あの時、一番好きだった君に。

三嶋トウカ

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大学4年_春

第67話:思いがけない遭遇_3

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「……大丈夫?」
「うん。あー、いきなりごめん、ホント。あんなとこで泣くとは思わなかった」
「私もビックリしたけどね。千景の中で、いろいろ思うところがあったんでしょうよ」

 近くのカフェに身を隠し、私と摩央はコーヒーを飲んでいた。涙はすぐに止まったが、心の整理がまだ追いついていない。

「あの子が彼女か。……可愛い子ではあった!」
「それは思う。可愛いお姉さんって感じだった、美織ちゃん」

 悔しいが、確かに美織ちゃんは可愛かった。航河君が執着するのも頷ける。自分とは、恐らく正反対のタイプだ。芯は強いのかもしれないが、どこか守ってあげたくなる儚くて清楚な感じ。その中にある、思わず甘えてしまいそうなお姉さんの空気。身だしなみに抜かりはなく、隣にいたらきっと自慢できるだろう存在。

「……無理。勝てない」
「戦う前から敗北宣言?」
「だって、あれは無理でしょ……」

 どうしたって、自分が美織ちゃんに代わって航河君の隣に並ぶビジョンが見えなかった。彼女になんかなれっこない。好きだなんて言えっこない。あんなふたりを間近で見せられてしまっては。

「本当に実在してたね美織ちゃん」
「……都市伝説じゃなかった」
「都市伝説って」
「いや、正直、航河君から聞く限り、美織ちゃんもっとフランクな感じだと思ってたのよ。だから、腕組んでるとか以外で……」
「あー、イメージもあるよね。航河君のこと野放しにしてるから、友達みたいな感じなのかなってね。思っちゃうよね」
「インパクト絶大。効果は抜群。急所に当たる併せ技。……しばらく立ち直れそうにない」
「振られたわけではないからさ。好きな気持ちにちょっとだけお暇あげたら?」
「うぅ……そうしたい……」
「ホラホラ、美味しいデザートでも食べましょうよ?」
「ケーキ……パフェ……」
「好きなだけ食べなさい」

 ――無意識に今まで、美織ちゃんに会うことを避けてきた自分がいたことを自覚する。恐らくしっかりと顔を見ようと思えば見ることもできたし、航河君に言えばきっと嬉々としてバイト先に呼んだだろう。彼は自慢したいと思っていたはずだ。あんな女性なら。大好きな美織ちゃんを。みんなに。……見なければ、その相手は想像するしかない。想像しているあいだは、あくまでもイメージだけなのだ。実在しないかもしれない存在に、そこまでのリアリティはない。

「いやでも、航河君ほんのちょっとだけ安心したわ」
「なにが?」
「バレッタはともかく、その時計は目に入ってたと思うんだよね」
「あ、これ……」
「『俺があげたやつ、ちゃんとしててくれるね!』とか『あの時計、俺が誕生日にあげたんだ』とか言い出さなくて本当に良かった」
「それ言われたら私即死だわ。普通なら修羅場だよね……」
「気づいてない可能性もそりゃあるけど。言わないほうが良いこともあることは理解しているようで」
「可能性だけなら修羅場避けるために黙ってたか、まったく気づいてなかっただもんね。……気付いてないほうが良いな」
「なんで?」
「だって、わかってて言わないってことは、よくないことだって思ってるんでしょ? このプレゼント自体が。自覚あるってことだもん。良くないことしてるって」
「……それはそう」
「……もうつけるのやめようかな……」
「それはそれで、どうせ航河君煩いんでしょ? 『千景ちゃん俺のこと嫌いなんだ!』とか『他に男ができたんだ!』とか平気で言いそう」
「ありそうだからやだ」
「私航河君マスターじゃない?」
「全然名誉じゃない称号おめでとう」
「言うねぇ千景も」

 こんな軽口を叩くと、自分のことを棚に上げて人を批判する嫌な女になった気持ちになる。……実際に、そうなのかもしれない。自分のしていることは、褒められたことではないのだ。いっそのこと『航河に近づかないで』と美織ちゃんに牽制されたほうが楽になれるのかもしれない。――と、そんな他力本願で身勝手な考えが浮かぶ自分に腹が立ったし悲しくなった。美織ちゃんはなにも悪くない。離れられない、横恋慕している自分が悪いのだ。自分だったら嫌なのに、美織ちゃんが許してくるからとやってしまっている。恥ずかしい。悔しい。悲しい。辛い。厭らしい。憎らしい。浅ましい。――そんな自分が。わかっているのに、直せない自分が。動かない自分が。甘えている自分が。

「……身の振りかた考える」
「離れてみる?」
「すぐにはできそうにないから。ちょっと、メール送る回数減らしてみたりとか、時間置いてみたりとか。……基本さ、自分から送ってるしね。航河君自身は、ネタにはしたとしても、そう気にしないと思うんだ」
「自虐的になってる?」
「ちょっと。でも、今は頭がグチャグチャで、あんまりうまく考えられなくて。短絡的な部分もあるかもしれないけど」
「私にできるのは、こうやって話聞いたり、外に連れ出すことだからさ。男友達の紹介必要だったら言ってよ。またオフ会に行っても良いし。……ぶっちゃけ、私もオフ会のあと何人か会ったけど、千景のこと気になってる子いた」
「……ふふふ、ありがと、摩央」
「さ! 注文しよ! シェアするなら、ふたりでもたくさん注文できると思わない? ミニサイズにしても良いし。いっぱい甘いもの食べて、元気出そ? ね?」
「……うん!」

 脳裏によぎる先ほどの光景を一生懸命端の端に追いやって、私はデザートメニューを見た。

「……明日からさ、またほんのちょっとずつ考えれば良いんじゃない? どう転んでも、足掻いても、逃げても。私は千景を応援するよ?」
「摩央、なんで男じゃないの?」
「あっはっはっ。男だったらめちゃくちゃモテる自信あるんだけどな?」
「いや、今でもモテてるじゃん……」

 こうして、予想外の一日は過ぎ去ろうとしていた。
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