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大学3年冬
第50話:クリスマスとお誘い_6
しおりを挟むクリスマス会を兼ねているということで、1人ひとつずつクリスマスプレゼントを用意することになっていた。値段は負担にならない範囲で、大体2000円前後だ。私は猫のアイピローを購入している。可愛らしいが実用的で、見た目に拘らなければ男性でも使える代物だ。値段もピッタリで、見つけた瞬間これしかない! と即手に取った。
「航河君は何買ったの?」
「内緒」
「教えてくれても良いのに」
「当ててください」
「何その意地悪」
「別に。あーマジ旨い」
そう言って、既に食べ終えたタルトのお皿を横に置いていたショートケーキと入れ替え、またモグモグと食べ始める。
「今日誰が来るんだろうね。聞いてる?」
「ううん、聞いてない。でも、夜にシフト入ってる人は全員参加っぽいよ」
「そうなんだ。じゃあそこそこの人数になりそうだね」
「きっとね。とにかく俺は千景ちゃんのアイピローを当てる。最近目の疲れが酷いんだよね」
「人数多いと、確率下がりそうだけど」
「良いの。当たらなかったら、俺が当たったのと交換してもらうもん」
そんなにアイピローが気に入ったのか、中身も見ていないというのに。
「んー……」
「どうかした?」
「……ううん。なんでもないよ?」
『そんなに気に入ったなら、買ってあげようか?』と言いかけて飲み込んだ。
(危ない、これが駄目なんだ)
いつもの調子で甘やかしそうになるも、手前で留まった。離れることはまだ全然出来ないが、少しずつ方向を変えていくことなら出来るかもしれない。
「俺この店のケーキなら、何個でも食べられるかも」
私の気持ちなんて知らない航河君は、口の端に生クリームを付けながら、ショートケーキを堪能していた。
「……口の端、生クリームついてるけど」
「え、どっち? 取れた?」
「取れてない」
「こっち? え、分かんない。拭いて」
「子どもか! 自分で拭きなさいよ……」
「はーい」
(……これでも好きだと思ってしまうから、きっと私は末期よね……)
私がタルトを食べ終える頃、航河君は2つ目のお皿を空っぽにしていた。
クリスマス会兼忘年会のメンツに、祐輔は入っていた。私が断わったのもあり、バイトはそのまま休みだったようだが、その後のイベントは参加にしたらしい。
店長は私が航河君と出勤したのを見て、『なんだ、やっぱり』みたいな得意げな顔をしていた。少しばかりむかついたが、先日痛い所を突いて撃沈させてしまったので、見て見ぬ振りをしてやり過ごしてあげる。
蓋を開けてみれば今回は結構な人数で、社員もパートとバイトも含めた結果20人ほどになっていた。
(これでアイピロー当てるって無理じゃない?)
航河君の意気込みを無謀だと思いながら、通された居酒屋の席に着いた。
前回とは違う系列店である。このお店はお肉に力を入れているらしい。少し暗めの店内に、オレンジ色の照明が暖かく感じる。全体的に木を基調としているので、アットホームな雰囲気だ。
目の前に出されたローストビーフのサラダをつまみながら、それぞれが思い思いの話をする。私の隣はオミさんだ。乾杯をして一杯目を飲む。皆ビールだが、何でもいいと言われたのでグレープフルーツジュースを頼んだ。
少しアルコールを飲んだだけで、既に真っ赤になったオミさんが話しかけてくる。
「千景ちゃん、今日デートだったんじゃないの?」
「え? そんなの誰から聞いたんですか?」
「いや、なんとなく。シフト入ってるって思ってなかった」
(何でシフト入ってるって思わなかったんだろ)
首を傾げそうになったが、パッと隙間を埋めるように意味が分かった。私は今日祐輔に誘われていたから、キッチンの人は私が祐輔と出掛けたと思っていたのではないか、と。実際は航河君とケーキを食べていたのだが、祐輔が私を誘うことを事前に相談していて、その後誘いを断られたことは話していなかったのではないだろうか。
「仕事入れてましたからね」
「1日?」
「いいえ、夜です」
「じゃあ午前中とか、出掛ければ良かったのに」
(いや、祐輔に誘われたのは、夕方前からだったのよ)
言いたいことは色々ある。が、もちろん言わない。
「なんで出掛ければ良かったんです?」
「えっ? いや、別に、なんとなく」
「クリスマスイブですからね、カップル多くて飽食気味になりそうじゃないですか?」
「へ、あ、うーん。まぁ、んー……そっかぁ……そうかなぁ……」
分かっていて敢えて問いかけてみた。きっと何も分かっていないと思っているだろうに。無責任なことは以下略だ。面白がらないでいただきたい。
「そういや航河は、今日彼女とデートじゃないの?」
「俺ですか? 彼女今日仕事ですもん」
「……ドンマイだな」
「埋め合わせしてもらうんで良いっす」
埋め合わせ、その台詞を前も聞いた気がする。前の埋め合わせは、きちんとされているんだろうか。他人のことだがちょっと気になった。
「よし、今日は飲もう飲もう!」
オミさんの言葉を切欠に、もう一度乾杯が始まった。心なしか、航河君も祐輔も店長も、アルコールを口に運ぶ頻度と、店員さんに注文する頻度が多い気がする。
そんな私はというと、摩央とメールをしながらチビチビとグレープフルーツジュースを飲んでいた。
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