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大学4年_秋

第85話:学園祭にて。_3

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 (……!! いた!!)

 私の目はしっかりと航河君を捕らえていた。まさかのピンク色のエプロンに、三角巾代わりのバンダナを頭につけている。そして当然のことながらマスク。それ以外がいつも通りいたって普通の航河君だった。だからこそ、ギャップがすごい。普段ピンク色の物など身につけいるところを見たことがないし、頭に帽子も被らない。

「――ありがとうございましたー」

 航河君の声が聞こえた。ちゃんと接客をしている。ちゃんと……という言いかたは語弊があるかもしれないが、仕事をしている航河君がそこにいた。私の知っている航河君だ。

「お疲れさま!」
「いらっ……あ、千景ちゃん!」
「佳代さん連れてきたよー」
「久しぶりね航河君」
「来てくれてありがとうございます! ほんと、久し振りですね」
「あれ、桐谷君知り合い?」
「バイト先の先輩と同僚」
「へー、そうなんだ。こんにちは! よかったら食べていってくださいね! 桐谷君の知り合いなら、クリーム盛りに盛っちゃいますよー!」

 航河君と同い年だろうか。笑顔の可愛い女性が、明るく挨拶してくれる。

「ありがとうございます! 私、イチゴにしようかな」
「私ミカンにする。すみません、イチゴとミカン、ひとつずつお願いします!」
「はーい! 桐谷君、生地二枚お願い!」
「はいよー」

 航河君はそう言われてクレープ生地を焼き始めた。

「チョコレートお好きですか? 入れても大丈夫です?」
「チョコ好きです! ……良いんですか?」
「もちろん! おまけしちゃいますね!」

 テキパキとトッピングの準備をする女性の手元を、思わずじっと見つめてしまった。

「あー、直人とオミさん見た?」
「ううん、まだ見てない! 連絡入れたんだけど、返事来ないんだよね」
「千景ちゃんもまだか。お店に来てないんだよね。いろいろ見たいとは言ってたけど……」
「あ……ちかげちゃん……千景ちゃん?」
「えっ? あっ、はい、千景です」
「あー!! 千景ちゃん! ふふふ。お姉さんが、桐谷君がいつも話してる千景ちゃんだったんですね!」

(いっ……いつも……!?)

 女性が笑っている。これはそうだ、デジャヴを感じると思ったが、似ているのだ。摩央に。この子が。

「ちょっ……待って! なんにも言わないで!」
「ホラホラ、焦げちゃうよ? 私桐谷君とは同学年なんです。ゼミも一緒で。」
「あぁぁー! ストップ! ちゃんと焼くから! ストップ!!」

 こんなに慌てている航河君を、私は見たことがなかった。

「え、そんなにヤバい話してるの? 私の?」
「違う! 違うから!!」
「ほら、やっぱり焦げちゃうでしょ! 集中して!!」

 手のひらで転がされているように、ワタワタと焦っている航河君はちょっと面白い。私の前ではこんな姿見せないのに。

「いつも桐谷君からお話聞いてます。桐谷君が楽しそうなので、こちらも聞いていて楽しいです」
「えっ、あっ、ありがとうございます……?」
「焦げたやつ渡せないよね? 綺麗なやつが良いよね? 千景ちゃんだもんね?」

 ニヤニヤ……もとい、ニコニコとしているように見えるその顔は、恐らく私と航河君の状態をわかっての表情だ。言葉も同じで、完全に楽しんでいる。……いや、理解している。ニヤニヤと言っては失礼かもしれないが、わかったうえで学校での航河君を見せようとしているのだ。カッコつけるのでも、バイトのときと同じでもなく、学校での航河君を。そして、この状況をちょっと楽しんでいる。それならば、私も少し乗っかってみたいと思ってしまう。

「……学校での航河君って、どんな感じなんですか?」
「そーだなぁ……。一生懸命ですね。遊んでるのかと思ったら結構真面目だし、あ、成績は良いと思います!」
「一生懸命……」
「結構バイト入ってますよね? あんまり飲み会には来ないから、バイトでお金貯めて、したいことでもあるのかなー? って思ってますね」
「……確かに、バイト結構入ってるね、航河君」
「単純にバイト先が楽しいだけかもしれないですけど。やっぱり、楽しいとこには行きたくなるものですし」
「はい焼けた! トッピングよろしく!」
「はぁい」

 彼女は引き続きテキパキとトッピングをすると、綺麗に紙に包んでできあがったクレープを渡してくれた。

「お待たせいたしました! イチゴとミカンのクレープです!」

 私と佳代さんは勢いよくクレープに齧りついた。

「美味しいね!」
「うん、美味しい!」
「ありがとうございますー!」

 チラリと航河君のほうへ目をやると、彼もこちらを見ていた。

「……お疲れー! 覗きに来たよー!!」
「お、お疲れー」
「……あれ?」

 男性三人組がお店にやってきた。この喋りかたからして、知り合いなのだろう。そう思いながらなんとなく顔を見てみると、ひとり知っている顔の男性がいた。

「あ。……あの、航河君のお友達ですよね?」
「え? ……あー! 成人式のときの!」

 航河君の成人式の日、私は彼にバイトが終わったあと家まで送ってもらっていた。そのときに会った人だ。飲みに行かないかと言われたが、航河君が断った。

「お久しぶりです」
「お久しぶりです! あ、そっか、航河が店番してるからですよね? 美味しいの渡した?」
「俺が焼くのは全部美味しいから!」
「言うと思った。そちらは……お姉さん?」
「前バイト先で一緒に働いてたんです」
「そうなんだ。あ、よかったら一緒に回りませんか? 俺たちまだ当番じゃないから」
「暇なら手伝って! 千景ちゃんも佳代さんも、ついて行かなくて良いからね? こっちじゃなくて、オミさんと直人見張ってて!」
「えー、他にツレがいるのかぁ。残念」
「俺の周りにちょっかいかけるなよ」
「はーい。……航河のいる前ではやめとく」
「いなくてもやめろ」
「あれ、でも航河の彼女じゃないっしょ?」
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