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大学3年_冬
第49話:クリスマスとお誘い_5
しおりを挟むお客さんのお会計が終わったあと、伝票やレシートを整理し、空きテーブルとまだお客様がいるテーブルをチェックする。それから、外から入ってくるお客様が見えなければ、テーブルの片付けなり備品の整理なり、レジから離れるはずだ。それに、祐輔はキッチンの人間である。今日はホールの手伝いをしてくれているが、当然キッチンから呼ばれることもあるかもしれない。
(大丈夫、大丈夫。絶対ワンチャンある!)
グッと気持ちを切り替え、いつも通り仕事をした。……しかし、今日に限ってお店は混雑しており、夕飯どきから飲み会帰り、ラスト間近になってもなかなか客足は途絶えない。お客さんに呼ばれ、キッチンへ注文を通して料理を運び、後片付けをするという一連の流れが、こんなに長く感じるのは今日が初めてだった。あっというまに時間は過ぎていくのに、これといった隙ができそうにない。
(嘘、もうこんな時間――!?)
未だにメモはしまえていない。レジに祐輔がいるか、レジに祐輔がいないとき、自分は片付けにテーブルを回っていたり、料理を出していたり。『よし! 今だ!』と思ってレジに向かえば、そのままお客さまのご案内になる。今日はなんともツイていない。航河君の意見に流されたような顔をして、断ろうとしている私への罰なのかそれとも試練なのか。そんな大層な物じゃないことはわかっているし、仕方のない偶然だろうが、今の自分はそんな気分にもついなってしまう。
(あー……今日はダメなのかな……でも、今日がシフト提出の締め切りだし)
結局、すべてのお客様が捌けて閉店の時間となるまで、引き出しに近付くことはできなかった。少ない休憩の時間も、普段レジに行く用事もないので、中に引き籠ったままだった。仕方なく、店の奥からテーブルを拭いていき、入口へと徐々に向かっていく。
「あ、祐輔ー」
「はーい。オミさんなんですか?」
「こっち来て、掃除手伝ってくんない? 残りとレジ締めは、俺がやるから」
「わかりました!」
そう言われた祐輔は、オミさんに従ってキッチンへと戻って行った。
(今がチャンス!)
ここぞとばかりにレジへと向かい、急いでポケットからメモを取り出す。引き出しを開け、皆が既に出していたシフトのメモの何枚か下に、自分のシフトのメモを差し込んでさも結構前に提出したかのように小細工をし、引き出しを閉めた。
(あああ! 良かった……!)
ほっとひと息つく。無事に難題をクリアした達成感で胸が溢れた。これで、私は二十日バイトになるだろう。彼女が仕事でデートできない航河君と、バイト前にケーキを食べに行き、そのまま一緒にバイト先へ行って仕事をするのだ。そして無事バイトが終われば、みんなと一緒にクリスマス会兼忘年会を行う。
――祐輔には、申し訳ないことをした。でも、もし。祐輔が私に好意を持っていて、その気持ちから私とクリスマスイブを過ごしたい、そう思っていたのならば。私も同じように、好きな人とクリスマスイブを過ごしたい、そう思ったのだ。
本当なら、絶対に過ごすことができない航河君と。
そして、そのあとは何事もなくやってきた、十二月二十四日クリスマスイブ当日――。
「ここのケーキ本当に美味しいね。航河さん気に入っちゃったよ」
目の前で、航河君が美味しそうにフルーツタルトと苺のショートケーキを頬張っていた。そう。何度確認しても今日は十二月二十四日。クリスマスイブだ。あれから、私のシフトはそのまま受理されて今日にいたる。
どうも、夜だけでなく昼間も入ってほしかったようなのだが『千景ちゃん昼空いてないかなぁ』の店長の台詞に、航河君が『昼は用事あるって言ってましたよ。デートじゃないですかね?』と答えた結果、私のこの時間は守られたらしい。『航河がいるのに!?』と驚いた店長から直接このやり取りを聞かされた。回答が面倒だから、別に教えてくれなくても良かったのだが。当の私は『店長は奥さんとデートしないんですか?』と、相変わらずギクシャクして家に帰っていない店長に言ってのけ、見事返り討ちにした。
罪悪感もあったが、言われたくないことや聞かれたくないことなど、誰しもひとつやふたつあるだろう。
「なんで『デートじゃないですか?』なんて無責任なこと言ったのよ。バイト先の誰かに今の状況見られたらいったいどうすんの」
「そのときはそのときじゃない? デートと言えばデート? みたいな?」
意に介さずタルトに舌鼓を打ち、幸せそうな顔をする航河君を見て、少し呆れてしまった。
(ちょっとくらい、気にして欲しいんだけどな……)
驚くポイントが間違っている店長も、しれっとデートと言ってのける航河君も、ちょっと……いや、だいぶおかしいと思う。もちろん、そんな状況に順応している私も。
「……ケーキ二個とか、食べ過ぎじゃない?」
「なんで? こんなに美味しいの、遠慮したらお店とケーキに失礼でしょう」
「いや、えっ、だって、今日の夜クリスマス会兼忘年会だから、ケーキきっと出るよ?」
「それはそれで食べる」
「アナタのその太らない体質が羨ましいわ」
私は目の前のイチゴのタルトをゆっくりと味わった。
「千景ちゃん、クリスマスプレゼントなににしたの?」
「私? 私はアイピローにしたよ。可愛いやつ」
「えっ? めちゃ良いじゃん。それ俺に頂戴?」
「やだよ。クリスマス会用に買ったのに」
「俺もほしい」
「自分で買うか当ててください」
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