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大学3年冬

第43話:摩央との来店_3

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 摩央が語りながら一生懸命説明してくれている。航河君の態度は何度考えても私には分からない。どんな試験問題よりも難しい気がする。果たして、本人以外に解ける人はいるのだろうか。――それとも、私が航河君に告白したとしたら、分かるとでもいうのだろうか。

 2人で考えても、答えは出ない。

「千景、気が付いてる?」
「え? 何?」
「航河君、こっちをチラチラ見てるの」
「そうなの? 全然気が付かなかった」
「多分、私達が何話しているのか気になるんだと思うよ? ちょいちょい視界の端っこに視線を感じるというか、目線こっちなのを捉えてる」
「そうなのね。いや、見ないようにしてるからさぁ、目合ったら思わず逸らしちゃいそうだし」
「それが良いかもね。バイトの日に今日のこと質問攻めにされそうだし」
「……ちょっと想像出来ちゃうから嫌」
「私も想像出来るなぁ」

 顔を見合わせて思わず笑い合った。そのあとはお互いの近況報告をしながら、摩央の彼氏への話へと移っていく。

「最近順調?」
「まぁね。取り敢えず別れるとかそういうのは今のところないかも」
「それは何より」
「ねー、私千景とお互いの彼氏の話したいんですけど?」
「当分は無理だと思いますけど?」
「えー、行こうよまたオフ会!」
「それは構わないけどさぁ。なんのオフ会に行くのよ」
「カラオケ好きオフとかどう? 社会人も学生も来る奴!」

 オフ会は楽しいが、最近めっきり行く回数が減っていた。休みの日に開催されても、バイトを優先してしまうことが増えていたからだ。確かに、お金は溜まるがその分出会いと遊びの時間は減っていた。

「んー……。気軽に参加出来そうな奴なら」
「やった! この間良いの見つけたから、また詳細送るね!」
「はーい」

 ダラダラと話す時間が愛おしい。この時間は、ずっと航河君のことを考えなくても済む。……こんな言い方良くないかもしれないが、家に1人でいるとつい航河君のことを考えてしまいがちになっていた。そんなことをしたって、苦しくなるだけだというのに。

 バイトのこと、学校のこと、就職のこと、趣味のこと。話すことは沢山ある。バイトへ掛かりっきりになっていた自分としては、息抜きがないと潰れてしまいそうだった。……航河君のことも含めて。誰かに話したくて、聞いて欲しくて。でも、明確なアドバイスや否定は要らなくて。そんな時、同調したり、笑いながら話を聞いてくれる友人の存在は本当にありがたいと思っている。願わくば、私も摩央にとってそんな存在でありたい。

「――盛り上がってるところお邪魔しちゃうけど、ごめんね? ――お待たせいたしました。海鮮クリームスープパスタと、ボロネーゼです」
「わーい! ありがとう! 私クリーム!」
「はいどうぞ。千景さんがボロネーゼね」
「うん、ありがとう」

 サーブは航河君に代わっていた。営業スマイルでも、明らかな笑顔を向けられるのは少しむず痒い気がする。丁寧に目の前に置かれたボロネーゼは、白い湯気を立たせながら美味しそうな匂いを漂わせていた。

「じゃあ、ごゆっくり」

 一言そう言って、航河君は仕事へと戻っていった。

「……良いなぁ千景。いつもこんな美味しそうなご飯食べてるの?」
「んー……帰っても作るの面倒な時とか、休みで1日シフト入ってる日は大体そうかな?」
「羨ましい!」
「あはは。摩央もお店でバイトする?」
「それも良いけど! ……航河君と千景の邪魔しちゃ悪いしね?」
「そんなことないよ!?」
「あると思うけどなぁ? ……さっ、食べよ!」
「そうだね、冷めちゃう前に。いただきます!」
「いただきます!」

 私達はほとんど同時にパスタを食べ始めた。

(久し振りにボロネーゼ食べたけど、やっぱり美味しいなぁ……)

 滑らかで濃い目のソースに、粗挽きのお肉が平麵に良く絡んでいる。パラパラと少し粉チーズをかけると、濃厚な味が更に口の中に広がった。

「……どう? クリームパスタ」
「お勧めだけあって美味しい! エビも大きいよね、凄い出汁がきいてるんだけど。最高!」

 グッと親指を立ててアピールしている。私から見ても、摩央は美味しそうにパスタを食べていた。自分が作ったわけではないが、自分が働いているお店のご飯を美味しそうに食べてもらえるのは、店員としてやはり嬉しい。

「……ねぇ、たまにはお店来ても良い? 彼氏連れて来たいの!」
「全然構わないけど。私がいてもいなくても、航河君がいてもいなくてもどっちでも良いでしょう?」
「うん。相崎さんがいれば……!」
「彼氏いる前でそれはまずいと思うけど? いつだったかの彼氏、嫉妬心強くて束縛気味で、大変なことになってなかったっけ?」
「よく覚えてるね? オフ会も男の人いるのダメだったし、学校の帰りも遅くなったら必ず迎えにきたし、バイトの帰りも待ってたよ、その人」
「……愛されてたんだねぇ……って感想で良かったんだっけ」
「全然! あんなの自己満足だよ! そのくせ自分はフラフラ出かけたり、電話って言ってデート途中でも消えていったのに」
「……そりゃあ黒なのがバレないようにの策だったかもね……?」
「半分は嫉妬で、半分はそうだったと思うよ?」
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