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大学3年_冬
第41話:摩央との来店_1
しおりを挟む「……なんかちょっと緊張してきた」
「なんで千景が緊張してんのよ。自分の店に行くのに」
「だから緊張するんだってば……。 初めてだよ? 自分の知り合いお店に連れて行くの」
「光栄ー!」
前々から約束していた、バイト先に摩央を連れて行くという話。ついにその日がやってきた。
航河君も摩央もお互い『会ってみたい』という意見が一致し、摩央を連れて行こう行こうと思いながら、気が付いたらもう冬になっていた。地味にタイミングを合わせることが難しく、私が休みのときは航河君も休みということが多く、なかなか摩央もバイトが忙しかったりデートが入っていたのだ。
私と航河君がバイト中に来るという案もあったが、そうすると話しかけるのも難しく、食べて帰るだけになってしまうかもしれない。ようやく予定の合った今日、私はドキドキしながら、摩央はルンルンしながら、お店へと向かった。
「航河君には、私たち行くって言ってあるんだよね?」
「うん、もちろん。急に行っても良いけど、お店にも言っておいたほうが、忙しいときに迷惑かけなくても良いし。なんなら私の名前で予約したから」
「さすが千景! 千景が見せてくれる賄い写真も美味しそうだし、お店のホームページの写真も美味しそうだったから、めちゃくちゃ楽しみなのよね」
「ハードル上がるじゃん」
「まぁまぁ。航河君にも会えて、店長さんが可愛い顔してるんでしょ?」
「童顔だよねー。全然既婚子持ちに見えない。花火やったときも、大学生に間違われたし」
「私可愛い顔好きだから会いたい。いるかなー」
「いたと思うよ? あとはキッチンのメンツかなぁ。オミさんは社員だからいるかも。祐輔は結構喋ってるから、いたら声かけてくれるかも?」
「へー。キッチンだと、あんまり会えない?」
「祐輔はバイトだから難しいかな。でも、オミさんは自分の匙加減じゃない? 社員だし、暇なら挨拶くらい来てくれると思ってるけど。来なくても、いるなら私は声かけに行こうかなとは思ってるけどね」
「気長に待つわ。あー、楽しみ!」
こんなにウキウキしている摩央は、久し振りに見た気がする。
(そんなに楽しみなのか)
そんな摩央とは正反対で、私は足取りが重たかった。摩央には写真に写った航河君を見せたこともあるし、普段から相談をしている。そんな彼女が、航河君に対してどんな思いを抱くのか。私と航河君のやり取りを見て、いったいなにを考えるのか――。
足取りが重いというよりは、緊張が強い、というほうが正しいのかもしれない。面接を受けているときのような、独特の緊張。
「――千景? ここじゃない?」
「……えっ、あ、そうそう! ここだよ!」
「ボーッとしてないでよ、もう。通り過ぎちゃうところだったよ?」
「ごめん、ちょっと考えごとしてた」
「もー。ホラ、お店入ろ? いろんなことは、千景に任せた!」
「なんにもそんなことないよね!? ……まぁ、予約も私か……」
「はい! いってらっしゃーい!」
摩央はトン、と私の背中を押して先頭へと立たせた。
「わっ!」
「よろしくー!」
ヒラヒラと手を振っている。
(……めちゃ顔笑ってないか……?)
絶対ニヤニヤしている気がする。面白がっているのだろう。
(……扉開けたら航河君いるんだもんね……。緊張するなぁ……)
私は意を決してお店の扉を開けた。
――カランカラン――カランカラン――。
「――いらっしゃいませ! ――あ」
「お、お疲れさま……」
出迎えてくれたのは航河君本人だった。
「千景さんいらっしゃい。そちらは……」
「初めまして! 摩央です。……航河君、かな?」
「あ、あぁ! 摩央さん! 初めまして、航河です。いつも千景ちゃんにはお世話になってます」
「いえいえこちらこそ。千景がいつもお世話になってます」
「……どういうポジションなのよふたりとも……」
親同士の挨拶のような会話を始めたふたりを見て、思わず突っ込んでしまった。
「こっちの席取ってあるから。摩央さんもどうぞ」
「ありがとう航河君!」
「ありがと。あ、そういえば相崎さんは?」
「今キッチンに入ってるよ。すぐに戻ってくると思うけど。呼ぶ?」
「ううん。ちょっと挨拶しようと思っただけだからさ。どのタイミングでも良いかな。あとで声かけるよ」
「りょーかい。――ご予約の二名様ご案内でーす!」
「「「いらっしゃいませー!」」」
普段自分が声を出しているから、うっかり同じようにいらっしゃいませと言いかけてしまう。
(危ない……私今お客さんなんだから)
慣れというのは怖い。意識しなくても、身体に染みついている。
「こちらへどうぞ」
普段はそんなことをしていないはずなのに、わざわざ航河君は椅子を引いてくれた。
「……航河君やるね」
「摩央さんが来るって言うんで。今日は特別ですよ」
「……キミ、モテるでしょ?」
「まさかそんな。モテる! ……なんて言ってみたいですねぇ」
「えー? 絶対モテるでしょ? ねー? 千景」
「え? えぇ、うん……」
(……えぇぇ!? 私が同じこと聞いたら、絶対『バレた? 俺めちゃモテるから。イケメン航河さんだから』とか『わかる? やっぱりできる男は違うっていうか?』とか言いそうなのに……!)
猫を被っている。これは、絶対に。初対面の女の子がいるからだろうか。それとも、摩央が私の友達だからだろうか。ある程度話はしているという想定はつくだろうのに、この対応とは正直少し驚いた。
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