とあるオッドアイ魔術師と魔の紋章を持つ少女の、定められた運命

垣崎 奏

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2.魔の紋章を持つ少女

1.報告と新規任務 1

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「ご苦労だった」

 一番重い形式で伝えられた任務で、報告もまた、セントレ王国チャールズ王に、王の間で直接伝えた。隊長のアーサーによると、国境警備は問題なく、領地の住民にも特別変わった動きはなかったそうだ。

 ルークは早く特別任務の報告がしたかったが、アーサーの前では何も話せない。膝をついて頭を下げたまま、チャールズがアーサーに退席を求めるのを待った。

「エジャートン、今日はもう休んでいい。ウィンダムは少し残ってくれ」
「かしこまりました」

 アーサーは、何の疑問も持たなかっただろう。今までの任務報告も、ルークが残されたり、後から呼び出されたりしていたのを知っている。立ち上がって一礼したあと、すっと退席し、代わりにジョンが結界を掛け直しながら入ってきた。チャールズが姿勢を崩し、玉座に身体を預ける。

「ルークも崩していいぞ。本当に、ご苦労様」
「ありがとうございます」

 膝をついていたルークは立ち上がって、伸びをしながら大きく息を吐いた。ルークの五歳上のチャールズは、ルークの幼馴染と言ってもいい。ジョンが前国王であるジョージへの報告の際に、ルークも連れてきていたから、チャールズとは即位前の学生時代からの顔馴染だ。

 チャールズが国王として王の間にいる間は、幼馴染であることを忘れるくらい、きちんと王家に対しての礼儀を取る。「崩していい」と言われたら、楽な姿勢を取る。

「ジョンから聞いている。このあと何をすべきかは分かっているんだな」
「現実的ではないですが、言葉の上では理解しています」
「魔の紋章の解放に全力を尽くしてほしい。大人になるとは、そういうものだ」

 チャールズが意地悪に口角を上げている。どこまで予知しているのかは分からないが、国王が笑えることほどのことだ、意外と気楽に構えてもいいのかもしれない。魔の紋章の解放に失敗すれば、紋章の魔力だけでなく、ルークの魔力も暴走する可能性があると考えていたが、実際はそこまで難易度の高い任務ではないのかもしれない。

(…いや)

 そんな記録があるのなら、とっくに頭に入っている。読んだ記憶がないから、きっとルークの不安は当たっている。

「ところで、ルークには今まで縁がなかった話だから、貴族の婚姻制度など知らないだろう?」
「え、はい」
「貴族の婚姻では、初めての性交渉は、基本的に結婚初夜に行われるものだ。ルークは、番の公爵令嬢と結婚する必要がある」
「…はい」
「はは、よく分かっていない顔をしているな。とりあえず返事をしているのが丸わかりだぞ」

 チャールズは、やはり笑っている。ルークは単語として言われたことを理解はできるのに、自分がするとは思えないままで、幼馴染に返す言葉がない。

 そもそもこのセントレ王国では、女性は十八歳、男性は二十五歳が結婚適齢期とされる。魔術師は番がいることがほとんどで、結婚をしていなくても性交渉をしている場合があるが、魔術師以外の貴族はそうではないらしい。

 ミアは、未届のウェルスリー公爵の第一子だ。正式に届けられていれば、ウェルスリー公爵令嬢である。一代限りの魔術爵を父に持つルークよりも爵位が高く、しかもルークは魔術師ではなく騎士として知られている。魔術師の番関係を公にできない以上、貴族としての手順を踏まないと、性交渉に進めないということだろう。

「上位の貴族との結婚のためには、まず婚約者として、世間に認知してもらう必要がある。褒賞という制度は分かるか?」
「いいえ」
「ルークは現状、表向きは騎士だから、騎士として、戦果を上げる。戦果を上げることは、国への貢献だ。貢献の見返りとして、公爵令嬢と婚約関係に王命でなれる」
「つまり、魔の紋章を解放する任務の前に、彼女と婚約するための戦果を上げろと?」
「それも、二十二で婚約できて、魔術爵の子息であるルーク・ウィンダムがウェルスリー公爵に有無を言わせない、できる限り大きな戦果を、だ」

 ルークが理解しきれていないのを把握しているチャールズが、言葉を切った。その間に、頭を回す。

 王家を除いた貴族社会の中で、最上位にいるのが公爵だ。その次が侯爵、伯爵、子爵、男爵と続き、一代限りの魔術爵や騎士爵が貴族の最下位の地位にある。一代爵は、その爵位を持つ本人と子どもが名乗れるが、子に継ぐことはなく、本人が亡くなると使えなくなる。

 つまり、出生の届出がされていれば貴族最上位を持つはずのミアと、貴族最下位のルークの婚約になる。身分が釣り合わないため、貴族が騒ぐ事態になるのだろう。

 だから、できるだけ大きな戦果で黙らせる必要がある。ルークは、そういった話に興味も関わりもなかったが、なんとなく流れは分かった。

「周りに気付かれなければ、魔術を使ってもいい」
「魔術を使っても?」

 思わず、チャールズに対して聞こえた通りに返してしまった。この場には、その非礼を咎める者はいない。

「使ったあと、忘却魔術をかければ問題ない。今、許可を出した。ルークを警備隊長として小さな隊を任せるから、好きに使え。反発する者もいるだろうが、婚約が決まれば、ルークはしばらく表舞台から身を引くことになるから、とにかく衝撃的な戦果を上げろ」
「身を引く?」
「表向きは休暇だが、ウェルスリー公爵令嬢と、できる限り一緒に過ごしてもらう。初夜までに、心の距離を縮めておかないと危険だ」

 今回の任務の難易度はやはり、今までの比ではないらしい。チャールズはにこやかなままだが、ジョンの表情はいつもに増して険しかった。

 ミアと、できるだけ一緒にいるのは、理想かもしれない。あの心地よさを毎日感じられる。王都に帰ってきてしまったから、ミアに会おうと思えば変身魔術と転移魔術で会えるが、戦果を上げに行くとなれば、またしばらくは会いに行けないのだろう。話を整理しつつ、この機会に尋ねておいたほうが良さそうな質問を選ぶ。

「…初夜の日は、決まっていますか?」
「婚約してから半年後に結婚式をして、その日の夜を初夜と呼ぶ。結婚して正式に夫婦となって、初めて迎える夜だから、初夜だ」

 つまり、ルークの番であるミアの魔の紋章を解いて、彼女に魔力を持ってもらうためには、大戦果を上げ褒賞として婚約して、きちんと心の距離を縮めた上で半年後に結婚して初夜を迎え、性交渉をする必要がある。今までの特別任務よりもずっと手順が多く、達成までが遠い。ルークは一度天井を見上げ、チャールズに向き直った。

「…戦果を上げられそうな、僕が魔術を使わないといけないような脅威があるんですか」
「東を拠点としている山賊の動きが不穏だ。しかも、多くの魔術師が絡んでいて、別の警備隊がやられている」
「条件はそろっていると」
「そういうことだ。早速、明日の朝には隊を任せたい。騎士二名、魔術師二名だ」

 言葉の上では理解した。半年がかりの任務から戻ってきたばかりだというのに、四人の部下を連れて東へ向かい、魔術を使ってでも脅威を倒し、帰ってくる。

(…………)

 チャールズがルークを隊長として、大戦果を求める。大きな、大きな特別任務の第一歩に相応しく、ルークがこの四人とどう関わるべきなのか、宣言しているようなものだった。

「……一応聞きます。その四名の命は?」
「捨てて構わない。ルークの戦果にいいように使うことができれば」
「…分かりました」

 チャールズは、人命を軽く扱うような国王ではない。今までの任務で、嫌というほど感じてきた。その国王が、ルークとミアが婚約するために、四人の命は必要な犠牲なのだと言ってくる。騎士として初めて任務に就く前に、とっくに誓っていたが、改めて国王への忠誠を誓った。
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