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1.今回の特別任務

3.公爵邸にて

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 公爵邸に滞在するようになってから、二ヶ月ほど経っただろうか。この屋敷からは魔力を感じない。魔術師がいない証拠で、護衛の騎士も屋敷の門番以外にいない。ルークはチャールズから暗に命じられた、ここでの特別任務が何なのか、未だ掴めずにいた。

 宿泊を許可された客間には、辺境地にしてはしっかりとした造りの家具が並べられ、貴族の最上位である公爵家の威厳を示していた。幼少期や青年期など、歴代のウェルスリー公爵と思われる肖像画が、何枚も壁に飾られていた。

 屋敷の客間に通された初めの一週間は、さすがに警戒されたはずだ。アーサーや他の騎士が百八十センチ後半より高い身長を持つなか、ルークは騎士としては小柄で華奢、百七十センチ前半しかない。それでも騎士として鍛えているため、文官や魔術師と比べると印象は異なるはずだ。

 重たい前髪と眼帯さえなければ整った顔立ちで、顔を一部隠しているという不思議な雰囲気もあり、ルークは特に興味を持っていないが、女性受けする自覚はあった。女性を中心に構成された使用人たちと馴染むことに、さほど時間はかからなかった。

 仲良くなった使用人たちによると、現ウェルスリー公爵は屋敷にいないことがほとんどで、どこで何をやっているのかは執事でさえも知らないという。執事は、執事としての仕事がほぼ何もなく、いつ退職させられるのかと不安な様子で、それに関しては使用人たちも、世話をする相手が屋敷内に誰もいないと、同じようなことを言っていた。

 公爵はふたりの妻に先立たれ、それをきっかけに戻ることが少なくなったという。一人目の妻との間には子どもはおらず、三人の子どもは全て二人目の妻との間にできた子だそうだ。

 執事に、子どもたちの出生記録を見せてもらった。十二歳男児、十歳男児、八歳女児。全員が全寮制の一般学校または騎士学校に入学しているため、ここにはいない。前妻は十六年前、出産時に子どもとともに亡くなり、後妻は末の女児を出産したときに亡くなったらしい。


 それで結局、今回の特別任務は何なのだろう。 公爵の現在地を探すことだとしても、執事や使用人が知らないのであれば、転移魔術を闇雲に使うわけにはいかないし、屋敷に滞在することが警備隊として任務の一部であるルークは、動きようがない。

 公爵の妻をめぐる呪い、つまり魔術の類だとするには、動くのが遅い。前妻が亡くなったのは十六年前、後妻が亡くなったのですら八年も前だ。貴族最上位の公爵家の出産で、確かな医師が立ち会っただろうし、十二分に検視などもされただろう。

 せめて、屋敷の書斎や資料室に入ることができればと思うが、それは執事に止められた。いくら王命の調査で来た騎士とはいえ、主の許可なく全ての部屋を見せてはくれない。チャールズに相談すれば開けてもらうように説得できるだろうが、国王からの直々の命令は繰り返すと価値が下がる。従わせる強さが減るため、最終手段に置いておきたい。転移魔術を使って中に入ることも可能だが、部屋の内部が分からないと転移先で何があるか予想できず、危険は犯したくない。

 ルークにできることは、屋敷内が毎日同じことを繰り返しているかどうか、変化がないか監視することくらいだった。


 ☆


 使用人たちに不審がられると、いざというときに動きにくくなるため、毎日同じルートで見回っていたが、余りに進展がない。たまたま、気分で見回りのルートを替えてみた。

 普段、色目を使われるのは鬱陶しく苦手で避けるものの、利用できるときに使わないほど、ルークは自分の見目を嫌っているわけではない。もし使用人に姿を見られても、女性使用人の大半がルークの外見に落ちている自負があるし、多少文句を言われる程度で済むだろう。

(ん、あの子は?)

 中庭で花と戯れている、前髪の長い少女が目に入った。これまでの二ヶ月では見かけなかった、使用人とも異なる人物だ。白いワンピースを着ているが、使用人の衣服よりもずっと着古されていて、白というよりは茶色に近い。

「…ディム、なんでここにいるんだっ!」

 ルークに仕事がないと嘆いていた男性執事が、ディムと呼んだ少女の頬を平手で打ち、体勢を崩した彼女をそのまま引きずるように、屋敷の中へ連れて行った。

 姿を見られる前に、姿消しの同化魔術で身体を隠しておいてよかった。執事は振り返ることもなく、彼女を室内へ入れることを優先していた。あの少女は、ウェルスリー公爵が公にしたくない子どもなのだろう。使用人や執事から、彼女に関しての情報は、一切聞かなかった。

(なるほど…)

 今回の特別任務がようやく分かった。チャールズは、あの隠された少女を予知したのだ。

 長いあの前髪で目を隠しているとすれば、考えられるのは、ルークと同じくオッドアイを持つことか。虐げられるこの目は、執事のあの行動にも繋がる。

(『ディム』ね……)

 あまり人の名前に使う単語ではないし、あの執事の反応を見るに、生まれたときから忌み嫌われたのだろうか。

 魔力の制御と、魔術を何に活かして生きるのかをきちんと学べば、王家に重用される人材になれるのに、オッドアイの有用性自体が国家機密だ。あの少女がこういう扱いを受けるのも、一部納得できてしまう。それほど、オッドアイは珍しいのだ。
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