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大学3年_冬
第63話:本命とお返し_2
しおりを挟む私は急いで月の後半のシフトをチェックすると、ガトーショコラの入った紙袋を持って航河君の元へと向かった。
「待たせちゃってごめんね」
「や、全然」
まだまだ寒い帰り道。私の誕生日から一緒に帰るのは時間が空いており、こうやって並んで歩くのも久しぶりだった。
「……デート、どうだった?」
つい、聞きたくもない話を自分から振ってしまった。なんとなく、会話に困る気がしたのだ。
「ん? いつも通りって感じ? でも、今日バレンタインだからさ。ちゃんともらえた」
「良かったじゃん! ……って、彼女なんだもん、当たり前か」
「そうだけどさ? 当たり前だと思うともらえなかったとき悲しいじゃない?」
「それはそうだけど。なにもらったの?」
「チョコレートと、新しい靴」
「おぉ、豪華」
「お返し一生懸命考えなきゃ」
「あはは、そうだね。三倍にして返さないと」
「……やばい、めちゃくちゃバイト頑張らなきゃ」
「ふふふ。頑張って!」
ガラにもない応援。自分で自分の首を絞めている自覚はある。だが、なにも言わないのもおかしい気がして、私は気持ちのこもっていない応援をしていた。
「千景ちゃんは? バイトだったけどみんなに渡したの?」
「うん。……あ、これ」
私が取り出したのは、みんなにも渡した義理チョコだった。
「俺に?」
「うん。みんな『可愛い』『美味しそう』って評判だったよ」
「……そっか」
包装を解き、航河君はチョコレートを口に運んだ。
「……ん。おいひい」
「……喋れてないよ」
モグモグと口を動かしながら、航河君はすぐにチョコレートを平らげてしまった。『甘いものが好き』という言葉は、やはり伊達ではないらしい。
「……ごちそうさまでした」
「早いね」
「うん。……それで? 本命は?」
「は?」
素っ頓狂な声が口から洩れる。本命、とは、いったいなんの話をしているのだろうか。……言いたいことはわかっている。わかってはいるが、私は航河君に告白していないし、航河君が本命だなんて本人には言っていない。ここでつい意地悪くかつわざとらしく聞いてしまうのも、私たち特有なのかもしれない。
「え、なに? 本命って……」
「本命は本命でしょ。千景ちゃんの」
「私の? 本命?」
「……え。まさか、ないの?」
「ごめん、本命の意味が……」
「うわー! 俺めちゃくちゃ恥ずかしいじゃん……! 制服取りに来たって嘘吐いて、ガトーショコラもらいに来たのに……」
「あ、え? あ、そういうこと!? 『これじゃなくて、俺の中の本命チョコにあたるガトーショコラはどこですか?』って話?」
「そうです! え、ちょ、俺勇み足過ぎない? 嘘だ絶対もらえると思ってたのに」
「ごめん、そういうことね。あはは!」
私は笑いが堪えきれず、声に出して笑ってしまった。
「笑わないでよ千景ちゃん」
「あははっ、あはっ、はぁ、ごめん! まさか、そんなに楽しみにしているとは思わなくって。本気だったんだ、あれ」
「千景ちゃんならくれると思ったんだもん……」
「いやぁ、あの言いかたは人を選ぶというか? もらえない確率も高いと思うけど?」
「うぅ……俺ただの恥ずかしい人……」
「『当たり前だと思うともらえなかったとき悲しい』んじゃなかったの?」
「千景ちゃんと俺の仲でしょ!?」
(いや、美織ちゃんと航河君の仲はどうなのよ……。そっちの方が強固でしょうが……)
と、思ったことは口に出さずに、私は手に持っていた紙袋を航河君に差し出した。
「はぁー。そんなに期待していたとは思わなかったよ。はい、これ」
「……え?」
「ガトーショコラ。食べたかったんでしょ?」
「ホントに?」
「ホントに。あ、他の人には言わないでよ? 変に思われても困るし」
「言わない! 絶対! やった! 千景ちゃんありがとう!!」
「どういたしまして」
本当に、航河君は嬉しそうに笑っている。
(作って良かった)
これだけ喜んでくれるなら、作った甲斐があるというものだ。
「本命とかややこし言いかたしないで『ガトーショコラ作ってくれた?』って素直に聞けば良いのに」
「だって、千景ちゃんの本命が俺なことに変わりはないでしょ?」
「あのね、航河君さらっとすごいこと言ってるんだけど、自覚ある?」
「なに!? 俺以外に仲の良い男がいるわけ!?」
「仲の良い男の子くらいいるけど!?」
「あー嘘だ。そんな男が千景ちゃんにいるなんて」
「嘘じゃないよ別に。仲の良い男の子は普通にいます!」
「ふたりで出かけるの?」
「出かけるよ?」
「え!? 俺聞いてないけどそんな話」
「してないっけ?」
「してない! 知らない! 誰その男!!」
「ちょ、ちょっと……そんなに迫ってこないでよ……」
――そう。嘘は吐いていない。摩央と一緒に出かけたオフ会で、仲の良い男友達ができたのだ。お互い男女という感じではなく、本当に、楽しく喋って出かけられる間柄。航河君以外にもできたのだ。彼に恋愛感情はないし、向こうも恋愛感情はないと思っている。ただ自分と同い年で、摩央とも仲が良く、もうひとりも加えて四人で既に遊んでいた。
「大学? ナンパ? もしかして幼馴染!?」
「オフ会で一緒になった子だけど」
「バレンタインは!? あげたの!?」
「あ、会ってないし、あげてないけど……」
「……そんなどこの馬の骨ともわからない男に、千景ちゃんは渡せません!」
「いや、別にそういう仲じゃなくて。まぁ、うん。仲は良いんだけど。面白いし、一緒にいて楽しいし」
「……ふーん。俺より?」
「そこ比べるところなの!?」
航河君のあからさまな態度に、私はどうしていいのかわからなかった。
(……ちょっと、ヤキモチ妬いてくれたら面白いのに……くらいの気持ちだったのに)
それでもきっと、航河君の中の私の立ち位置は変わらない。なんとなく口を出したいだけなのだ。自分以外の誰かと仲良くしてほしくない、我儘な部分が出てるのだ。
……私が航河君を好きじゃなければ、ただの冗談で済んだのに。
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