あの時、一番好きだった君に。

三嶋トウカ

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大学4年_冬

第94話:季節外れの花火大会_1

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 「千景って最近平日ばっかり?」
「うん。授業もほとんど無いしね。卒論と、興味のあったやつだけ。単位はほぼとったよ」
「すごいじゃん。広絵平日多いから、千景いると助かる」
「私も広絵いると助かるよ。やっぱ、とれるうちに授業たくさん撮っておいてよかった! もうあとは卒業を待つって感じだし」
「卒業旅行羨ましいよ。結局どこに行くんだっけ?」
「スイスに決まりました」
「うわぁ、いいなぁ!」
「お土産買ってくるからね」
「やった! 楽しみ! 写真も見せてね?」
「いっぱい撮ってくるよ!」

 大学の授業も残りわずかというところで、冬休みを前に私はシフトの多くを平日昼間にズラしていた。就職してから夜人間になっていては困る。それに、授業のない日は暇を持て余してしまうものだ。毎回誰か友人を誘って遊びに行けるわけでもないし、朝から夕方までバイトに入ると丁度ちょうどいい。遊びたいときや予定のある日は、今まで通り夜に入っている。休日も、夕方までのシフトが増えた。
 このシフトだと、広絵とよく会う。広絵は掛け持ちで仕事をしているが、もっぱらもうひとつのほうは夜に入っているらしい。どうりでしばらく会わない日が続いたはずだ。広絵は仕事も早く、一緒にやりやすい。私としても、広絵と一緒に仕事するのはありがたい。

 ――そのぶん、航河君と被ることが随分と減った。

 航河君は、平日の夜にシフトを入れていることが多い。休日バイトに入るときは、主に日曜丸一日だった。私も以前は土日関係なくシフトを入れていたが、土曜は仕事をしたくなくなったため、入るのもあさイチからお昼の忙しい時間帯のみとなった。どうしても頼まれれば入ることもあるが、お断りすることも多く圧倒的に出勤は少ない。日曜日はもう、仕事を完全にする気が失せてしまった。

 ――偶然だ。必然ではない。まぁ、なるべくしてなった、という点は、そうかもしれないが。

「千景ちゃん夜入ってよー」
「嫌でーす」
「なんでよぉ」
「次の日眠たくなるから。就職するギリギリまでバイトするつもりだから、体内時計狂ったままだと困るもん」
「店長激困りなんですけどー」
「他の人に入ってもらってくださーい」
「みんな断るんだもんー!」
「新しくバイト雇ってくださいー!」
「慣れてる人のほうが楽なんだもんー!」

 店長からは不評だった。そりゃそうだ。元々は平日夜と休日をメインにバイトを入れていたのだから。総合的な時間数はそれほど減らしていない。むしろ、不定期で入っていた以前に比べると、多いかもしれない。その点をプラスと考えてはくれないものか。

「え、じゃあちょっと真面目な話します? 私が辞めたあとの人がいなくて困るなら、早めに雇ったほうが良いですよ? 私がいなくなる日は決まってるわけですし。教育係として誰かひとり使わなきゃいけないなら、今私がいるうちに増やして私を教育係に回したほうが断然良いと思いますけどね? 私以外に辞める人いるかもしれないし? 新年度に向けて、考えたほうが無難だと思いますよ? 私がシフト増やすより、新しい子を育てるほうが断然お得です!」
「ぐ、ぐぬぬっ……!」
「……まぁ、その、私が辞めるまであの人を戻さないでいてくれるのは助かりますけど。……ひとりじゃあどのみち足りないですよね?」
「そこはちゃんと考えるよ? あー、バイトできそうな人いたらこのお店紹介して!」
「千景ちゃん、夜暇ならキッチン手伝ってよ」
「オミさんまたまたご冗談を」
「冗談じゃないって。人手足りないんだから」
「あのですね、まったく! 暇ではないです!」
「そんなこと言わないで!」

 キッチンは祐輔が主戦力だったが、実習が入りここのところバイトに入る日数が減っていた。
 ――私と祐輔はといえば、告白を断ってからしばらくはギクシャクしたものの、今はまぁまぁ良好な部類に入ると思う。

「おはようございます」
「あ、航河おはよー」
「……おはよう」

 もうそんな時間か。航河君と私は、平日一緒になることがあっても、それはこの入れ替わりの時間がほとんどだった。たとえば私が十八時上がりだったとしたら、十八時から出勤ということが大半だからだ。それでも、回数は少ない。今日はたまたま、予約が多く私の退勤が十八時だったから遭遇した。普段は十七時で退勤することが多い。

「……千景ちゃん、今日は何時まで?」
「私は十八時だよ」
「……そっか」
「最近航河と千景、一緒に帰ってないよねー?」
「私はラストもう入ってないからね。早く帰りたい! って思うようになっちゃった」
「わかる! 広絵も早く帰りたいもん」
「だよね」

 時計の針は、十七時五十五分を指していた。残り五分。食器を下げ、テーブルを拭き、カトラリーの補充をする。キッチンに入り、冷蔵庫の中身をチェックし、洗い物の機械のスイッチを入れれば――上がりの時間だ。

 そう、もうラストも一緒にはならない。これは、正直わざとだ。きっとみんな、私たちが一緒に帰ることを想定している。極力、変わらない態度を目指しているが、さすがに帰る時間だけ話をもたせるのが難しい。それが週に何回もとなれば、気が滅入ってしまう。

 ――まだ、好きなのだ。振られたとは言え、好きな気持ちは変わらない。しかし、それを前面に出してしまっては、航河君が困ってしまう。それに私自身、悪気の無い航河君に話を蒸し返されたくもない。だからといって、おかしな態度を取ればかっこうの餌食だ。それを避けるためにも、私は理由をつけて物理的な距離をとった。

「お先に失礼します。お疲れさまでした!」

 今から仕事の航河君を置いて、ひとりお店を出る。

「……お疲れさま!」

 背後に航河君の声が聞こえる。私は振り向かないまま、店をあとにした。
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