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大学4年_秋
第86話:学園祭にて。_4
しおりを挟む喉の奥がヒュッと鳴った気がした。航河君は驚いたような顔をして止まってしまうし、あの女性は「あーあ、言っちゃった」と言わんばかりの表情で固まっている。そういう私も唇をキュッと閉じて、不自然な笑みを浮かべた。そんな表情をするのが正解なのかわからない。いたたまれなくなりこの場を去ろうかどうしようか考えていると、航河君が口を開いた。
「……いや、友達は普通に心配するでしょ。遊び人に連れていかれないように」
「遊び人は心外! ……でもさぁ? その感じ。ほどほどにしておかないと、それ千景ちゃんのいろんな機会奪っちゃうよ?」
「は?」
(うあっ……た、多分……そ、その通りでございます……!)
航河君は少々イラっとした表情で短く返事をしていたが、私はよく言ってくれましたと言わんばかりの表情で彼のほうを見た。
「あれ、わかんない? 俺と付き合ってもしかしたら結婚したかもしれないのに、航河の一声でその機会がなくなっちゃうってこと! 俺じゃなくてもそうだよ? このあいだも、千景ちゃん彼氏できそうだったんでしょ? でも相手が不足だからうんぬんかんぬん言ってたじゃん。……それって、千景ちゃんのため? それとも航河のため?」
「なっ……」
「俺、そういう子いないからよくわかんないんだけど。いつまで過保護な保護者気分でいるの?」
「あー、ねぇ、このクッキー売ってきてくれない? 包装済みだから、持って歩けるでしょ?」
見かねた女性があいだに割って入った。きっと本来ならば渦中の私が出さなければならない助け船の到来に、心の中で何度もお礼を言う。彼の発言は私にとってはありがたいものだったが、航河君と彼の関係を考えると亀裂が入ってしまうかもしれない。自分のことで誰かがケンカするのを見たくないし、もっと自分がしっかりしていれば、気持ちに流されなければ起こらなかった問題なのにと、とても申し訳ない気持ちになった。彼の言葉が私の心に突き刺さる。……航河君はいったい、どんなつもりで私の話を友人にしていたのだろうか。
「ほらほら、桐谷君も生地焼いて? このあとお客さん増えると思うから、追い付かなくなっちゃう」
「……はーい」
「ごめんねなさい、せっかく来てもらったのに。なんか……この人たちムキになっちゃって……」
「えっ、あ、い、いえ!」
「他にもお連れのかたがいるんですよね? 良かったら、このお店紹介してくださいね!」
「絶対伝えます!」
「ありがとうございます! ……ほら、みんな仕事仕事!」
パンパンと手を二回叩いて、私と航河君、そして男性のやり取りをチラチラと見ていた人たちの視線を、彼女は当たり前のように逸らしてくれた。もう彼女には感謝しかない。あの彼がこのまま話を進めていたら、もしかしたら航河君の本音が聞けたかもしれない。が、それは今ここで聞くものじゃない。そんな気がした。お店の前に居座ってもいけないし、ヒートアップして来たら下手したらケンカになってしまう。
「千景ちゃん、他のお店も見ながら、あのふたりと合流できるようにしようか?」
「そうですね。……じゃあ、また来ますね」
「お待ちしています!」
私は女性にペコリと頭を下げると、航河君のいるほうを少し見てみた。しかし、航河君と目は合わなかった。そのままお店をあとにする。今回お礼は言えなかったが、次お店に行ったとき、彼女にお礼を言おうと心に誓った。
携帯を見たが、まだ直人からの連絡は来ていなかった。
「彼ら、もしかして私たちと一緒に回ること忘れてる?」
「……可能性あるかも……? ちょっと、電話してみますね」
私は直人に電話をかけた。
プルルルル――プルルルル――。プルルルル――プルルルル――。プルルルル――プルルルル――。プルルルル――プルルルル――。
『――もしもし』
「あ、もしもし、直人? 今どこ?」
八コール目で、ようやく繋がった。
『あー、ゴメン、もしかして連絡くれてた?』
「うん、メール送ったけど、返事がないから電話した」
『学祭にはもう来てるんだけど、オミさんがずっとナンパしたりナンパされたりしてて』
「うわぁ、想像通りというかなんというか……。って、直人もナンパされてるんじゃ?」
『された。広絵が怖いから断ってるけど。……どうにかしてほしい』
「それ、さっさと合流したほうが良いんじゃないかな……? 私と佳代さんいるんだから、女連れには声かけないでしょ」
『あっ!? それはそうだね!?』
「え、気が付いてなかったの!?」
『……全然? 今、ライブやってる中央ステージのあたり。来てくれる?』
「わかった、ちょっと待ってて」
直人に言われた通り、私と佳代さんはステージへと向かった。ステージでは、芸人さんがライブをやっている。それを目標に近づいていくと、確かに直人とオミさんがいた。女性に囲まれて。
「……ちょーっと失礼します」
「え?」
「なに?」
「えぇっ……」
「……あ! 千景ちゃん!」
「航河君待ってる。向こう行くよ?」
私は強引に割って入ると、直人とオミさんを連れて女性たちから離れていった。不服そうな表情を浮かべたり、なにかブツブツ言っている人もいたが、そんなものは気にしない。オミさんはまんざらでもなさそうな顔そしていたが、直人はうんざりした表情だった。
「航河君待ってたよ?」
「あーごめん千景ちゃん、ホント助かった」
「……女子大生に囲まれるって、気分いいね?」
「なに言ってるのオミさん。世の中大人っぽい子だっているんだから、女子高生とか女子中学生の可能性あるの忘れないでよ、私服の子だって当然いるんだから」
能天気というか、鼻の下を伸ばしているオミさんにクギを刺した。
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