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大学4年_夏
第76話:意地悪な神様_1
しおりを挟む「航河君、来月のどこか土曜日、暇?」
「うん、多分暇な日あるよ」
「新しくカフェ見付けたんだけど。行かない? 新規オープンみたいで、今はまだ混んでるだろうから、もうちょっと落ち着いたころに」
「千景ちゃんがどうしても俺と一緒に行きたい、って言うなら行く」
「……別に広絵でも祐輔でも良いんだけどな」
「嘘。行く」
「なんなのそれは。……じゃあ夜ご飯兼ねる? ディナーメニューも結構魅力的だったんだけど」
「わかった。良いよ」
「空いてる日わかったら教えてくれる?」
「了解」
覚悟を決めてからいっぱい悩みはしたものの、そのあとの私の行動は早かった。まず、航河君を誘う。そもそも告白するには、航河君に会うしかない。冗談だと思われたり、返事を先延ばしにされる可能性を考えて電話やメールはやめた。だから、まずは彼が興味のありそうな場所へ誘い、そのあと告白することに今は決めた。お互い食べることは好きだし、新しいものも気になるタイプ。なので新しくできたカフェを選んだ。
そして時間。食事を食べて帰るときに告白するのがいいだろう。順調に進めば時間的にはリラックスできる時間帯だし、ご飯を食べたあとでとくに警戒心もないはずだ。……私と食事に行くのに、そもそも警戒心なんか持っていないかもしれないが。とにかく、疑ったり緊張したりしないように予定を組むことが大事である。――なんて、人には簡単にアドバイスできたことも、自分がするには難しい。
(約束はしたから、あとは当日……頑張るしかないよね、緊張するなぁ……)
まだ日はあるが『その日に告白する』と決めたら、航河君の顔を見る度にドキドキが止まらなくなった。顔も赤くなりそうで、自分で頬をつねったりしてやり過ごす。まだ今日のバイトの時間は残っているのに困る。当日まで、何日かシフトも被っているのに。……伝えるタイミングを間違えたかと思ったが、どうせ良いタイミングなんてものはないし、これでちょうど良いのだと自分に言い聞かせた。
黙々とテーブルを片付けながら、当日のことを考えた。まだ確定していない先の未来のことを考えて既に緊張しているのだから、当日はもっと緊張するだろう。今からもう恐ろしいが、どうしようもない。よほどイレギュラーな出来事が起こらない限り、航河君から提示された日付から、変更は予定していない。
「千景さん!」
「え? あ、はいはい。どうしたの祐輔」
「千景さん、今日も航河さんと一緒に帰るんですか?」
「約束はしてないけど、多分?」
長い間ずっと一緒に帰っているのだ。シフトが同じときは必ず一緒に帰ると、当たり前のようにみんなそう思っている。
「今日、一緒に帰れませんか? 俺、ラストまでなんですけど」
「今日? まぁ、別に構わないけど。私もラストだし」
祐輔は不安そうに聞いてきていたが、それがパアァァアっと、明るく変わるのがわかった。
「良かった! じゃあ、千景さんのほうが先に終わったら、待っていてもらえますか? 俺のほうが先に終わったら、待ってるんで」
「わかった。先に終わったら待ってるね」
「よろしくお願いします! できるだけすぐに終わらせるんで!」
「はいはい。そんなに気にしなくて良いよ?」
「いやでも! あんまり千景さん待たせたくないので!」
そのままキッチンへと戻って行った祐輔は、他のキッチンの子になにかを話し、背中をバシッと叩かれていた。そのキッチンの子も、祐輔も笑っている。なにか楽しいことでもあったのだろうか。翌日の準備もあるからなのか、キッチンのほうが締め作業に時間のかかることが多かった。といっても、そんなに長い時間ではないから、一緒に帰るには問題ない。
(若いっていいねぇ。……二歳しか歳変わらないけど)
「千景ちゃん? 俺今日オミさんの手伝いして帰るわ。頼まれた」
「キッチンの手伝い? 珍しいね」
「祐輔早く帰したいから代わりに手伝って欲しいんだって」
「ふーん。ちょうど良いね。今日祐輔に一緒に帰ろって言われたからさ」
「祐輔に?」
「うん」
「あー……そうか。……ふーん。……千景ちゃん?」
「なに?」
「いや、なんでもない。まぁ、気を付けて帰ってね」
「祐輔いるから大丈夫でしょ?」
「そういう意味じゃないんだけど。油断はしないように」
「よくわかんないけど。取り敢えずわかったって言っとく」
航河君の言葉に首を傾げながら、またテーブルを片付ける作業に戻った。祐輔だっていつもはひとりで帰っているらしいから、たまには誰かと帰りたいのだろう。私だって大学の終わりは誰かと一緒に帰り、カフェに寄ったりご飯を食べたり、ショッピングをしている。喋ることが楽しいし、ひとりだと味気ない。勝手にそんな想像をしていた。
「よし、と。今日は終わり!」
片付けも終わり、ロッカーへと向かう。着替えてからキッチンへ挨拶しに行くと、オミさんがニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「お疲れさまです」
「おお、千景ちゃんお疲れ」
「どうしたんですか? ニヤニヤして」
「え? 俺ニヤニヤしてる?」
「うん。とっても」
「そんなつもりないんだけどなぁ」
「あ。元からでしたっけ?」
「棘のある言いかた!」
と言いながら、指で顎を撫でているオミさんは、やっぱりニヤニヤしていてちょっと気持ち悪かった。その視線がなんだか品定めされているようで。
「まぁ、ちょっと聞いてやってよ」
「なにをですか?」
「あ。いいや。なんでもない」
「変なの」
おかしなオミさんは放置して、入り口で祐輔を待つことにした。
入口のドアを開けると、ヒヤリとした空気が流れ込む。本格的な夏はまだだが、夜になると肌寒い日もある。今日は風もあり、薄手ではあるが急いで持ってきた上着を羽織った。
「うわ……風あるなぁ……やだやだ」
ファスナーを閉め、当たる風を減らした。
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