とあるオッドアイ魔術師と魔の紋章を持つ少女の、定められた運命

垣崎 奏

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1.今回の特別任務

7.書物の確認 前

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 《オッドアイの出生時、上手く制御できずに自分自身を呪い、魔力を封印してしまうことがある。それが魔の紋章となり、赤目になる方の目を中心として、顔に残る》

 《オッドアイが生まれてくるときは、1:母子ともに健康となるか、2:母体が魔力に耐えられず死に、子どもが魔の紋章持ちになるか、の二択である》

 あの少女は、おそらくウェルスリー公爵の長子だ。ろくに食事も与えられていないようでかなり細かったが、公爵の一人目の妻は十六年前、出産時に亡くなったと執事や使用人から聞いた。彼女を生んだときに亡くなったとみて、間違いないだろう。

 魔の紋章は、魔力封印の証だ。もし封印を解くことができれば、オッドアイ魔術師が増えることになる。生まれつき魔力量の多いオッドアイは、悪用されなければ、いればいるほど国益に直結する。チャールズには、一体どこまで見えているのだろうか。

 《魔の紋章を持って生まれた子は、三歳まで生きることはできない。自身の魔力と紋章の魔力は共存不可である。稀に生き延びることもあるが、理由は不明である》

 自分自身の魔力で紋章を作り出し封印して生まれてくるのに、紋章と自身の魔力は別物になるらしい。

 基本的に魔術師は、自分の魔力以外を体内に取り込むことができない。体内に入った他人の魔力を、自分の魔力で中和できずに、暴走させてしまうからだ。彼女は魔の紋章持ちなのに、未だ生きている。

(二種類の魔力を、普通は持ち合わせない。何か、抜け道があるんだな…? あと、番については…)

 これは、ジョンと話すほうがいいかもしれない。そもそも、本当に番なのか、ルークは確信を持てなかった。魔術学校を出ておらず、番探しをしていないルークにとって、初めて感じた甘い匂いだった。


 勝手に紅茶を淹れ書物を読み、時間を過ごした。陽が傾いてくると、書斎の扉が開き、部屋の主であるジョンが帰ってくる。

「来ていたか、早い帰還で」
「魔の紋章についての書物、ありがとうございます」
「本当に、そうなのか」
「ええ、記述のとおりですね。使用人たちによれば、公爵の第一夫人は出産時に亡くなっていますし、そのとき一緒に亡くなったとされる子どもと考えるのが妥当です。魔の紋章持ちは三歳まで生きられないそうですが、長子だとすれば十六歳かと」
「なるほど……」

 ジョンも、何かを考えるような表情だ。当然だろう。魔の紋章の封印を解放できれば、オッドアイが増えるし、何より短命とされる魔の紋章持ちが推定十六歳まで生きているのだ。

「もうひとつ、通信では言わなかった気になる点が」
「なんだ?」
「その少女から、強烈な匂いがするんです。嫌ではないんですが」

 授業の片付けだろうか、書物の整理をしていたジョンの手が止まった。ルークは、何か変なことを言ったかと、少し戸惑いつつ、ジョンに目をやった。基本的に硬い表情のジョンが、少し微笑んだように見えた。

「…そうか、ルークにも番が見つかったか」
「やはり、番なんです?」
「そうだろうな、変身魔術で分かったんじゃないか?」
「はい、子犬のときに」
「嗅覚が強くなるからな。明らかに他の人間とは違う匂いがしただろう?」
「はい」

 ジョンがルークに手を伸ばし、前髪を梳くように頭を撫でてくる。小さいころにはよくされていたが、ルークが騎士学校を修了してからはされなくなった。人に見られるのは恥ずかしいが、この書斎でされるのは嫌ではない。

「番が魔の紋章持ちか…。ルーク、明日も来れるのか?」
「はい」
「少し、書物を探しておく」
「ありがとうございます。明日、また」
「ああ」

 ルークは肩を叩かれ身体が離れたのを合図に、転移魔術で公爵邸の客間に戻った。結界が破られた形跡はなく、使用人も執事も立ち入っていない。王都に向かう前と変化がないことに安心する。客間のソファに腰を下ろし、別れ際のジョンの仕草を思い出した。頭を撫でられたことが久々すぎて、 ルークの思考に引っかかった。

 番が魔の紋章持ちだと、何か問題があるのだろうか。魔術師は、同じく魔術師と番として心を通わせれば、魔力の急速回復や増強効果が機能する。

(……っ、そうか)

 魔の紋章を持つ彼女の魔力は、封印されているのだ。紋章の魔力と、彼女の魔力は別にある。現状ルークは彼女の魔力を感じないし、彼女と心を通わせたところで、ルークの魔力が回復したり増強したりするとは限らない。

 彼女自身の魔力が封印され、魔の紋章の魔力のみが彼女の中にあるならば、彼女が生きているのも納得がいく。彼女の中にある魔力は一種類だと仮定できるのだから。

 ジョンは、魔の紋章を解く方法を、書物の中から探すのだろう。オッドアイが増えるだけではなく、ルークの番でもある。

 そもそも、心を通わせるとは何をすることなのか、ルークは知らなかった。その点も、明日ジョンに聞かなければならない。

 基本的に魔術師は、二種類の魔力をひとりの体に留めておけない。何かきっかけがあれば、魔力暴走を起こすのは想像に難くない。暴走状態を実際に見たことはなく、書物での知識でしかないが、これは、さらなる特別任務を言い渡される予感がする。


 ☆


 変身魔術を使い客間の外に出て、廊下を進む。ルークを誘うように、扉がすでに小さく開いていた。彼女以外の気配は部屋からしないため、鼻先で隙間を広げる。

「今日も来てくれたのね」

 わざわざ出迎えてくれ、扉を閉める彼女を待つ。子犬姿のルークは匂いにも慣れ、膝の上のあたたかさも、撫でられる気持ちよさも知ってしまった。

「あなたは本当に優しい子ね…、こんな私に、会いに来てくれるんだもん」

 彼女を知ることが任務だと悟ったから、近づくのは当然だ。ルークは彼女の腹部に顔を寄せながら、ぽつりぽつりと聞こえる声に耳を傾ける。

「弟や妹が寮に入ってこの家にいないから、これでもまだ気楽なの。あの子たちがいると私に物を投げてくるし」

(辛いな……)

 ルークにも、経験がある。ルークの父親と兄たちは魔術で物を浮かせ、ルークに投げつけた。魔術を使っていたため、彼女の弟妹より質が悪い。炎をまとわせたり追尾させたり、人数を利用して挟み撃ちにされたこともある。その理由が、生まれ持ったもので、変えられるものではなかったオッドアイだと気付いてからは、できるだけ顔を合わせないようにした。

 五歳で魔術学校に入学し、ジョンに出会い、長期休暇でも家には戻らなかった。騎士としての訓練に励み、書物を読み漁り、魔術は苛めの道具ではないと、教えてもらった。

「もう長い間会っていないお父様も、私には冷たかったし…、執事や使用人も、みんなそう。あなたは、違うよね?」

 その問いかけに、思わず顔を上げてしまった。彼女は泣いてはいなかったものの、寂しそうな表情をしていた。あえて、紋章のある左側の頬に口を寄せた。

「ふふ、ありがとう」

 一緒にベッドに潜りながら、たまに鼻で突いたりすり寄ったりしつつ、彼女の話を聞いた。ルークの境遇と重なることが多く、彼女の匂いと背中を撫でてくる手のあたたかさに、溺れていくような気がした。
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