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1.今回の特別任務
8.書物の確認 後
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ルークは表向き休暇二日目となっており、ウェルスリー公爵邸で人間の姿を見られるわけにはいかないため、目が覚めるとそのままジョンの書斎に転移した。
ジョンは、ルークがくまなく書物に目を通すのも知っている。机の上には、昨日とは違うものが並べてあった。
《番は、魔術師が生き永らえ繁栄するために必要な存在である。心を通わせることで互いの魔力を中和し、二人の魔力を増強させ、各々が取り込み自身の魔力とする》
《魔の紋章の解放方法は解明されていない》
置いてある書物に書かれていることは、このふたつに集約された。心を通わせるとは、つまりどうすることなのだろうか。番が魔の紋章持ちであることへの記述がないということは、ルークが初めての事象なのだろう。
そもそも、オッドアイ自体が珍しく書物が少ないし、魔の紋章持ちが長生きしていることも珍しい。ルークと彼女は、どちらも稀なのである。
「来ていたか」
「昨日来ると、言いました」
「この時間にいるとは思わなくてな」
まだ陽は高いが、ジョンが帰ってきた。半日授業だったのかもしれないし、これからまた出るのかもしれない。
「番が魔の紋章持ちだった場合に関しての書物は、全く見つからなかった」
「レアケース、ですね」
「そうだ。今の任務の任期が終わったら、きっと新しい任務は…」
「魔の紋章の解放、ですね?」
「分かっているのか、何をしなければならないか」
「いいえ」
その言い方で、ジョンは知っていると確信した。予想だったとしても、何をすれば魔の紋章を解けるのか、見当がついている。
推定十六歳まで生きている魔の紋章持ちの彼女は、魔力を無理矢理使って暴走したり、事故や新たな病気に罹ったりしない限り、今すぐに亡くなることは考えにくい。紋章を解く時間は無限ではないものの、用意されていると見ていい。
「…番というのは、心を通わせる関係のことだ。どちらか片方だけが望んでも上手くいかない。ふたりともが同じ気持ちで向き合う必要がある。書物にもそう記されている」
「そうですね」
「番が、何をして心を通わせていると思う?」
まさに、ルークが疑問に感じて考えていた点だった。明確に言語化されて残っているわけではなく、ルークが見たのはせいぜい男女が寄り添う挿絵くらいだ。そこから何を導けばよいのか、全く分からないわけではないが、具体的に自分がそういったことをする想像はしづらかった。
ルークが答えられないでいると、ジョンがさらに言葉を続けた。
「昔にはなるが、魔術学校では十二歳から十六歳まで、完全に男女別に隔離されると話したのを覚えているか」
「はい」
「ルークはまだ幼かったから、直接的には言わなかったが…。番となる相手とは、交わり、つまり性交渉で一番効果的な魔力回復と増強を望める」
「性交渉、ですか」
「魔力暴走が起きないよう、魔術学校では思春期の初めに隔離が行われ、その後恋愛を経て番を見つけ、交わって確定する。心を通わせたふたりの行きつく先で、おそらく、次の任務はそれだ」
ルークは顎に手を当て、頭を回した。今まで縁がなかったし、予想どおりの任務ではあるものの、何をどうすればいいのか、やはり具体的には浮かんでこなかった。
「いきなり交わることは相当に負荷が掛かるから、普通の魔術師もやらない。まずはその子との心の距離を縮めるところからだろう」
「心の距離?」
「これもルークには経験の薄いことだろうが…、一緒にいて楽しかったり嬉しかったり、悲しみや怒りを共有して、信頼関係を築く努力をする」
ジョンの言うように、こちらもルークにはピンと来なかった。
オッドアイを生まれ持ったことで虐げられ、騎士学校に転入してからも飛び級で騎士として働けるようになったルークには、恋人がいたことも、友達がいたことすらない。ジョンやチャールズ、アーサーなど、信頼の置ける人物はいるが、友達ではなく人生の先輩として、学業や任務の成績を通して積み上げたもので、感情は必要がなかった。
「とにかく、現状の任務で彼女に気に入られておくことだ。彼女にはどう会っている?」
「夜に、子犬の姿で」
「公爵にしてみれば、届出をしていない時点で処罰の対象だ。警備隊に見つかると都合が悪い。このまま過ごして、任期が終われば一度ゆっくり王都に帰ってくるだろうから、そのときにまた」
「分かりました」
ジョンが午後の授業へと出て行ったが、ルークはしばらく動けなかった。珍しく、理解が追いつかなかった。
落ち着かないまま、夜にはウェルスリー公爵邸に転移し、複雑な気分のまま子犬の姿になった。精神と魔術の不安定さには相関があり、普通は魔術を使わない場面だろうが、オッドアイで生まれつき魔力量の多いルークには、考慮の必要がなかった。次の特別任務が本当に魔の紋章を解くため、番を手に入れるために彼女と心を通わせることだとすれば、彼女に会わない選択はない。
特別、何かをするわけではないが、彼女の膝に乗って少し話を聞いたあと、一緒にベッドに入って丸まって、あたたかさを感じる。ルークにとっての心地よさも、番だから感じられるのだろうか。
ディムと名付けられた彼女のことを、心の中でミアと呼ぶようになった。同じ宿舎の同僚が「ミア女王みたいな、気高い女は理想だよな」と、よく言っていたのを思い出した。セントレ王国の建国の歴史において、偉大な功績を遺したとされる王女で、授業でも扱われるほどだが、脚色された伝説も多く出回っている。
ルークは、騎士の身体訓練などの授業に参加し、宿舎のルールに従って食事や風呂を済ませたあと、人目を盗んでジョンの書斎へ移動し、魔術系書物や任務に関わる資料を読むことに時間を費やしていて、全十五巻の伝説自体を全て読んだわけではない。ただ、入学したてのころに文字を学ぶために読む話は、どの学校に入学しても共通してミア王女の話だ。ルークにあるミア王女の知識は、授業で聞いた程度しかないが、それでも、国の理想とされる女性の名前で、彼女を呼びたくなった。
(まあ、ディムという名に、大した意味はないかもしれないけど…)
直接会えば、初日に呼び方の話になるだろう。どうしてミアと呼びたいのかと、もし聞かれたら、何と答えようか。響きと呼びやすさで頭に浮かんだと、正直に話す外ない。
ミアの寝顔を見ていても、ルークの頭は休まらない。次の任務が見えてきた以上、何かしら手立てを持っておきたい。
(魔の紋章、魔力は本人のものとは別物……、それなら、逆に、利用すればいいのでは?)
紋章の魔力とミア自身の魔力は別で、おそらく今は紋章の魔力しかないからルークに察知できないし、ミアは生きていられる。
ミア自身の魔力を引き出すのではなく、紋章の魔力をミアが使えるようになればいいのではないか。
(…できるのか、そんなこと)
ジョンは、ルークがくまなく書物に目を通すのも知っている。机の上には、昨日とは違うものが並べてあった。
《番は、魔術師が生き永らえ繁栄するために必要な存在である。心を通わせることで互いの魔力を中和し、二人の魔力を増強させ、各々が取り込み自身の魔力とする》
《魔の紋章の解放方法は解明されていない》
置いてある書物に書かれていることは、このふたつに集約された。心を通わせるとは、つまりどうすることなのだろうか。番が魔の紋章持ちであることへの記述がないということは、ルークが初めての事象なのだろう。
そもそも、オッドアイ自体が珍しく書物が少ないし、魔の紋章持ちが長生きしていることも珍しい。ルークと彼女は、どちらも稀なのである。
「来ていたか」
「昨日来ると、言いました」
「この時間にいるとは思わなくてな」
まだ陽は高いが、ジョンが帰ってきた。半日授業だったのかもしれないし、これからまた出るのかもしれない。
「番が魔の紋章持ちだった場合に関しての書物は、全く見つからなかった」
「レアケース、ですね」
「そうだ。今の任務の任期が終わったら、きっと新しい任務は…」
「魔の紋章の解放、ですね?」
「分かっているのか、何をしなければならないか」
「いいえ」
その言い方で、ジョンは知っていると確信した。予想だったとしても、何をすれば魔の紋章を解けるのか、見当がついている。
推定十六歳まで生きている魔の紋章持ちの彼女は、魔力を無理矢理使って暴走したり、事故や新たな病気に罹ったりしない限り、今すぐに亡くなることは考えにくい。紋章を解く時間は無限ではないものの、用意されていると見ていい。
「…番というのは、心を通わせる関係のことだ。どちらか片方だけが望んでも上手くいかない。ふたりともが同じ気持ちで向き合う必要がある。書物にもそう記されている」
「そうですね」
「番が、何をして心を通わせていると思う?」
まさに、ルークが疑問に感じて考えていた点だった。明確に言語化されて残っているわけではなく、ルークが見たのはせいぜい男女が寄り添う挿絵くらいだ。そこから何を導けばよいのか、全く分からないわけではないが、具体的に自分がそういったことをする想像はしづらかった。
ルークが答えられないでいると、ジョンがさらに言葉を続けた。
「昔にはなるが、魔術学校では十二歳から十六歳まで、完全に男女別に隔離されると話したのを覚えているか」
「はい」
「ルークはまだ幼かったから、直接的には言わなかったが…。番となる相手とは、交わり、つまり性交渉で一番効果的な魔力回復と増強を望める」
「性交渉、ですか」
「魔力暴走が起きないよう、魔術学校では思春期の初めに隔離が行われ、その後恋愛を経て番を見つけ、交わって確定する。心を通わせたふたりの行きつく先で、おそらく、次の任務はそれだ」
ルークは顎に手を当て、頭を回した。今まで縁がなかったし、予想どおりの任務ではあるものの、何をどうすればいいのか、やはり具体的には浮かんでこなかった。
「いきなり交わることは相当に負荷が掛かるから、普通の魔術師もやらない。まずはその子との心の距離を縮めるところからだろう」
「心の距離?」
「これもルークには経験の薄いことだろうが…、一緒にいて楽しかったり嬉しかったり、悲しみや怒りを共有して、信頼関係を築く努力をする」
ジョンの言うように、こちらもルークにはピンと来なかった。
オッドアイを生まれ持ったことで虐げられ、騎士学校に転入してからも飛び級で騎士として働けるようになったルークには、恋人がいたことも、友達がいたことすらない。ジョンやチャールズ、アーサーなど、信頼の置ける人物はいるが、友達ではなく人生の先輩として、学業や任務の成績を通して積み上げたもので、感情は必要がなかった。
「とにかく、現状の任務で彼女に気に入られておくことだ。彼女にはどう会っている?」
「夜に、子犬の姿で」
「公爵にしてみれば、届出をしていない時点で処罰の対象だ。警備隊に見つかると都合が悪い。このまま過ごして、任期が終われば一度ゆっくり王都に帰ってくるだろうから、そのときにまた」
「分かりました」
ジョンが午後の授業へと出て行ったが、ルークはしばらく動けなかった。珍しく、理解が追いつかなかった。
落ち着かないまま、夜にはウェルスリー公爵邸に転移し、複雑な気分のまま子犬の姿になった。精神と魔術の不安定さには相関があり、普通は魔術を使わない場面だろうが、オッドアイで生まれつき魔力量の多いルークには、考慮の必要がなかった。次の特別任務が本当に魔の紋章を解くため、番を手に入れるために彼女と心を通わせることだとすれば、彼女に会わない選択はない。
特別、何かをするわけではないが、彼女の膝に乗って少し話を聞いたあと、一緒にベッドに入って丸まって、あたたかさを感じる。ルークにとっての心地よさも、番だから感じられるのだろうか。
ディムと名付けられた彼女のことを、心の中でミアと呼ぶようになった。同じ宿舎の同僚が「ミア女王みたいな、気高い女は理想だよな」と、よく言っていたのを思い出した。セントレ王国の建国の歴史において、偉大な功績を遺したとされる王女で、授業でも扱われるほどだが、脚色された伝説も多く出回っている。
ルークは、騎士の身体訓練などの授業に参加し、宿舎のルールに従って食事や風呂を済ませたあと、人目を盗んでジョンの書斎へ移動し、魔術系書物や任務に関わる資料を読むことに時間を費やしていて、全十五巻の伝説自体を全て読んだわけではない。ただ、入学したてのころに文字を学ぶために読む話は、どの学校に入学しても共通してミア王女の話だ。ルークにあるミア王女の知識は、授業で聞いた程度しかないが、それでも、国の理想とされる女性の名前で、彼女を呼びたくなった。
(まあ、ディムという名に、大した意味はないかもしれないけど…)
直接会えば、初日に呼び方の話になるだろう。どうしてミアと呼びたいのかと、もし聞かれたら、何と答えようか。響きと呼びやすさで頭に浮かんだと、正直に話す外ない。
ミアの寝顔を見ていても、ルークの頭は休まらない。次の任務が見えてきた以上、何かしら手立てを持っておきたい。
(魔の紋章、魔力は本人のものとは別物……、それなら、逆に、利用すればいいのでは?)
紋章の魔力とミア自身の魔力は別で、おそらく今は紋章の魔力しかないからルークに察知できないし、ミアは生きていられる。
ミア自身の魔力を引き出すのではなく、紋章の魔力をミアが使えるようになればいいのではないか。
(…できるのか、そんなこと)
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