上 下
45 / 94
大学3年_冬

第45話:クリスマスとお誘い_1

しおりを挟む

 もう年の瀬にも近付いたころ、毎年同じようにやってくるクリスマスが、今年は今までと違っていた。

「摩央ー! 十二月二十四日って、世間は俗に言うクリスマスイブだよね!?」
「え、あんたそんなことも確認しないとわからないなんて、いったいどうしちゃったのよ」

 眉をひそめて摩央がこちらを見た。別に、本当にわかっていないわけではない。ただ――ただ念のために確認したかっただけだ。

「はぁー。……だよねぇ、クリスマスイブだよねぇ。ただの二十四日って日じゃないですよねぇ」

 私ははぁ……っと溜息を吐き、講義室の机に突っ伏した。

「なにかあったの?」
「……んー。まぁ、そうですねぇ……。ちょっと、どうしようかなって」

 私は意味ありげに答えた。

「なにが?」
「聞く? それ聞いちゃう?」
「含みありそうだから一応聞いたほうが良いのかと思って。……聞いてほしいんでしょ?」
「……そーですねぇ。聞いてほしいかなぁ……」
「じゃあそのまま聞くけど。二十四がどうかしたの? ……まさか、航河君に誘われた!?」
「はーそんなまさか!」

(そんなことが起きたら、もっと小躍りしちゃうくらい嬉しさ滲ませちゃうよ……!)

 残念ながら、摩央が言うような出来事は起こっていない。……起こっていたら、もっと盛り上がりながら話をしただろう。彼女持ちに誘われて、喜んで良いのかは別としてだが。本当に特殊だなと、その場合は痛感させられていただろう。

「違いますー!」
「じゃあなんなのよ。関係あるんでしょ? その二十四日って日が。キーワードなのよね?」
「……そうなんですよ。……あのね、誘われたのよ。祐輔に。クリスマスイブ、一緒に出かけないかって」
「えー! 良かったじゃん! 祐輔やるね! クリスマスイブに誘うなんて! デートデート!」
「いや、まぁ、そうなんだけどさぁ……」
「どうしてそんな微妙なお顔するのよ?」
「クリスマスイブに誘われるっていうのが……気軽に行けないというか……。行くのが怖いというか……」
「え、でも、用事ないんでしょ?」
「……夜にバイト先のクリスマス会兼忘年会ある」
「それはそれで行けばいいんじゃないの?」
「そうなんだけどさぁ」

 歯切れ悪く答えるのにも、ちゃんと理由がある。――どうも、祐輔は私のことが好きらしい。『らしい』というのは、私と祐輔が喋っているとニヤニヤしながら離れていくキッチンの人たちの態度と、周りからの極端な祐輔推しが始まったからだ。直接本人から言われたわけではない。だが、こうも露骨な反応を取られては、勘繰ってしまう。

 ――祐輔は良い子だ。けれど、私が好きなのは航河君である。それはたとえ周りにそんな態度をとられたって変わらない。主に祐輔と同じキッチンの人たちに、急にあんなイケイケの態度を取られても、こちらとしても反応しづらい。

 ……そう。良い子ではあるし、話しやすい。ただ、私の恋愛対象としては違っていた。可愛い後輩というか、まるで弟みたいというか。食指が動かない、というやつである。ふたりで出かけるのに抵抗はないが、彼を【恋愛対象の男性】として見られるかどうかは別だ。

「それでもさぁ。ものは試しじゃん? もしかしたら、こっからずーっと長いこと付き合うかもしれないし。いきなりビビビっと結婚を考えるほど、好きで好きで仕方のない相手になるかもしれないし」
「でも、私航河君好きだし」
「そんなの知ってる。もちろんわかったうえで言ってるわよ。でもさ、千景まだ告白してもないし、そもそも現状航河君彼女いるでしょ? それならどうせクリスマスはデートでいないだろうし。カップルっぽくイベント過ごしても良いんじゃないの? バチなんか当たんないでしょ」
「それがね……。美織ちゃんはは二十四と二十五仕事なんだって」
「……不憫」
「仕方ないよねー、仕事って言われちゃうと」
「航河君さ、だいたいのイベント全滅してない?」
「今年はとくに酷いって本人が言ってた」
「それは御愁傷様だわ。……まぁ、私は行ってみればいいと思うけど? ……ははぁ。心配なら航河君に聞いてみたら? 『祐輔に誘われたんだけど』って」

 笑いながら摩央が言った。

「え。さすがに、航河君も普通に返してくるでしょ。『行けば?』とか『そのあと飲み会これば?』とか。イベント楽しめないから『俺デートできないのに千景ちゃんばっかりずるい!』って言われるかもね」

 ……なんとなく『ずるい』は想像できた。それに、心のどこかで『祐輔とふたりで出かけちゃダメ!』と言われることを期待しているのも事実だ。そんなこと言われてって、私と航河君の関係は、なにも変わらないのに。ただ少し、ヤキモチみたいなものを焼いてほしいと思ってしまった。かなりの重傷だとは自覚している。

「ほれほれ、航河君に送ってみ? 摩央さんが隣で見ていてあげるよ?」
「私で遊ばないでよ」
「千景だって、なんて返ってくるか気になってるんでしょ? ……っていうか、航河君の反応見たいでしょ?」
「う……」
「んでもって、私よりもずーっと、航河君からなんて返ってくるのか想像ついてるでしょ?」

 相変わらず、摩央は笑っている。

「……そんな面白いことにはならないと思うけど」

 そう言いながら、私は航河君にメールを送った。結局は、クリスマス誘われたことを、航河君に連絡したのだ。黙っていれば、きっと何事もなく時間が過ぎて行くだけなのに。おかしな話だが、今の私にはこれが普通だった。麻痺してどうにかなっているのかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お望み通り、別れて差し上げます!

珊瑚
恋愛
「幼なじみと子供が出来たから別れてくれ。」 本当の理解者は幼なじみだったのだと婚約者のリオルから突然婚約破棄を突きつけられたフェリア。彼は自分の家からの支援が無くなれば困るに違いないと思っているようだが……?

つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?

恋愛
少しネガティブな天然鈍感辺境伯令嬢と目つきが悪く恋愛に関してはポンコツコミュ障公爵令息のコミュニケーションエラー必至の爆笑(?)すれ違いラブコメ! ランツベルク辺境伯令嬢ローザリンデは優秀な兄弟姉妹に囲まれて少し自信を持てずにいた。そんなローザリンデを夜会でエスコートしたいと申し出たのはオルデンブルク公爵令息ルートヴィヒ。そして複数回のエスコートを経て、ルートヴィヒとの結婚が決まるローザリンデ。しかし、ルートヴィヒには身分違いだが恋仲の女性がいる噂をローザリンデは知っていた。 エーベルシュタイン女男爵であるハイデマリー。彼女こそ、ルートヴィヒの恋人である。しかし上級貴族と下級貴族の結婚は許されていない上、ハイデマリーは既婚者である。 ローザリンデは自分がお飾りの妻だと理解した。その上でルートヴィヒとの結婚を受け入れる。ランツベルク家としても、筆頭公爵家であるオルデンブルク家と繋がりを持てることは有益なのだ。 しかし結婚後、ルートヴィヒの様子が明らかにおかしい。ローザリンデはルートヴィヒからお菓子、花、アクセサリー、更にはドレスまでことあるごとにプレゼントされる。プレゼントの量はどんどん増える。流石にこれはおかしいと思ったローザリンデはある日の夜会で聞いてみる。 「つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?」 するとルートヴィヒからは予想外の返事があった。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

愛されない女

詩織
恋愛
私から付き合ってと言って付き合いはじめた2人。それをいいことに彼は好き放題。やっぱり愛されてないんだなと…

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました

鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と 王女殿下の騎士  の話 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 読みやすいように、3話に分けました。 毎日1回、予約投稿します。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

貴方だけが私に優しくしてくれた

バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。 そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。 いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。 しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー

処理中です...