61 / 94
大学3年_冬
第61話:千景の誕生日_5
しおりを挟むプレートには、『千景ちゃん HAPPY BIRTHDAY!』と書かれており、わざわざ誕生日で用意したことが良くわかった。
「いやー、驚かせたくってさ。成功?」
「めちゃくちゃ成功してる。私今ビックリしてるからね?」
「良かったー!! 頑張った甲斐がある」
「本当に、ありがとう」
どうして航河君は、私にここまでしてくれるんだろうか。ふたりきりじゃなくても、面倒でなければそれこそバイト先でやったって問題ない。スルーしたってなにも起こらないし、航河君にとって私の誕生日は必須のイベントでもないはずだ。
「千景ちゃん、俺の誕生日も文句言わず来てくれたじゃん? 急だったのに。いつもお世話になってるから、お礼も兼ねて」
「……いや、お世話になってるのは私のほうだと思うけど……」
「そんなことないよ? 今後とも、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ」
「これ、誕生日プレゼント」
「えぇ!?」
「俺のときも用意してくれたでしょ?」
「ま、まぁ……そうだけど……」
「千景ちゃんさ、俺の誕生日のときに『来年も祝ってね?』って言ったのに、『彼女と過ごしな』なんてつれないこと言うからさ」
「そりゃ言うでしょうよ……。航河君、彼女いるんだから」
「これで来年の俺の誕生日、祝いやすくなってでしょ? 来年もよろしく」
「いや、それで言うと毎年祝い合うことになるのでは?」
「お! それ良いね!」
「おーい」
名案だと言わんばかりに、目をキラキラさせて航河君は笑っている。意味がわかっているのだろうか。
(……いや、私が勘ぐりすぎなんだよね、きっと)
単純に航河君は友人として祝いたい。しかし私はそこに邪推と期待が入り混じっている。
「私開けてみても良いですかね? プレゼント」
「良いよ!」
「……えっ……えっ?」
「最近よく見かけるなって。ブレスレットウォッチっていうの? そういうの」
「た、多分……?」
綺麗にラッピングされた箱に入っていたのは、バンクルのようないで立ちの腕時計だった。ベルト部分がわっかのようになっていて、一部あいている。そこを手首に嵌めて身に着けるようだった。文字盤もベルト部分も優しい色合いで、可愛らしい暗めのエメラルドグリーン。ゆっくりと自分の腕にはめてみる。つくり的に大きくはなっているものの、外れることもなく腕になにかはめることに抵抗のない私には、ピッタリのシロモノだった。
「こういうの身に着けてるの、あんまり見たことがないなと思って。新境地発見? みたいな?」
「うん……可愛いと思う。ありがとう、大事にするね」
「航河さんだと思って大事にしてね?」
「それ言うとだいぶ語弊というか多くの人の誤解を招きそうなんだけど」
「そう?」
「え、そうじゃない……?」
相変わらず抜けているというか、なにも考えていないというか。そういうところも含めて好きなのだが、ときどきみんなに対して同じような対応をしているんじゃないかと、不安に感じることでもないのに不安に感じることがある。
「航河君、マメだよね」
「そう?」
「だって、その、私別に彼女じゃないし……。友達みんなにこういうことしてたら、大変じゃない?」
「んー……。みんなにはしてないかなぁ。え、千景ちゃん、俺のときみたいにみんなにああやってお祝いするの? 男友達に呼ばれてついて行く?」
「いや、それはない」
「でしょ? 俺も一緒」
「うーん? そっか……?」
航河君と自分では立場が違うのではと思いつつ、私は言葉を飲み込んだ。
(身に着ける物って、彼女でも身内でもない異性に送るのかな……。私自分が送らないからわからないや……)
なんとなく、友達と話していたことが思い出される。彼氏彼女であれば、自分の代わりで身に着けていてほしいとアクセサリーのような物を送るが、友達同士異性では送ったりしない、と。なにか意味があるのではないかと勘繰ってしまう――と。
「と、とにかく! ありがとう! ご飯も美味しかったし、入ることができなかったお店にもこうして入れたし、ケーキにプレゼントまで用意してもらっちゃって。……最高の誕生日過ごすことができたと思う」
「ほんと? 良かった! 航河さんデキる男でしょ!?」
「うん、そうやって自分で言うところがなかったらとっても素敵だと思うよ?」
「えぇ……さり気なく否定してない?」
「してないしてない。さっすが航河君!」
プレートのデザートをペロリとふたりで平らげ、航河君に送ってもらう形で家路についた。
「……思ったより、歩いてる人多いね?」
「みんな二次会とか行くんじゃないの? 今日金曜日だし」
「あ、そっか……。飲み会多いよね、多分」
「おっと。千景ちゃん、酔っ払いもいるし危ない。道狭いから、こっち」
「えっ? あっ――」
するりと伸びてきた航河君の手が、しっかりと私の手を掴んだ。アルコールとタバコの匂いを漂わせた夜に紛れる人たちの中を、そのままふたりで足早に駆け抜けていく。
「……ふぅ。もう良いかな。急にぶつかってくる人もいるし、危ないよね」
「そ、そうだね」
「ごめんね? 急に引っ張ったりして」
「ううん! そんなことない! ……ありがとう」
(……手、握っちゃった……?)
離された手のぬくもりが消えて、私は感じたことのない喪失感を覚えた。
「家まで送ってくよ」
「う、うん……」
不可抗力とはいえ、手を握っても顔色の変わらない航河君を見て、私はどこか虚しさも感じていた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?
蓮
恋愛
少しネガティブな天然鈍感辺境伯令嬢と目つきが悪く恋愛に関してはポンコツコミュ障公爵令息のコミュニケーションエラー必至の爆笑(?)すれ違いラブコメ!
ランツベルク辺境伯令嬢ローザリンデは優秀な兄弟姉妹に囲まれて少し自信を持てずにいた。そんなローザリンデを夜会でエスコートしたいと申し出たのはオルデンブルク公爵令息ルートヴィヒ。そして複数回のエスコートを経て、ルートヴィヒとの結婚が決まるローザリンデ。しかし、ルートヴィヒには身分違いだが恋仲の女性がいる噂をローザリンデは知っていた。
エーベルシュタイン女男爵であるハイデマリー。彼女こそ、ルートヴィヒの恋人である。しかし上級貴族と下級貴族の結婚は許されていない上、ハイデマリーは既婚者である。
ローザリンデは自分がお飾りの妻だと理解した。その上でルートヴィヒとの結婚を受け入れる。ランツベルク家としても、筆頭公爵家であるオルデンブルク家と繋がりを持てることは有益なのだ。
しかし結婚後、ルートヴィヒの様子が明らかにおかしい。ローザリンデはルートヴィヒからお菓子、花、アクセサリー、更にはドレスまでことあるごとにプレゼントされる。プレゼントの量はどんどん増える。流石にこれはおかしいと思ったローザリンデはある日の夜会で聞いてみる。
「つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?」
するとルートヴィヒからは予想外の返事があった。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました
鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と
王女殿下の騎士 の話
短いので、サクッと読んでもらえると思います。
読みやすいように、3話に分けました。
毎日1回、予約投稿します。
家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる