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2.魔の紋章を持つ少女
2.東方の山賊
しおりを挟む翌朝、馬舎の前に集められた四人とともに、東へ向かった。
自己紹介をされたが、わざと聞き流した。四人は任務の内容を領地内の見回りだと思っているだろうし、脅威があることも聞かされていないだろう。通常の見回りなら使わなければならない同化魔術もかけず、その役職を持つには若いルークが隊長で、簡単な任務だから少人数の警備隊が組まれたと、そう思っているはずだ。
王都の東門を潜り、森の中へと入る。この辺りはいわゆるグレーゾーンで、どこの国の領地でもない緩衝地帯だ。勝手に住み着いている賊を除けば、人の気配はしないはずである。
「ウィンダム隊長、魔力の気配を感じます」
「…もう少しだけ入ってみたい。ふたり、様子を見てきて」
「分かりました」
慎重に徒歩で進み始めた魔術師ふたりを、馬を預かった騎士二名とともに見守った。当然、ルークはもっと手前から殺気立った魔力の気配を感じていて、もうとっくに敵の魔術師に囲まれているのに気付いていた。魔術師の二人を先に行かせたのは、相手の出方を見たかったからだ。
(隊長として、責任を問われることはないが…)
今まで、部下を持つこともなく自由に動けていたルークが、初めて自分の隊を持ったと思えば、これだ。チャールズの命令に従っているだけで、気に病む必要はないと分かっていても、思うところはある。
「ぐああ」
「何事だ!」
騎士のひとりが大声を上げる。ルークたち三人を中心に、ずらっと人が現れた。相手は、全員がフードを目深に被った魔術師で、ざっと十人ほどはいるだろうか。敵意を垂れ流して近づいてくるとは、舐められたものだ。
ルークの元にいるのは騎士二人で、この魔力による殺気には気付けていない。敵からも騎士三人だと思われているはずで、ルークが魔術を使えることは制服からも分からないし、ルークは魔力の気配をみすみす垂れ流すような使い手でもない。
騎士は、基本的に魔術師には勝てない。近接戦闘しかできない騎士は、遠距離戦のできる魔術師とは戦術が異なるため、警備隊の騎士が魔術師と出会ったら身を潜めながらやりすごし、その後すぐ上司への報告をするのが良しとされる。戦闘を実際にするのは、騎士団所属の騎士や魔術師の役割だ。
ルークたちは警備隊である以上、通常であれば帰還して、指示を仰ぐべき局面である。
結局のところ、周辺国は数世紀前にひとつの王家から分かれていった遠い親族が治めていて、めったに戦争など起きない。例外は、チャールズの祖先を魔術で制圧し乗っ取った、簒奪者の一族が王を名乗るエスト王国くらいだろうか。各国の軍は、小さな反乱や犯罪を抑圧するためにあるようなもので、娯楽のひとつである武闘大会に出場するのが主な目的と言ってもいいほど、平和な国々が集まっている。
魔術師に囲まれてしまうと、騎士では太刀打ちできない。ルークとともに任務にあたる二人の騎士も、騎士として働いているのであれば分かっていることで、いくら平和慣れしていようと、覚悟はあるはずだ。ルークたちを取り囲む魔術師の一団は、攻撃のタイミングを計るように、じりじりと周囲を回る。
ルークの前に立ち止まった顔に、見覚えがあった。直接会ったことはないものの、その面影に思い当たる節がある。半年間、ルークが寝泊まりしていた客間に飾られていた、肖像画によく似ているが、瞳の色が異なっている。
「…ウェルスリー公爵ですね」
「私をご存じで、ウィンダム魔術爵三男。非常に光栄ですよ」
両目ともが赤い公爵が前へ腕を伸ばし、手を強く握った。ルークの両隣にいた騎士が、何もできずに倒れた。部下として連れてきた、四人ともの生命の気配が消えた。
ここに来る前から分かっていたことだ。動揺を見せれば、敵は調子に乗るだろう。魔力量で凌駕できることも感じているものの、多少狼狽える姿を見せたほうがいいだろうか。
「…あなたが、糸を引いていると見ていいんですね?」
「ウィンダムよ、それを知ってどうする? 騎士が魔術師には勝てないことも、十分知っているだろう? 情報を持って帰れるとでも? まだ若いお前は、この状況をどうする? 命乞いでもするか?」
勝ちを確信している公爵は、饒舌にルークを煽った。魔術師であることを国に隠していただけでも重罪で、まだ知らない情報があるのかもしれないが、不用意に手を出すほど、ルークは馬鹿ではない。
今回の任務は、婚約のための戦果を上げることで、それは四人の命と引き換えに果たされるものだ。簡単に煽られるような覚悟で、ここに立っているわけでもない。
(僕も、魔術師なんですよ)
公爵は、自分が優位だと思い込み、ルークを見下している。目の動きだけで、公爵の真横に居た魔術師の首を締めて、吊り上げる。
「ひっ」
「な、貴様魔術師か!」
十人ほどの魔術師が、吊り上げられた魔術師をそれぞれ振り返って確認したあと、慌てて攻撃魔術を放とうとする。残念ながら、ルークはオッドアイを持つ魔術師で、この程度の魔術師が複数で向かっても敵う相手ではない。
部下四人の殉職を背負ったルークは、相手よりも速く正確に、一気に攻撃魔術を当て、逃げ出した魔術師や、偵察のために配備されていた上空の魔術も全て、魔力を上掛けし抹消した。
当然ながら、ミアの父親、ウェルスリー公爵も殺した。ルークが魔術師である事実を、持ち帰られては困るのだ。ルークたちが乗ってきた馬も含め、周囲の生命の気配は全て消えたが、万が一もある。影響の及びそうな範囲全てに忘却魔術を掛け、目の前の景色を写真のように切り取り、ジョンへ通信魔術を送った。
ルークは、自分の魔力の気配を消しつつ、転移魔術でジョンの書斎へと戻った。馬に乗って王都の門から出て行ったため、記録が残っている。門へ戻らないと辻褄が合わないが、その辺りはジョンかチャールズがどうにかしてくれるだろう。その馬すら、もうこの世にいない。
ジョンは書斎の机に向かって、何か作業をしていたらしい。目の前に降り立ったルークと、目が合った。
「酷い顔だな」
「結局見殺しにしたので」
「そうだろうな」
本来であれば、助けられる命だった。王命とはいえ、ルークの婚約のために利用したのは事実だ。四人の家族には、チャールズから慰労金などが手厚く贈られるはずで、ルークが気に病むことではない。
(そうは言っても……)
こんなにも疲れたと自覚するのは、いつ以来だろうか。ジョンの視線を感じながら、机の対面に用意された、簡易ベッドに横たわる。
小柄で華奢なルークが、騎士でも飛び級するほどやっていけたのは、地道に鍛えつつも魔力で筋力や体力を多少補っていたからだ。王都には魔術師がたくさんいて、魔力の気配はそこら中にあるし、個人の気配として特定できるほど敏感なのは、オッドアイだけである。だから、安心して魔力を使っていたが、それでも、ここまで疲れることは少なかったのだが。
昼間にジョンが書斎にいることは不思議だったが、今のルークにはそれよりも先に言っておかなければならないことがある。
「…ウェルスリー公爵がいたので殺しました」
「な…」
「魔術師でした。何か聞き出せばよかったですか?」
「いや、そこまでは求めないだろう。何かあるなら、その情報収集も任務として告げられるはずだ」
公爵邸からは全く魔力の気配がしなかったが、本人の両目は赤く、魔術を扱えていた。
魔術学校に行かず、王家に隠れて魔術を使うことは、重罪だ。魔力暴走を起こすと手が付けられなくなるため、レッドの目を持つ者はどんなに弱い魔力でも、魔術を使えた経験がなくても、制御を学ぶために、魔術学校へ入学する。
前当主である公爵の親が、国に公爵の出生を偽装したのだろう。ウェルスリー公爵領は辺境地で、それこそ予知に映らなければ、王家に知られることはない。いつからかは分からないが、ウェルスリー公爵家では王家を裏切ることが常態化していた可能性もある。
もしかすると、執事に入るのを止められた書斎や資料室には何かあったのかもしれないが、今更見に行く気にもならない。当主はすでに死亡した。
魔術師の子どもとしてミアがいるなら、彼女が魔力を持って生まれてきて、彼女自身が自分を呪って魔の紋章を持ったことに説得力が増す。
おそらく、チャールズにはジョンが報告してくれるだろう。ルークは、ジョンが書き物をしている細かな音を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。
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