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大学3年_冬

第61話:千景の誕生日_5

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 プレートには、『千景ちゃん HAPPY BIRTHDAY!』と書かれており、わざわざ誕生日で用意したことが良くわかった。

「いやー、驚かせたくってさ。成功?」
「めちゃくちゃ成功してる。私今ビックリしてるからね?」
「良かったー!! 頑張った甲斐がある」
「本当に、ありがとう」

 どうして航河君は、私にここまでしてくれるんだろうか。ふたりきりじゃなくても、面倒でなければそれこそバイト先でやったって問題ない。スルーしたってなにも起こらないし、航河君にとって私の誕生日は必須のイベントでもないはずだ。

「千景ちゃん、俺の誕生日も文句言わず来てくれたじゃん? 急だったのに。いつもお世話になってるから、お礼も兼ねて」
「……いや、お世話になってるのは私のほうだと思うけど……」
「そんなことないよ? 今後とも、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ」
「これ、誕生日プレゼント」
「えぇ!?」
「俺のときも用意してくれたでしょ?」
「ま、まぁ……そうだけど……」
「千景ちゃんさ、俺の誕生日のときに『来年も祝ってね?』って言ったのに、『彼女と過ごしな』なんてつれないこと言うからさ」
「そりゃ言うでしょうよ……。航河君、彼女いるんだから」
「これで来年の俺の誕生日、祝いやすくなってでしょ? 来年もよろしく」
「いや、それで言うと毎年祝い合うことになるのでは?」
「お! それ良いね!」
「おーい」

 名案だと言わんばかりに、目をキラキラさせて航河君は笑っている。意味がわかっているのだろうか。

(……いや、私が勘ぐりすぎなんだよね、きっと)

 単純に航河君は友人として祝いたい。しかし私はそこに邪推と期待が入り混じっている。

「私開けてみても良いですかね? プレゼント」
「良いよ!」
「……えっ……えっ?」
「最近よく見かけるなって。ブレスレットウォッチっていうの? そういうの」
「た、多分……?」

 綺麗にラッピングされた箱に入っていたのは、バンクルのようないで立ちの腕時計だった。ベルト部分がわっかのようになっていて、一部あいている。そこを手首に嵌めて身に着けるようだった。文字盤もベルト部分も優しい色合いで、可愛らしい暗めのエメラルドグリーン。ゆっくりと自分の腕にはめてみる。つくり的に大きくはなっているものの、外れることもなく腕になにかはめることに抵抗のない私には、ピッタリのシロモノだった。

「こういうの身に着けてるの、あんまり見たことがないなと思って。新境地発見? みたいな?」
「うん……可愛いと思う。ありがとう、大事にするね」
「航河さんだと思って大事にしてね?」
「それ言うとだいぶ語弊というか多くの人の誤解を招きそうなんだけど」
「そう?」
「え、そうじゃない……?」

 相変わらず抜けているというか、なにも考えていないというか。そういうところも含めて好きなのだが、ときどきみんなに対して同じような対応をしているんじゃないかと、不安に感じることでもないのに不安に感じることがある。

「航河君、マメだよね」
「そう?」
「だって、その、私別に彼女じゃないし……。友達みんなにこういうことしてたら、大変じゃない?」
「んー……。みんなにはしてないかなぁ。え、千景ちゃん、俺のときみたいにみんなにああやってお祝いするの? 男友達に呼ばれてついて行く?」
「いや、それはない」
「でしょ? 俺も一緒」
「うーん? そっか……?」

 航河君と自分では立場が違うのではと思いつつ、私は言葉を飲み込んだ。

(身に着ける物って、彼女でも身内でもない異性に送るのかな……。私自分が送らないからわからないや……)

 なんとなく、友達と話していたことが思い出される。彼氏彼女であれば、自分の代わりで身に着けていてほしいとアクセサリーのような物を送るが、友達同士異性では送ったりしない、と。なにか意味があるのではないかと勘繰ってしまう――と。

「と、とにかく! ありがとう! ご飯も美味しかったし、入ることができなかったお店にもこうして入れたし、ケーキにプレゼントまで用意してもらっちゃって。……最高の誕生日過ごすことができたと思う」
「ほんと? 良かった! 航河さんデキる男でしょ!?」
「うん、そうやって自分で言うところがなかったらとっても素敵だと思うよ?」
「えぇ……さり気なく否定してない?」
「してないしてない。さっすが航河君!」

 プレートのデザートをペロリとふたりで平らげ、航河君に送ってもらう形で家路についた。

「……思ったより、歩いてる人多いね?」
「みんな二次会とか行くんじゃないの? 今日金曜日だし」
「あ、そっか……。飲み会多いよね、多分」
「おっと。千景ちゃん、酔っ払いもいるし危ない。道狭いから、こっち」
「えっ? あっ――」

 するりと伸びてきた航河君の手が、しっかりと私の手を掴んだ。アルコールとタバコの匂いを漂わせた夜に紛れる人たちの中を、そのままふたりで足早に駆け抜けていく。

「……ふぅ。もう良いかな。急にぶつかってくる人もいるし、危ないよね」
「そ、そうだね」
「ごめんね? 急に引っ張ったりして」
「ううん! そんなことない! ……ありがとう」

(……手、握っちゃった……?)

 離された手のぬくもりが消えて、私は感じたことのない喪失感を覚えた。

「家まで送ってくよ」
「う、うん……」

 不可抗力とはいえ、手を握っても顔色の変わらない航河君を見て、私はどこか虚しさも感じていた。
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