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大学3年冬

第54話:年が明けても_2

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 (忙しい――!!)

 折角佳代さんに会えたというのに、話す暇もなく働いている。キッチン組も、隙を見てはホールの手伝いをしてくれるし、ホールはホールで簡単な盛り付け等は行うようにしていた。久々に、こんなに忙しい日に当たったかもしれない。

「千景ちゃん、これ一番テーブルにお願い!」
「分かりました!」
「ドリンクのタイミング見ておいてね」
「はい!」

 あまりの忙しさに、時間の経過も早い。成人式へ参加した人らしき人物はそんなに多そうではないが、大学生くらいの子どもと親のセットが多く見受けられた。帰ってきて落ち着いたところで、外食にでも……となったのだろう。

 時計を見る暇も、休憩に入る暇もない。何とかお茶だけ喉に流し込み、喋れる状況は作っておく。声が枯れてしまっては接客も出来ないし、脱水症状を起こすわけにもいかない。

 泣きそうになりながら仕事をして、ようやく客足が遠のいて行ったのは、ラストオーダーの30分ほど前だった。

「……っひぃ……つ、疲れた……」
「もうちょっと頑張ろ! ……でも、確かに今日は人が多かったねぇ」
「ですよね……。佳代さんいなかったら私死んでたかも……」
「あはは、千景ちゃんのこと助けられて良かったよ」
「……店長、死んでますしね……」
「凄い顔してるよね」

 相崎さんは、連日長時間の仕事が祟ってか、今にも死にそうな顔をしていた。接客業である以上、必死に笑顔を作って緩やかに喋っているが、死んだ魚のような目をしている。あの目がすべてを物語っていた。

「……薄っすらクマも出来ているような……?」
「無茶な働き方してるんですよ、家に帰りたくないからって」
「え、奥さんとまだトラブってるの?」
「それが、奥さん実家に帰っちゃったみたいですよ、お子さん連れて」
「ヤバい何それ離婚秒読みじゃん……」
「迎えに行くのに連休作るために、今仕事詰め込んでるらしいですね」
「あぁ……なるほど……」

 直接相崎さんと家族の話をすることはほとんどない。……のだが、広絵やオミさんが教えてくれるのだ。2人とも、懐にガンガン突っ込んでいってるのだろう。2人が教えてくれるから、話を聞いていないはずの私でも、そこそこ相崎家の現状を理解していた。

 やはり、話し合いから逃げていた相崎さんの、家に帰らないという行動は奥さん的に相当まずかったらしい。間違った選択をしたまま、突っ走っていたのだ。その結果が今回の別居である。そりゃそうだ。顔を合わせないように仕事をしたり、漫喫に行ってみんなが寝静まったころに帰っていては、とても話し合いなんかできないのだから。ただ、奥さんの方も離婚一択というわけではないようで、相崎さんの対応によって婚姻関係継続となるらしい。

(……ちゃんと奥さんとお子さん連れて帰ってこられると良いな、相崎さん)

 心の中で相崎さんの今後を応援しながら、私は最後の踏ん張りをみせた。

「――ありがとうございました!」

 最後のお客さんが帰る頃、私達はみんなへとへとになりながら、それでも笑顔で見送ると死にそうな声を漏らした。

「……お疲れ様ぁ」
「お疲れ様でした、今日は長かったですね、1日が……」
「千景ちゃん1日入ってくれてたもんね。本当にありがとう。いなかったら俺死んでたと思う」
「大袈裟な……と思いますけど、確かに忙しかったですもんね、相崎さんもお疲れ様です」
「ありがとう。あ、千景ちゃん、もう帰って良いよ? ラストまでだけど、早めに上がって? 佳代ちゃんいるし、キッチンはもう落ち着いてるから、みんな手伝ってくれるから」
「良いんですか?」
「良いよ、今日は長かったでしょ、帰ってゆっくり休んで」
「……ありがとうございます。それじゃあ、お言葉に甘えて」
「うん。お疲れ様! 気を付けて帰るんだよ? 今日航河もいないし、送っていける人いないからさ」
「大丈夫ですよ。子どもじゃないですから」
「何かあったら、航河に怒られるしさ?」
「そんなとこ気にしなくて大丈夫ですって……! それじゃあ、お疲れ様です」

 時計の長針がゼロを指したのを確認して、私はロッカーへと向かった。

(いや、ホント疲れた……。終わったと思ったら、一気に疲れが来たかも……)

 確認出来なかった携帯をようやく確認する。

「あっ! 嘘!」

 航河君からメールが来ていた。時間は3時間前。『今日バイト入ってる? 何時まで?』という内容だった。

「……今終わったところですわ……」

 メールの書き方から、もしかしたら何か用事があったのかもしれない。こんな時間になって申し訳ないと思いながら、混み過ぎて休憩に入れず確認出来なかったことを詫び、今終わったて帰る準備をしていることを伝えた。

「……あー、航河君のスーツ姿、もう1回見たかったなぁ」

 誰もいないことを確認してから、航河君の名前を出した。

「もうホント疲れた……はぁぁぁ……めちゃ忙しかったじゃん……」

 制服から私服へと着替え、少しだけ休憩、と、椅子に腰掛けた。

「……お。航河君今日は返信早いなぁ」

 手の中で震えた携帯は、サブディスプレイに航河君の名前を表示している。

『お、そんな忙しかったんだ。お疲れ様。俺さっき二次会終わったところ。めちゃ久し振りにみんなに会えたわ』
「……おー、それは何より」

 航河君への返信を考えながら、私は疲れて重たい身体を奮い立たせ、店の外へと出た。
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