とあるオッドアイ魔術師と魔の紋章を持つ少女の、定められた運命

垣崎 奏

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2.魔の紋章を持つ少女

3.報告と新規任務 2

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 ルークは騎士の宿舎に帰らず、ジョンの書斎で朝を迎えた。簡易ベッドに腰掛け、ジョンから渡された朝刊に目を通す。

 王都の東にある街がここ数ヶ月、正体不明の攻撃を受け続けていたことと、それをルークを隊長とする、普段は戦闘を行わない警備隊が撃退したことが、ルークの騎士としての登録写真とともに一面に載っている。四人の殉職と慰労の内容も公表されていた。騎士であるルークが魔術師に勝てるはずがないため、相手が魔術師だったということは当然伏せられている。

「英雄と、呼ばれるようになるだろうな」
「師匠、また噂を流したんですか」
「多少な」

 英雄と呼ばれるほどの戦果ではない。四人の名前を聞いても覚えなかったのは、この命の犠牲が任務遂行に必要だと思ったからだ。騎士と魔術師が二人ずつ亡くなったが、隊長のルークは生き残った。それだけ大変な任務だったのだと、印象付けるためだ。

「遺族から恨まれることもないはずだ」
「…ありがとうございます」

 強い魔力から生みだされる魔術は、人の思考をも支配し得る。オッドアイ魔術師のルークを守るために、そして魔の紋章を持つミアをオッドアイ魔術師に加え、セントレ王国の利益とするために、ジョンが直に目を見て魔術を掛けたのだろう。

 ジョンによれば、ウェルスリー公爵の死も公にはされていないが、公爵家の執事や使用人には伝えられたらしい。働き手と関わりが薄いミアには、伝わっていないと考えたほうがいいだろう。

 公にしない理由としては、後任となる領主がすぐに決められないこと、屋敷の内部調査がやはり必要だったこと、公爵の子ども三人が学生であることが挙げられる。領主のいない辺境地など、賊から狙われやすくなる。領民にとって領主がいないことが当たり前の土地で、あえて亡くなったことを宣言する必要はない。

「今日の夕刻、チャールズに呼ばれているが、行けるか?」
「それまで寝ます」
「分かった、王の間に行く前に起こしに寄ろう」

 ジョンが出て行ったあと、結界が張られ守られたこの部屋で、ルークはまた目を閉じた。


 ☆


「ご苦労様。まだ少しやつれているな」

 ジョンによる結界の中で、チャールズが姿勢を崩して話す。ルークは会釈をして、チャールズの目の前に用意されたソファに深く腰掛ける。一昨日にはなかったから、ジョンからルークの状況を聞いたチャールズが、使用人に用意させたのだろう。

「ルーク、話を理解できる状態か?」
「はい、それは大丈夫です」
「そうか」

 ジョンもこの場にいる。隊の任務ではなく特別任務のため、もし聞き洩らしたことが出てきても後から確認できる。

「早速だが、ディム・ウェルスリー公爵令嬢を褒賞として、ルーク・ウィンダム魔術爵三男と婚約させるよう、ウェルスリー公爵…、とりあえず代理の執事に伝達する。出生の届出が正しいとすれば嫡男は十二歳、まだこの王都で学生で、除籍の手続きもひとりでは取れないからな」
「はい」
「一週間後には、ディムを迎えに。そのまま半年の共同生活だ」
「はい」

 このための、戦果だ。ミアは公爵邸にいても虐げられるだけで、夜にひっそりと涙を流すのだろう。ルークの番でもあるし、一緒に住めるのであれば、早いほうがいい。

 ウェルスリー公爵家にとっては王家に知られていないはずの子を、つい先日まで公爵邸にいた警備隊の騎士に褒賞として渡すことになる。だが、そもそも届出がされていない子どもがいるという時点で処罰の対象となるし、公爵が魔術師であることを隠していて、山賊に加担していたことは絶対に公表されたくないだろう。当主はもういないし、公にされれば立場が危うくなる親戚筋なども、この婚約を止めることはない。親戚に、ミアがいることを知らせていない可能性が高いが。

「半年の間、こちらからは干渉しないつもりだが、何かあれば報告を」
「分かりました」

 危惧されているのは、魔力暴走の兆しだろう。戦果を上げて話が進んだからか、半年後には心の距離を縮めたミアと初夜を迎えることが、少し現実味を帯びてきた。疲れが取れ、頭が回ってきた証拠でもある。

「婚約に関して、アンドルーが何か言ってくるかもしれないが、王命だと、私の名前を出してもらって構わない」
「はい」
「まあ、アンドルーも一応、褒賞で爵位と侯爵令嬢をもらった人だから、何も言うことはないと思うが」

 ルーク・ウィンダム魔術爵三男。それがルークが正式に名乗るときの名だ。

 父親のアンドルーは魔術師で、一代限りの爵位を持っている。母親のセイディは魔力を持たない一般の侯爵令嬢だ。父親は、チャールズの父親で前国王のジョージを脅して褒賞を手に入れたと、学生時代にチャールズから聞いたことがある。

 だから王家としては、このわがままなウィンダム魔術爵を、一家の三男としてオッドアイを持って生まれたルークに、魔術を使ってでも抑えつけてほしいと思っているのだ。

 そのためにジョージは、ジョンのルークへの個別指導を許可し、様子を確認するために王宮に来させた。表向きはもちろん、ジョンがジョージと会うためだが、ジョージはルークに会いたがっていた。ルーク自身はジョージの息子、チャールズと仲良くなるにつれ、ジョージと会うことが減り、今のジョージの近況は体調を崩して隠居していること以外知らなかった。

 きっとウィンダム魔術爵家の中では、ルークの評価は上がっていない。ルークは、父親の爵位である魔術爵を一応名乗るものの、騎士として生きている。兄たちは魔術師として生きているため、魔術師を輩出する家としてルークよりも貢献していると信じているし、自分たちが偉いと驕っている。だから、ルークはもう何年も屋敷に帰っていないし、家族にも会っていない。家の現状を知ろうとも思わなかった。

「…何か、確認しておきたいことはあるか」
「僕の、仮説を聞いてもらっても?」

 任務に入る前に、聞いておいてもらうほうがいいだろう。ルークがどれだけ書物を読み考えを巡らせても、紋章の解放に失敗したときの影響は計り知れない。チャールズが頷いたのを見て、口を開く。

「魔の紋章は、生まれてくるときにその子自身が生み出した魔力だということは、記録にありました。魔の紋章持ちが長生きしない理由は、紋章の魔力と本人の魔力が干渉するから。十六歳まで生きている彼女の場合は、紋章の魔力だけが生きているのではないかと」
「つまり、何が言いたい、ルーク」
「彼女に、彼女自身の魔力を取り戻してもらうのではなく、魔の紋章の魔力を操れるようになってもらえば、セントレ王国にオッドアイの魔術師が増える」

 尊敬するふたりの言葉を待つ。ルークの仮説を聞いて、何を思ったのだろう。たった数秒ではあったが、ルークには何十分にも感じられた。チャールズが、ジョンを伺い見てから、一息吐いた。

「…何にせよ、この任務はルークにしかできない。好きなようにやってみろ」
「かしこまりました」

(まあ、チャールズにしてみれば、そう言うしかないか…)

 ルークはセントレ王国にふたりしかいないオッドアイ魔術師のひとりで、匂いでミアが番だと分かっている。今までの特別任務と同じように、ルークの代わりになれる人物はいないのだ。
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