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 キールが光を辿って着いた先に、大きなカゴを持ったリノがいた。相変わらず暗い色味のマントを羽織ったリノは、川で魚狩りの最中だったらしい。狩りと言っても、今のキールを誘導するのと同じように、道に光の罠を張りおびき寄せ捕まえるもので、大々的に追い回すことはない。

「すぐに道を示せなくて、ごめんなさい」
「いや、僕のタイミングが悪かった。やっと森に入れる時期になったんだ、狩りもできるようになるよね」

 いつものように、カゴの中にはリノの好きなバゲットとマドレーヌを詰めてきた。早く、隣に座って頬張る笑顔が見たい。

「久しぶりね」
「うん、会いたかった」

 キールがカゴを地面に置くと、それを合図にリノが身を寄せてくる。冬の間に随分と身長が高くなってしまったらしい。リノが、腕の中にすっぽりと収まる。

「また、伸びた?」
「そうかも。リノが小さい」
「もう…!」

 離れようとするリノを、むしろ強く抱きしめた。もう、冬にひとりでいる必要はなくなったと、今日は伝えられる。この日を、キールはずっと待っていた。

「絶対、離さないから」
「うん?」
「とりあえず、お昼を食べてから。話したいことがあるんだ」

 どうやら、口に出したつもりのない言葉が、聞こえてしまったらしい。キールが預からなくてもリノは魔法で持ち上げてしまうが、気まずさを隠すためにも、リノの分のカゴもキールが小屋へ運んだ。

 捌いた魚に火を通し、野菜と共に挟んだサンドウィッチを食べ、ホットミルクとマドレーヌをテーブルに並べる。いつも通り、先に手を付けるよう勧めた。「美味しい」と笑ってくれるようになったのは、キールが16歳になってリノを襲った、次の春のことだった。

 半ば強引に抱いたようなものだったけど、リノは抵抗しなかった。それどころか、冬が明けて顔を合わせると、柔らかい表情を向けてくれるようになった。その変化がどれだけ嬉しかったか、リノに伝える気はない。キールだけが、知っていればいいことだ。

「学院を卒業したら、言おうと思ってたことがあって」
「卒業したの?」
「うん、この冬に。それで、資格を取った」
「資格?」
「王都で魔法の研究をする資格。勉強すれば、魔法を使えない人でも持てる。魔法管理官って職に就くのに必要だったんだ」
「へえ…?」
「これがあれば、僕が魔女のリノと一緒にいても変じゃない」

 隣に座るリノが、息を飲むのが分かる。

(元々、王都なら変じゃなかったんだけどね…)

「ねえ、リノ。王都に、ふたりで住もう」

 理解できない言葉ではないはずだが、リノの口から声は聞こえてこなかった。固まってしまったリノに、さらに説明を加える。

「リノに関わるようになってから、僕は村にいてもいなくても変わらない。それなら、リノとずっと一緒にいたい。そのために首席で卒業したんだ。少しでも、リノの役に立ちたい」
「…貴方は、それでいいの?」
「うん、ずっと考えてたし、遠かったけど王都に通い続けた。こんなにリノが好きで離したくないのに、だよ? きっと微妙な顔をすると思ったし、卒業まで待ったけど、結局一緒だったね」

 キールは、何年一緒にいても、この微妙な表情をする時のリノを掴み切れなかった。リノ自身、何歳からこの小屋に住んでいるのか分からないほどに、幼い頃からひとりだったのだ。村の人間には疎まれながらも、王都で味方を作ることのできたキールは、恵まれていた。

「…あのね」
「うん」
「私は、貴方の記憶を消すことも、村の人の記憶を消すこともできるの」
「でも、しなかった」
「そう…、どうしてだか、分かる?」
「……自惚れてもいいなら」

 きっと、10歳の時にリノを訪ねたのは、リノにとって鬱陶しい出来事だっただろう。今では笑顔も見せてくれるようになって、打ち解けてくれたのも感じていた。だから、断られない自信があった。キールから、リノを引き寄せた。

「僕は、リノと一緒にいたい。これからずっと、死ぬまでリノしか要らない」
「王都へ行って、目移りすることは? 人がたくさんいるんでしょう?」
「ない。絶対に。約束する」

 リノの頬と額に、キスを落とす。久々のリノの体温に、身体はどうしようもなく反応し始めていた。

「王都はもう、僕にとっては菜園みたいなものだよ。魔法管理官の上層部はみんな顔馴染み。首席だから、配属班の取り合いが起きてるくらいなんだ。リノが嫌だと思うことがあったら、黙って魔法を掛けてくれていい」
「…できないと、分かっているくせに」
「そうだね、リノは優しいから…。こんなところで暮らすことになってるのに」
「魔女だから、仕方のないことよ」
「そんなことないんだよ。世界は広いよ、リノ。僕と一緒に、ここを出よう。もし馴染めなければ、またふたりで森に住めばいいよ、今みたいに」

 キールがリノを押し倒したのは言うまでもなく、リノはそんなキールを退けることはしなかった。

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