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大学3年秋

第36話:旅行のお土産_5

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 (気にしちゃダメだよね)

 ついつい、連絡がないかを確認してしまう。自分から1人で帰ることを選択したのに。

「あ、ばいばーい」
「……んん?」

 自転車に乗った男の人が、こちらに向かって手を振って、そのまま通り過ぎて行った。

(え? 知り合い? ……そんな訳ないか)

 その顔に見覚えはなかった。行ってしまったし、無視して駅への道のりを急ぐ。

「――ねぇ、ひとり? どこ行くの?」

(……えぇ!?)

 先ほどの自転車に乗った男性が戻ってきた。まさかの事態だ。

「……」
「ねぇねぇ。駅? 駅に行くの?」

 ツイていない。私はただ、前へと進んだ。

「彼氏いるの?」
「……」
「俺んちすぐそこなんだけど。来ない?」
「……」
「あ、連絡先教えてよ」
「……」
「名前はー?」
「……」
「可愛いよね、学生?」
「……」

(うげぇ、しつこい……)

 無言の圧力で返しているつもりが、全くへこたれずに話しかけてくる。しかも、ぴったりと自転車のまま横について。……鬱陶しい。早くどこかに行ってくれないものか。

「あ、家に帰るなら、俺送って行ってあげるよ。家教えて。どこ?」
「あの、もう……」
「――あー、必要ないです。俺送って行くんで」
「え?」

 振り向いたそこに、自転車に乗った航河君が停まっていた。

 「何? ……彼氏いたの?」

 私は何も言わずに、小走りで航河君の後ろへと隠れた。

「ごめんね? 他当たってくれる? 俺が送っていくから」
「チッ……。男いんのかよ」

 男の人は、自転車に乗って来た道を戻って行った。

(はぁ……やっと行った……)

 ほっと胸を撫で下ろす。無視したらどこかへ行ってしまうと思っていたが、全然だった。

「……で? 用事って、何? まさか、今の?」

 呆れた顔で航河君が問う。そんな訳はない。用事なんて元々ないし、あれは一緒に帰らないための言い訳に過ぎない。今のナンパは、ただの事故だ。

「……違う」
「……別に、言わなくても良いけど。どうせ電車に乗るだろうから、駅まで送って行こうと思ったのに。いないんだもん」
「……ごめん」
「何か怒ってたでしょ」
「そんなことは……」
「絶対怒ってた。何? 俺何かした?」

 ――今は航河君が怒っている。声が低いし、苛々しているのがよくわかる。

(……ええい! この際だ、聞いてしまえ!)

「あのさ」
「何?」
「貰ったキーホルダー。……美織さんと3人でお揃いって、本当?」
「……本当」
「何で、お揃いにしたの?」
「何で……って。ちょうどピンクと水色と黄色で、3色あったから」
「……は?」
「いや、3人分で、ちょうど良いなって。それに、千景ちゃんピンク好きでしょ? 俺青好きで、美織ちゃん黄色好きだったから」
「そんな理由?」
「そんな理由って。……あ、もしかして、それで怒ってた?」
「なっ……! べ、別に」
「あんまり意図してなかった。お揃いってこと。ごめん。嫌だった?」

 苦い顔をする航河君を見ていたら、私が悩んでいたことは杞憂だったのかと、そう感じた。航河君は別にお揃いだとかどうでも良くて、単純に私達3人の好きな色がちょうど揃っていたから買ってきたのだ。……そこに、特別な意図はない。

 そう思ったら、この悩みは吹っ切れた気がした。

「ううん、嫌じゃない。嬉しかったよ、ありがとう」
「そう? 良かった」
「でもさぁ、カップルとお揃いって、普通ビックリするよ?」
「何にも考えてなかった、申し訳ない」
「はぁ、悩んで損した」
「悩んだの? 何を?」
「何でもない!」

 航河君を置いていくように歩き始める。

「あ、待って」
「どうかした?」
「家まで送る。だから、あっち」

 もと来た道を指差した。

「……歩くの嫌だ。ここまで来たのに」
「乗って」
「……はぁい」

 結局、普段と変わらない帰り道になる。たまに一緒に帰らない選択をしてみたら、ナンパをされてそれを航河君に助けられる形となった。

「そういえばさー」

 自転車を走らせながら、航河君が話す。

「なにー?」
「俺にはストラップの一言で終わるのに、祐輔にはちゃんと見せて他にもあったとか教えたわけ?」
「別に、特に意図はないけど」
「……ふーん」
「え? もしかしてヤキモチ?」
「あー、こーちゃん寂しいわー。千景ちゃんが他の男の子と仲良くしてるー」
「あーあ、私に彼氏が出来ないの、航河君がいるからだったりして」
「いつでも付き合いたい人教えてよ。告られた時も。こーちゃんがチェックするから」
「それだよ、それ! おかしい! 絶対!」

 言いながら、航河君の背中をバシバシと叩いた。

「わ、あっ! 危ない! ちょっ、叩くのストップ!」
「だってさー」
「千景ちゃん、危なっかしいもん。変な人寄ってくるし。無防備だし」
「航河君が過保護なの!」
「いいや、そんなことはないね」
「ある!」
「なーい!」
「あるってば!」
「俺が見てるからなんとかなってるんでしょう? 早瀬さんの時も、さっきのナンパ男も」
「ぐ、ぐぬぬ」
「ほら、言い返せない」
「くそぅ……」
「……まぁ、もし、その時が来たら、ちゃんと言ってよ?」
「うん……分かってる」
「で? 用事は?」
「……ありません」
「この後カラオケね」
「えぇ!? なんでそんなに元気なの!?」
「いいじゃん。歌いたい気分なの!」
「はぁぁ……」

 ――なんてことはない。今日も、いつも通りだ。
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