94 / 122
大学4年_冬
第94話:季節外れの花火大会_1
しおりを挟む「千景って最近平日ばっかり?」
「うん。授業もほとんど無いしね。卒論と、興味のあったやつだけ。単位はほぼとったよ」
「すごいじゃん。広絵平日多いから、千景いると助かる」
「私も広絵いると助かるよ。やっぱ、とれるうちに授業たくさん撮っておいてよかった! もうあとは卒業を待つって感じだし」
「卒業旅行羨ましいよ。結局どこに行くんだっけ?」
「スイスに決まりました」
「うわぁ、いいなぁ!」
「お土産買ってくるからね」
「やった! 楽しみ! 写真も見せてね?」
「いっぱい撮ってくるよ!」
大学の授業も残りわずかというところで、冬休みを前に私はシフトの多くを平日昼間にズラしていた。就職してから夜人間になっていては困る。それに、授業のない日は暇を持て余してしまうものだ。毎回誰か友人を誘って遊びに行けるわけでもないし、朝から夕方までバイトに入ると丁度ちょうどいい。遊びたいときや予定のある日は、今まで通り夜に入っている。休日も、夕方までのシフトが増えた。
このシフトだと、広絵とよく会う。広絵は掛け持ちで仕事をしているが、もっぱらもうひとつのほうは夜に入っているらしい。どうりでしばらく会わない日が続いたはずだ。広絵は仕事も早く、一緒にやりやすい。私としても、広絵と一緒に仕事するのはありがたい。
――そのぶん、航河君と被ることが随分と減った。
航河君は、平日の夜にシフトを入れていることが多い。休日バイトに入るときは、主に日曜丸一日だった。私も以前は土日関係なくシフトを入れていたが、土曜は仕事をしたくなくなったため、入るのもあさイチからお昼の忙しい時間帯のみとなった。どうしても頼まれれば入ることもあるが、お断りすることも多く圧倒的に出勤は少ない。日曜日はもう、仕事を完全にする気が失せてしまった。
――偶然だ。必然ではない。まぁ、なるべくしてなった、という点は、そうかもしれないが。
「千景ちゃん夜入ってよー」
「嫌でーす」
「なんでよぉ」
「次の日眠たくなるから。就職するギリギリまでバイトするつもりだから、体内時計狂ったままだと困るもん」
「店長激困りなんですけどー」
「他の人に入ってもらってくださーい」
「みんな断るんだもんー!」
「新しくバイト雇ってくださいー!」
「慣れてる人のほうが楽なんだもんー!」
店長からは不評だった。そりゃそうだ。元々は平日夜と休日をメインにバイトを入れていたのだから。総合的な時間数はそれほど減らしていない。むしろ、不定期で入っていた以前に比べると、多いかもしれない。その点をプラスと考えてはくれないものか。
「え、じゃあちょっと真面目な話します? 私が辞めたあとの人がいなくて困るなら、早めに雇ったほうが良いですよ? 私がいなくなる日は決まってるわけですし。教育係として誰かひとり使わなきゃいけないなら、今私がいるうちに増やして私を教育係に回したほうが断然良いと思いますけどね? 私以外に辞める人いるかもしれないし? 新年度に向けて、考えたほうが無難だと思いますよ? 私がシフト増やすより、新しい子を育てるほうが断然お得です!」
「ぐ、ぐぬぬっ……!」
「……まぁ、その、私が辞めるまであの人を戻さないでいてくれるのは助かりますけど。……ひとりじゃあどのみち足りないですよね?」
「そこはちゃんと考えるよ? あー、バイトできそうな人いたらこのお店紹介して!」
「千景ちゃん、夜暇ならキッチン手伝ってよ」
「オミさんまたまたご冗談を」
「冗談じゃないって。人手足りないんだから」
「あのですね、まったく! 暇ではないです!」
「そんなこと言わないで!」
キッチンは祐輔が主戦力だったが、実習が入りここのところバイトに入る日数が減っていた。
――私と祐輔はといえば、告白を断ってからしばらくはギクシャクしたものの、今はまぁまぁ良好な部類に入ると思う。
「おはようございます」
「あ、航河おはよー」
「……おはよう」
もうそんな時間か。航河君と私は、平日一緒になることがあっても、それはこの入れ替わりの時間がほとんどだった。たとえば私が十八時上がりだったとしたら、十八時から出勤ということが大半だからだ。それでも、回数は少ない。今日はたまたま、予約が多く私の退勤が十八時だったから遭遇した。普段は十七時で退勤することが多い。
「……千景ちゃん、今日は何時まで?」
「私は十八時だよ」
「……そっか」
「最近航河と千景、一緒に帰ってないよねー?」
「私はラストもう入ってないからね。早く帰りたい! って思うようになっちゃった」
「わかる! 広絵も早く帰りたいもん」
「だよね」
時計の針は、十七時五十五分を指していた。残り五分。食器を下げ、テーブルを拭き、カトラリーの補充をする。キッチンに入り、冷蔵庫の中身をチェックし、洗い物の機械のスイッチを入れれば――上がりの時間だ。
そう、もうラストも一緒にはならない。これは、正直わざとだ。きっとみんな、私たちが一緒に帰ることを想定している。極力、変わらない態度を目指しているが、さすがに帰る時間だけ話をもたせるのが難しい。それが週に何回もとなれば、気が滅入ってしまう。
――まだ、好きなのだ。振られたとは言え、好きな気持ちは変わらない。しかし、それを前面に出してしまっては、航河君が困ってしまう。それに私自身、悪気の無い航河君に話を蒸し返されたくもない。だからといって、おかしな態度を取ればかっこうの餌食だ。それを避けるためにも、私は理由をつけて物理的な距離をとった。
「お先に失礼します。お疲れさまでした!」
今から仕事の航河君を置いて、ひとりお店を出る。
「……お疲れさま!」
背後に航河君の声が聞こえる。私は振り向かないまま、店をあとにした。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

邪魔しないので、ほっておいてください。
りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。
お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。
義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。
実の娘よりもかわいがっているぐらいです。
幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。
でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。
階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。
悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。
それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

王太子の愚行
よーこ
恋愛
学園に入学してきたばかりの男爵令嬢がいる。
彼女は何人もの高位貴族子息たちを誑かし、手玉にとっているという。
婚約者を男爵令嬢に奪われた伯爵令嬢から相談を受けた公爵令嬢アリアンヌは、このまま放ってはおけないと自分の婚約者である王太子に男爵令嬢のことを相談することにした。
さて、男爵令嬢をどうするか。
王太子の判断は?

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる