とあるオッドアイ魔術師と魔の紋章を持つ少女の、定められた運命

垣崎 奏

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1.今回の特別任務

5.未届の少女 後

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(……番だ)

 客間の厚いマットレスの上で、ルークはひとり、しばらく考え、思い出した。

 魔術学校を修了した魔術師なら、基本的に全員が見つけている番という相手は、魔力の鍵となる人物だ。魔術師ひとりにつきひとり、魔術師が生涯の相手となり、心を通わせることで魔力の回復や増強ができるらしい。

 ルークはオッドアイで、生まれ持った魔力の総量が桁違いであることや、魔術学校を卒業していないことを理由に、番探しをしていなかった。ルークの師匠でオッドアイであるジョンも番を持たない魔術師のため、特に気にもしていなかった。

 未来予知ができるチャールズには、彼女がルークの番であることが見えたのだろうか。

(何か、忘れている……。そうだ、あの前髪っ!)

 匂いに気を取られすぎて、彼女の左目を確認してこなかった。ルークの番であるなら、彼女にも魔力があるはずだ。

(そもそも、出生記録すらなかったのはなぜだ?)

 魔術に関係のない家系でも、魔術師が生まれることはあるし、普通は隠すほどの事態にはならない。隠された左目は、おそらく右目とは色が違う。ルークと同じ理由で、虐げられている。


 ☆


 翌日のルークは、昼間には人間の姿で今までと同じように屋敷内を散策し、中庭にも行ってみたが、少女の姿を確認することはできなかった。夜になると、子犬の姿で彼女の部屋へ向かった。今日も、扉を引っ掻くと開けてくれる。

「…来てくれたのね」

 彼女が番だと思うと、この強烈な甘い匂いも受け入れられる気がした。拒絶しようとするから辛くなる。夜の間、ずっと嗅いでいることは難しいが、少し話を聞くくらいの時間は平気だろう。ベッドに腰掛けた彼女の膝に乗り、うずくまる。

「昨日は中庭に出られたんだけど、今日は部屋に閉じこもっていたの。見つかってしまったから」

 ルークが立ち会った、執事に引きずられていたあの場面のことだろう。綺麗に話しているので、頬が腫れている様子はない。

 少し悲しそうなトーンの言葉に、昨日の素っ気ない態度とは違い、今日は少し彼女に慣れた子犬を演じておく。もし本当に番であるなら、ルークの魔力増強のために、親しくなっておくほうが都合がいい。少しこけた彼女の頬に鼻先を擦って、目を開けた。

「可愛い子犬さん…、下から見るあなたには、みんなが醜いと言う顔が見えてしまうよね…」

(っ……!)

 ルークが見たのは、オッドアイではなかった。ヘーゼルの右目と、魔の紋章だ。書物でしか見たことがないが、間違いない。彼女の左目は白目のない漆黒で、魔の紋章によって封印されていた。

「やっぱり怖い…?」

 ルークは、驚いて硬直してしまったことを後悔した。この紋章のせいで、彼女は虐げられているのだ。自分を落ち着かせ切り替えるために、深呼吸をしたあと、子犬らしく彼女の頬を舐め、ぽたぽたと流れる涙の跡を消してあげる。

(んん…? 涙が甘い?)

「優しいのね…。あなたも、珍しい目をしてる。可愛い…」

 頬を挟まれ、わしゃわしゃと撫でられる。子犬の姿になっても、オッドアイのままなのが少し難点ではあるが、彼女には怖がられなかったのが救いだった。

 抱きかかえるように背中を撫でてくる手は、少し震えていた。なかなか泣き止まなかった彼女をひとりにしておくことはできず、子犬姿なのをいいことに、誘われるままベッドに潜った。

 一旦王都へ帰って、書物を見直す必要がある。魔の紋章は、一般的な魔術師であれば知らない可能性もあるくらい、伝説に近いような話だ。休暇を、隊長であるアーサーに申し出なければ。

 すっかり任務で頭がいっぱいになったルークは、甘い匂いにすっかり慣れ、身体に触れられたまま目を閉じた。


 ☆


 今日も、あの子犬はディムの部屋を訪れてくれた。子犬を撫でているだけで気分が落ち着くけど、そのおかげで、この子犬が綺麗な毛並みをしていてふっくらと健康的なことに気付いてしまった。首輪はしていない。でも、きっとどこかの家の飼い犬で、抜け出して迷い込んだのだろう。

(私も、抜け出せたらいいのに…)

 もう、何度も思った。それでも抜け出さないのは、外に出ても連れ戻されてしまう気しかしないからだ。どうやっても、ひとりで生きていける自信は生まれてこない。この屋敷で死ぬのも、勇気を出した先で死ぬのも、どうせ死ぬのなら、ここにまだ居てもいいかと諦めてしまう。雨風は凌げるし、食事ももらえるし、身体も拭ける。たまに小説も読める。頑張る気力なんて、そんなにたくさんは持ち合わせていない。

(はあ……)

 ディムの模様を見た子犬は、身体を強張らせた。動物になら、模様なんて関係ないと思っていたけど、そうではなかった。やはり虐げられると思うと、どうやってもディムに味方をしてくれる人は絶対に作ることができないのだと、思い知らされてしまう。

 そのあとの子犬はディムの涙を拭ってくれて、一緒にベッドに入ってくれたけど、明日以降も来てくれるどうかは分からない。意思疎通のできない動物は、気まぐれだ。

 小説の中で、珍しくて虐げられていたオッドアイを、この子犬は持っている。動物の世界だと、虐められはしないのだろうか。飼い犬だから、関係ないのかもしれない。子犬がくれる体温はあたたかく、ディムが感じたことのない温もりだった。
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