され何事かと思ったが、その行先が魔術学校だったため行くことにしたのだ。ルークは騎士学校を卒業しているため、学生がいる時間帯に母校の騎士学校へ行くことはあっても、魔術学校に行くことは珍しかった。

 そこで、衝撃を受けた。修了間近の学生の訓練の程度が、ルークが扱う魔術とは異なりすぎた。魔術学校で教えている魔術は、ルークの足元にも及ばない。

 騎士としてすでに生計を立てていたルークは、筋力など騎士としての訓練は毎日しており、魔術に関しては気分で使う転移魔術くらいで、訓練らしい訓練をしていなかった。番がいれば魔力量を増やすことができ扱える魔術も増えるが、魔術師全体の程度が低いと感じたと同時に、ルークがいかに強力かを思い知った。

 チャールズから言われた言葉が、今もずっと頭に残っている。

『その瞳が本当に特別なことが、分かってもらえただろうか』
『これからもセントレ王国のために、よろしく頼む』

 チャールズの言葉にどう答えたのかは忘れてしまったが、オッドアイがどれほど貴重な存在なのか、身に染みて分かった瞬間だった。


「ルーク様?」
「ん、どうした?」
「聞いてもいいですか?」
「うん」

 魔力と戯れて身体を動かしていたはずのミアが、いつの間にか隣に座っていた。

「私はレッドの目を持たないのに、どうして魔術を使えるんですか?」

 まだ不明な部分も多いため、この屋敷に来た初日以降は触れないようにしていたが、ミアは尋ねてきた。自分の魔力について疑問を持てるほど、ここでの生活に慣れ余裕が出てきた証拠だろう。

(さて、どこまで教えようか…)

「想像とか可能性の話もあるけど、聞きたい?」
「……? はい」

 よく分からないまま返事をしているのが分かる。当然だ、ミアの魔術への知識は、まだまだ足りていない。小説を好むミアは魔術書にも興味を示すものの、ルークが手元に置いているものが高難度のものに偏っていることもあり、読み進められていなかった。

 そもそも、識字や文字からの内容理解に関して、難しい部分もあるのだろう。ルークと話すなかで教えたことは覚えているし、ミアは分からなければ尋ねてくるが、せっかく興味があるのに、ルークがいないときに魔術の勉強が進まないのは少し難点だった。

(まあ、僕が離れている時間なんて、買い物くらいだけど)

 あえて用意しない理由は、ジョンの書斎に行けば魔術学校の教科書も読めるからだ。ミアの魔の紋章が消えレッドの目が現れれば、あの書斎への出入りも行うことになる。

「…ミアの顔には模様があるだろう? 『魔の紋章』って言って、生まれるときにオッドアイが暴走して、魔力を封印してできたものなんだ。だから、ミアも魔力を持ってるし、使えるんだよ」
「オッドアイ…」
「そう、紋章で隠れてる左目がレッドの目だと思ってる。僕の仮説が正しければ、ミアも同じオッドアイだよ」

 ルークは手を伸ばし、ミアの長い前髪をすっとかき上げて、ひさびさ紋章を確認した。

(っ……)

 紋章の色が少し薄まって、顔の左半分に広がっていた紋章自体も小さくなっているように見えた。

「ルーク様?」

 人間の姿で改めて確認したときは、昼間の室内だった。今は外にいるし、光の強さで見え方が変わることがあるのかもしれないが、こんなことが本当にあるのだろうか。ミアは、魔の紋章の魔力を使って遊んでいるはずで、紋章が薄まることは、紋章の魔力が減っていると考えられる。

「…っ、ミア、魔力の残量が分かる感覚はある?」
「ありません、分かりません」

 首を傾けてから、ミアが答えた。ルークの表情が固いのだろう、ミアが戸惑っているのが伝わってくる。

 魔術を使うと、体力も使い疲れるし魔力も減る。回復は、食事や睡眠などの休息で可能だ。総量を増やしたり強めたりするには性交渉が必要だが、回復するには休息でいい。ミアの紋章が薄まっているということは、紋章の魔力が回復せず、総量が減っているのかと思ったが、ミアの感覚では分からないらしい。

(ミアの体内で、何が起きている?)

 相変わらず、ミアから魔力の気配は感じられないし、今ミアが使っている魔力もミア本人のものではなく、紋章の魔力と考えるのは妥当だろう。このまま、魔力を使っていて平気なのだろうか。

「……いつもと違うことがあったら、教えてね」
「はい、ルーク様」

 ミアの前髪を下ろし整え、軽く頭を撫でてから立ち上がった。その様子に安心したのか、ミアが小走りでルークを追い抜き、屋敷へと戻っていく。

 魔力制御の上達も、総量が減って扱いやすくなったからと捉えることもできる。ミアが魔術を扱えることが分かって、喜んだのもつかの間、検討しなければならないことはむしろ増えていった。


 ☆


 ふたりで屋敷の周りを散歩をしながら、ミアが魔力を外で試すようになって、二ヶ月ほど経った。相変わらずミアは自然と魔術で戯れているし、魔力の総量が減っている感覚もないと言う。夜にひとり、書斎で記憶魔術を出し、ミアの静止画を宙に並べて確認した。ルークの感覚は間違っていなかった。紋章は日に日に、魔術を使えば使うほど薄くなっていた。

「ミア。料理、してみる?」
「え、いいんですか?」
「うん、手伝って」

 ミアに初めて、室内で魔術を使っていいと許可を出した。隣で見ているだけだったミアは、ルークのやり方を覚えていて、指示もほとんど要らなかった。

 特別任務が関わっていることを忘れそうになるくらい、この生活が心地よかった。幼いころから友達と気楽に呼べる人はおらず、番だからとか、任務だからとか、そういうことを除いても、ミアと一緒に居たかった。

 婚約期間はもう半分を超えていて、初夜が近づいてくる。もし任務に失敗しても許されるのなら、ミアと一緒に暮らし続けたい。

(……最悪の事態は避けられるように、準備を整えないと)

 ルークはカトラリーを綺麗に扱うミアの手元を見ながら、大きく一息吐いた。
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