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リノは幼い頃、手をかざしただけで火を付けてしまったことから、魔女だと村を追い出され、森に古くからあるのだろう小屋に住んでいた。きっと、リノと似たような理由で村を追われた人がいたのだ。だから、手ぶらで辿り着いても生活ができるこの小屋が、森に残されていた。
リノの両親は村で生まれ育ち、魔法は避けるものだったから、リノを容赦なく森に捨てた。魔法が許されない力であることをリノが実感した瞬間に、勘当も決まり、リノは普通の人間としては生きられなくなった。
なんとなく、森の中にいても魔法を使えば生活できると、幼いながらに思った。その糸口は、小屋にたくさん残されていた。本や野菜の種子、調理器具など、明らかに人が住んでいた形跡があって、リノは魔法の力を借りてそれらを使い、ひとりの時間を過ごした。
森から出て村の様子を見に行ったことも、もちろんある。そのたびに聞こえる会話は、魔女を産んでしまったと嘆く母を、父を含めた村全体で慰める光景だ。一度魔女や魔法使いを産むと、次に産まれる子も魔法が使えてしまうなどと声がする。本当かどうか、リノですら確認する手段がないのに。
「魔法って、そんなに悪いものなの?」
ついそんなことを口走って、暖炉に火を入れてしまったから、ひとりで生きなければならなくなった。だが、リノにとって魔法はあたたかさをくれる友達のような存在で、思い通りに動かせるありがたいものだった。魔法があったから、寂しさを感じずに済んだのだ。
*
いつものように魔法の力を借りて魚をすくっていると、動物ではない何かが立ち入った気配がして、警戒しながら辿った。目印になる大きな樹の下で、明らかに森に迷った金髪の男の子が、途方に暮れて座り込んでいた。よく見れば緑色の瞳で、リノが生まれた村では見ない派手な容姿の子どもだった。
「私に会ったことは、誰にも言っちゃだめよ」
「うん」
少年というにはまだ幼かったが、意味は理解したらしく、彼はひとつこくんと頷いた。
泣くことも怖がることもなく、魔法で示した道を歩き、その姿は見えなくなった。魔法を扱えない人間に、魔法の気配を感じ取ることはできない。たまに迷い込んでくる商人や配達員も、この方法で人里へ帰していた。あの子が約束を守ってくれれば、大事にはならない。
*
森に張った魔法が、ざわめいた。久しぶりに人間が迷い込んだらしい。気配を追って見つけた後ろ姿は子どもで、リノは警戒を解いて正面から近づいた。
金髪緑目の容姿が珍しく印象に残っていたから、一度会ったことがあるのはすぐに分かった。
「貴方は…!」
「お久しぶりです、魔女さま。貴女に会いたくて、…来ました」
リノの魔法に興味を持ってしまい、再び森にひとりで入ってきたのだ。その少年は背が伸びていて、リノには大人びて見えた。初対面からだいぶ経っているから、当然かもしれない。それでも、魔法を操れる魔女に近づくことが、どれだけ人生を狭めるのかを考えれば、目の前の少年を遠ざける以外に選択肢はなかった。
「今の行為が、どんな意味を持つか分かっているの」
「ごめんなさい。僕、あの時、村のみんなに話しちゃったんです。『魔法で助けてもらった』って」
リノは、素直に謝られるとは思っておらず、固まってしまった。不敵に笑って見せた少年の表情が、脳裏に焼きついた。
「だから村でも浮いてて…、村の学校には行けなくて、王都の学院に通ってます。両親も亡くなって、今の僕はひとりです。だから、会いに来ました。魔法って、悪いものじゃないし」
「何を…、私と話すだけで、もっと村にいられなくなるのよ?」
「それでもいいです。だって、魔女さまから攻撃されるって決まったわけじゃない。魔女さまは初めて会ったときから、僕に優しい。きっと魔法なら、約束を破った僕を殺すことだってできるでしょ? 得体の知れない、自分にはない力だからって、遠ざけるのは変だもん」
見た目と発言内容が合っていないと、リノは思った。リノもリノで、人々との関わりは極力避けていたから、リノ自身を含め発達具合は知りようがなかった。子どもでも教育を受ければこんなことを言い出すのかと、感心もした。
「…それが、人間の社会なの。貴方はまだ幼くて理解できないかもしれないけど」
「これでも首席で進級してるし、それなりに知識は入れてるつもりです。僕、キールって言います。魔女さまの、お名前はなんて言うんですか?」
純粋無垢に好奇心を向ける緑色の瞳に、リノは負けてしまった。それからほぼ毎日、キールはリノの知らない学院とやらが終わると森に来て、リノの魔法を見たがった。来れない日があれば事前に伝えてくる、本当に賢い子どもだった。
キールが言うには、王都なら魔法の話を公にできるらしいが、本当なのかリノには分からない。目の前の少年の顔が明るくて眩しいし、折れてくれる気配もない。リノにできたことは、キールの質問に正直に答えるだけだった。
*
リノができる限り村へ姿を現さないようにしていることを、キールは察していた。キールが来てくれるようになってから、リノは格段に生活しやすくなった。リノの代わりに、キールが服や紙などの日用品を買ってくるからだ。
学院で使っている本も、キールは見せてくれた。幼い頃から森で暮らすリノは、魔法を使わないと文字の読み書きができないが、キールは自力でこなしてしまう。魔法のない人間は、反復練習を行って頭に刻むことで知識を学ぶそうだ。ちなみに、リノが扱う魔法は小屋にあった本に書いてあったもので、キールに言わせればかなり古いものらしい。
パンや焼菓子は購入品ではなく、キールが家で焼いているようで、男の子なのに料理をすることに感心した。うっすら覚えている父は、台所に立つのを極端に嫌がっていたように思う。これも、王都では特別な光景ではないらしい。
肉や魚は森の中で手に入るし、野菜も簡単なものは菜園に種を撒いて、魔法を使いながら育てられる。小麦などの大掛かりな栽培は、キールのおかげでやらずに済んだ。ひとりで日々を過ごす中で、特定のものを食べたいと思う気持ちがなくなっていたことを、キールに気づかされた。
*
リノの両親は村で生まれ育ち、魔法は避けるものだったから、リノを容赦なく森に捨てた。魔法が許されない力であることをリノが実感した瞬間に、勘当も決まり、リノは普通の人間としては生きられなくなった。
なんとなく、森の中にいても魔法を使えば生活できると、幼いながらに思った。その糸口は、小屋にたくさん残されていた。本や野菜の種子、調理器具など、明らかに人が住んでいた形跡があって、リノは魔法の力を借りてそれらを使い、ひとりの時間を過ごした。
森から出て村の様子を見に行ったことも、もちろんある。そのたびに聞こえる会話は、魔女を産んでしまったと嘆く母を、父を含めた村全体で慰める光景だ。一度魔女や魔法使いを産むと、次に産まれる子も魔法が使えてしまうなどと声がする。本当かどうか、リノですら確認する手段がないのに。
「魔法って、そんなに悪いものなの?」
ついそんなことを口走って、暖炉に火を入れてしまったから、ひとりで生きなければならなくなった。だが、リノにとって魔法はあたたかさをくれる友達のような存在で、思い通りに動かせるありがたいものだった。魔法があったから、寂しさを感じずに済んだのだ。
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いつものように魔法の力を借りて魚をすくっていると、動物ではない何かが立ち入った気配がして、警戒しながら辿った。目印になる大きな樹の下で、明らかに森に迷った金髪の男の子が、途方に暮れて座り込んでいた。よく見れば緑色の瞳で、リノが生まれた村では見ない派手な容姿の子どもだった。
「私に会ったことは、誰にも言っちゃだめよ」
「うん」
少年というにはまだ幼かったが、意味は理解したらしく、彼はひとつこくんと頷いた。
泣くことも怖がることもなく、魔法で示した道を歩き、その姿は見えなくなった。魔法を扱えない人間に、魔法の気配を感じ取ることはできない。たまに迷い込んでくる商人や配達員も、この方法で人里へ帰していた。あの子が約束を守ってくれれば、大事にはならない。
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森に張った魔法が、ざわめいた。久しぶりに人間が迷い込んだらしい。気配を追って見つけた後ろ姿は子どもで、リノは警戒を解いて正面から近づいた。
金髪緑目の容姿が珍しく印象に残っていたから、一度会ったことがあるのはすぐに分かった。
「貴方は…!」
「お久しぶりです、魔女さま。貴女に会いたくて、…来ました」
リノの魔法に興味を持ってしまい、再び森にひとりで入ってきたのだ。その少年は背が伸びていて、リノには大人びて見えた。初対面からだいぶ経っているから、当然かもしれない。それでも、魔法を操れる魔女に近づくことが、どれだけ人生を狭めるのかを考えれば、目の前の少年を遠ざける以外に選択肢はなかった。
「今の行為が、どんな意味を持つか分かっているの」
「ごめんなさい。僕、あの時、村のみんなに話しちゃったんです。『魔法で助けてもらった』って」
リノは、素直に謝られるとは思っておらず、固まってしまった。不敵に笑って見せた少年の表情が、脳裏に焼きついた。
「だから村でも浮いてて…、村の学校には行けなくて、王都の学院に通ってます。両親も亡くなって、今の僕はひとりです。だから、会いに来ました。魔法って、悪いものじゃないし」
「何を…、私と話すだけで、もっと村にいられなくなるのよ?」
「それでもいいです。だって、魔女さまから攻撃されるって決まったわけじゃない。魔女さまは初めて会ったときから、僕に優しい。きっと魔法なら、約束を破った僕を殺すことだってできるでしょ? 得体の知れない、自分にはない力だからって、遠ざけるのは変だもん」
見た目と発言内容が合っていないと、リノは思った。リノもリノで、人々との関わりは極力避けていたから、リノ自身を含め発達具合は知りようがなかった。子どもでも教育を受ければこんなことを言い出すのかと、感心もした。
「…それが、人間の社会なの。貴方はまだ幼くて理解できないかもしれないけど」
「これでも首席で進級してるし、それなりに知識は入れてるつもりです。僕、キールって言います。魔女さまの、お名前はなんて言うんですか?」
純粋無垢に好奇心を向ける緑色の瞳に、リノは負けてしまった。それからほぼ毎日、キールはリノの知らない学院とやらが終わると森に来て、リノの魔法を見たがった。来れない日があれば事前に伝えてくる、本当に賢い子どもだった。
キールが言うには、王都なら魔法の話を公にできるらしいが、本当なのかリノには分からない。目の前の少年の顔が明るくて眩しいし、折れてくれる気配もない。リノにできたことは、キールの質問に正直に答えるだけだった。
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リノができる限り村へ姿を現さないようにしていることを、キールは察していた。キールが来てくれるようになってから、リノは格段に生活しやすくなった。リノの代わりに、キールが服や紙などの日用品を買ってくるからだ。
学院で使っている本も、キールは見せてくれた。幼い頃から森で暮らすリノは、魔法を使わないと文字の読み書きができないが、キールは自力でこなしてしまう。魔法のない人間は、反復練習を行って頭に刻むことで知識を学ぶそうだ。ちなみに、リノが扱う魔法は小屋にあった本に書いてあったもので、キールに言わせればかなり古いものらしい。
パンや焼菓子は購入品ではなく、キールが家で焼いているようで、男の子なのに料理をすることに感心した。うっすら覚えている父は、台所に立つのを極端に嫌がっていたように思う。これも、王都では特別な光景ではないらしい。
肉や魚は森の中で手に入るし、野菜も簡単なものは菜園に種を撒いて、魔法を使いながら育てられる。小麦などの大掛かりな栽培は、キールのおかげでやらずに済んだ。ひとりで日々を過ごす中で、特定のものを食べたいと思う気持ちがなくなっていたことを、キールに気づかされた。
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