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大学3年_冬

第47話:クリスマスとお誘い_3

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 「とくに断る理由もないし、予定もあるわけではないから、良いよって言っても良いかなって。確かに、なにか、が気にならないわけではないけど……。それは、行ってみないとわからないしね。なにもなかったら、変に勘繰って行かないのも可哀想だし」

(次も返ってくるかな……)

 なぜか震える指で、ゆっくりと、送信ボタンを押した。

「あー……変な返信してないよね……?」
「大丈夫じゃない? で? 実際行くの?」
「用事もないから、別に行っても良いかなって気になってきた。シフトまだ出してないから、取り敢えず休みにしとこうかな」
「出かけるにも、どこも混むのが難点だよね」
「そうそう。しかも休みの日じゃん? 朝からどこに行っても人多そう」
「だよね。イチャイチャカップル多いしさ、歩いてて邪魔になってくる」
「自分もカップルじゃん!?」
「ウチらそんなふうに歩かないからね。中割って入りたくならない? テイッ! て、両腕上げて」
「狭い道歩いてるとやりたくなるかも」
「なるでしょ? ……あー、とくに、巨大ツリー設置したモールは激混みじゃない? 公園とかと違って室内だから、天候に左右されないし。そこじゃないと良いなぁ。カップルばっかり見てたら、変に意識しちゃいそうだし。祐輔が」
「それはありそう。告白考えてたり、好きだからってちゃんとやらなきゃ! って思うと、意識しちゃうよね」
「特別だもんね。付き合う付き合わないに、今後のふたりの関係……」
「そうそう。……ところで、そういう自分はどうなの? クリスマスのご予定」
「ん? 私バイトだよ?」
「え!? なにか言われない?」
「うーん。うちはサッパリしてるから」
「ほんとかねぇ……」
「本当!」

 大好きなパフェはあっというまになくなり、お気に入りフレーバーの紅茶も、かき混ぜるとカラン、と氷とグラスのぶつかる音がするほどに減っていた。大学の授業もこれくらい早く時間が流れてくれたら、なんてくだらないことを考えていると、早々に二度目のバイブ音が鳴った。

 ヴーヴヴ、ヴーヴヴ――。ヴーヴヴ、ヴーヴヴ――。

「あ、今回は早いね。」
「返事来た?」
「来た来た!」
「なんて返ってくるんだろう。さっき普通だったし、今回も普通かな?」
「なんとなくだけど、そんな気してくるよね」
「あんまり緊張しないんじゃない?」
「確かに。まぁ、摩央がいるから、っていうのもあるけど」
「あら、ありがと」

 クスっと笑い、私は再び携帯を開く。今度は受信したメールを躊躇いなく開いた。

 二通目は思っていた内容と違っていた。一通目のように懸念点を挙げ、そこを突いてくるような、本当に心配しているように見える内容ではなかったのだ。

「あ、そう来たか」
「どうなったの?」
「えー……コホン。『用事ならあるじゃん。当日俺バイト入れたんだよね。美織ちゃん仕事だし。千景ちゃんもバイトでしょ?』だってさ」
「え? 千景まだシフト出してないんでしょ?」
「出してないよ?」
「私もだいぶ航河君に詳しくなってきたわ。……はぁ。『祐輔とのデートへは行かずに、俺がいるんだから仕事を入れろ』ってことね……」
「……多分?」

(……どうやっても、そういう意味にしかとれないよね……?)

 確かに、バイトを入れれば予定はできる。それを理由に、祐輔からの誘いを断ることも。キッチンとホールのシフトは別で管理しているから『元々入っていた』というのは簡単だ。しかも休日のクリスマスイブ。出勤する人は多くないだろう。勤務を取りやめるには、他の人を探さないといけない。見つけるのは恐らく難しく、祐輔もきっと、それをわかっているから簡単には『休んで』とは言ってこないだろう。下手したら、自分へ矛先が向くかもしれないのに。

「なんだ。航河君、結局千景のこと、祐輔君とデートさせたくないんじゃん」
「そう見える?」
「見える」

 キッパリ言い切った摩央は、二杯目のアイスカフェオレを頼んだ。ここのカフェは、二杯目以降決まったドリンクに限り二百円で提供してくれる。ドリンクバーとまではいかないが、美味しいコーヒーなので嬉しいサービスだ。私もたまに頼むが、苦みのほうが酸味より強く、コクがあって飲みやすい。口に含んだときの、鼻を抜けるコーヒーの香りにも嫌味がない。ガムシロップを入れずそのままいただきたい、白と黒のコントラストが綺麗なカフェオレである。

「これは困ったねぇ千景」
「うう……。予想外……」
「嘘だ。はぁぁ。なに言ってんのよ、全然予想外じゃないクセに。ちょっと期待してたでしょ? 航河君が止めてくれるの」
「……バレた?」
「バレバレ」

 ――本当に、摩央はよくわかっている、私のことを。

 ただ、どう返信しようかは間違いなく悩んでいた。ここで祐輔の誘いを断るのは、ひとつの可能性――自分にとっても祐輔にとってもの――を、潰すことになるような気がしていた。いつまで経っても航河君に甘えていてもいけない。どの方向でも前に進まなければ。
 しかし、私は怖かった。出かけるかもしれない内容のメールを送ってしまったのだ。そして祐輔と出かけることで、航河君との仲が悪くなってしまうことが、とても怖かった。好きな人と、今まで通り喋れなくなるかもしれないことが。出かけることは送ってしまったから、なかったことにはできない。もしバイトを休んで祐輔と出かけたとして、それを誤魔化すことは難しい……いや、ほぼ不可能だろう。

 だから、悩んでいた。

 ヴーヴヴ、ヴーヴヴ――。ヴーヴヴ、ヴーヴヴ――。

「……ありゃ?」
「どうしたの?」
「航河君からまた来た。珍しい、返してないのに来るなんて」
「追い打ちたっだりして」
「えっやだ。怖いこと言わないでよ」

 摩央の言葉にドキッとする。心音がドクドクと身体に響いた気もしたが、落ち着いている振りをしてメールを開いた。
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