とあるオッドアイ魔術師と魔の紋章を持つ少女の、定められた運命

垣崎 奏

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2.魔の紋章を持つ少女

8.新居の私室にて

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 ルークが紅茶に手を伸ばすと、ミアも真似をする。ルークがずっとミアの両手を握り込んでいたから、飲みたかったのなら申し訳ないことをした。「自由に飲んで」と伝え一口啜ってから、向き直る。

「ミアが見せてくれたんだ。僕も左目を見せないと不公平だね」
「え?」
「見たくない? 僕の眼帯の下」
「え…、見てもいいんですか、《英雄の証》を…」
「そんなふうに言われてるの?」

 あの大戦果のあと、ルークが英雄と呼ばれているのは知っていたが、左目がそう呼ばれているのは聞いていなかった。新聞に書かれていたのか、執事が吹き込んだのか分からないが、思わず驚いてしまった。不思議そうなミアの表情を見て、少し安心もした。

(僕に、興味を持ってくれてるんだね)

「ミアは僕のこと、騎士だと思っているよね」
「え、はい」

 ルークは騎士として大戦果を上げ、褒賞としてミアと婚約したのだ。当然のことを聞いて、ミアが戸惑っている。

「誰にも言わないでくれるよね?」
「はい」

 首を傾げたまま返事をするミアを見て、ルークはチャールズから貴族の婚姻や初夜の話を聞いたときのことを思い出した。これから話すことを、ミアが予想できなくて当然だ。

「僕は、騎士だけど、魔術師でもある」
「…っ、オッドアイ」

(っ……)

 オッドアイの人間なんて、貴族として王都で生活していても、一生で会うことは全くないほどに珍しい。セントレ王国には、ルークとジョンしかいないのだ。だからこそ、その単語をミアが知っていたことに、逆に驚かされた。

 食事の様子を見ても教養があるとは思えず、文字が読めるのかも確信できていない。子犬の姿で会ったときには、「珍しい目をしている」としか言われなかった。

「よく知ってたね。この目を持つから、魔術も使えるんだ。怖くない?」
「大丈夫です」

 魔の紋章は珍しく、周囲の理解が得られないから虐げられる。オッドアイも同様だ。ミアはとっさにそう言ったものの、本心は分かりようがない。

「まあ、そうとしか言えないよね、婚約者だし…」
「本当です、本当に怖くありません」
「そう?」

 ルークは両目で、ミアのヘーゼルの右目を覗き込む。子犬の姿でよくやっていたことだ。ミアには、落ち着ける場所がない。王命でもあるし、ここでルークと一緒に過ごす以外に、選択肢がない。だから、ルークのことをどう思っても、ここにいるしかない。むしろ、ここにいるほうが良い生活になることは確定しているはずだ。

「あの公爵邸に帰りたいと思う?」
「…いいえ」
「うん、そうだよね」

 一応、思い込みでないことを確認した。多少、ルークに慣れてきたのだろう、ミアの声が震えなくなってきた。

「この瞳のせいでいろんな制約を受けて生きてきたけど、ミアみたく美しい人と婚約できて嬉しいよ」

 任務がなくても、一生を一緒に過ごす、番なのは間違いない。子犬の姿ではないため強烈な甘い良い匂いは感じないが、こうやって人間の姿で隣に居ても、心地いい気分になる。

 ミアが両手を使って紅茶を啜った。食事もそうだが、味の好き嫌いは本当にないらしい。そういった細かいことも、これから一緒に過ごすなかで探っていければいい。ゆっくりとカップを置いたミアが、意を決したように息を吸った。

「あの、公爵家のことを…、私が外に出たことがないのは、知って…?」
「うん、調べたからね」

 あの屋敷に半年滞在していたことは、まだ言わないほうがいいだろう。賢いミアなら、ルークと同じ瞳の色をしたオッドアイの子犬に会っているのに気付くはずだ。いずれ、繋がるとは思うが、それは今日でなくていい。屋敷から出たのがほぼ初めてに近いはずで、衝撃は少しずつのほうがいい。

 ミアの頭に触れても嫌がられなかったから、また手を伸ばした。五本の指の間にミアの髪を通し、整える機会がなかったのだろう、不揃いな毛先を摘んだ。ブラシなどもエリザベスが質の良い物を用意してくれたから、ルークが魔術を使わなくても、この髪質も変わっていくはずだ。

「あの、綺麗な瞳が現れるというのは…」

(気になって、当然だよ。怯えなくて、大丈夫)

 ミアの様子の変化を見るに、少しは言ってしまっても問題はないだろう。旧公爵邸で会ったときの緊張感は薄まってきているし、ルークが髪で遊んでいても何も言ってこない。

「…その左目の紋章は、ミアが生まれるときにオッドアイが暴走して魔力を封印してできたもの。だから、ミアがその魔力に馴染んでいけば、消えるはずだよ」
「……?」
「ふっ、分からないのが普通だよ、これから一緒に知っていけばいい」

 魔力は全く感じないが、ミアと心を通わせるのは、そこまで大変な任務には思えなかった。


 ☆


「風呂の準備をしておくから、入り終わったら栓を抜いておいて。洗い物は籠に入れてくれたらいい」
「分かりました」
「ティーセットもそのままでいいからね」
「はい」

 ルークが部屋の中にある扉を開けて、ちらりと見たあと、ミアのそばへ戻ってくる。食べ終えた皿を重ねて持ち上げると、「また明日。ゆっくり休んで」と気遣ってから出ていった。

 ミアのそばをほぼ離れなかったルークは、一体何をどう準備したのだろう。ルークが一瞬だけ覗いた扉を開けると、やはりそこは浴室で、あっという間に湯気に包まれた。すでに、湯が張られているのだ。

(これが、魔術…)

 食事を誰かと一緒にしたこともなかったし、あんなふうに話すこともなかったミアにとって、ルークは不思議な人だった。ミアに好んで近づいてくる人は、今までいなかった。少なくとも攻撃的ではないし、ミアのためにいろんな準備を先回りしてくれる。警戒する必要はないのだろう。

(模様のことも、たぶん会う前から知ってくださってた…)

 怯んだり貶したりせず、しっかりと目を合わせてくれた。ルークは《紋章》と言っていた、この模様が消える日が来るなんて、考えたこともなかった。でもルークがそう言うなら、本当に実現するのかもしれない。

(それとも、警戒を解くように、人の感情まで魔術で操れるとか?)

 あの屋敷から出たことがなかったミアには、知らないことが多すぎるけど、きっとルークなら答えてくれる。ミアが疑問に思って、何とか慣れない言葉を紡いで尋ねたことに、丁寧に答えてもらった。執事や使用人たちには、質問しても答えてもらえないことがほとんどで、ミアは話せないと思っている使用人もいたくらいだ。ルークは、その人たちとは違う。


 用意されていた石鹸類に戸惑いながらもなんとか身体を洗って、湯舟にたっぷりと溜められた湯に身体を沈める。こんな広い浴室に、ひとりで入ることができるなんて、とんでもない贅沢をしている気分になる。

 小説の中でヒロインがよくやっていたように、手の甲をつねって夢ではないことを確認しつつ、十分に温まってから湯船を出た。きちんと畳まれたタオルを使って水分を取り、下着をつけ、さらさらと肌触りの良い服を身に着ける。ひざ丈だったさっきまでのものとは違って、足首まであるワンピースだ。

 言われたとおりに、栓を抜いて、洗面台の近くに置かれた空の籠にタオルも入れた。マットレスの分厚さに驚いて、ゆっくりと腰を掛けてみたベッドもふかふかで、今までの生活とは全く異なると、思い知らされる。

 今日初めて会った婚約者なのに、前から知っていたような感覚がする。手を握られて頭を撫でられていただけなのに、ルークのあたたかさを思い出す。お互いのことをこれから知っていけばいいと言ってくれたルークに身を任せていれば、あの屋敷より酷いことは起きないだろう。
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