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大学3年春

第2話:出会い_2

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 広絵に呼ばれて振り向いたのは、自分よりも年上に見える男性だった。

 「広絵さんなーに?」

 首を傾げながら、呼ばれただろう男性がこちらに向かって歩いてくる。

「コイツが航河。大学2年。1個下ね」
「ちょっ、コイツって。あー、航河、桐谷航河です。よろしくお願いします、千景さん」
「よろしくお願いします」
「……なんか、広絵さんと全然タイプ違うね。入学したての高校生みたい」
「ふっ……なにそれ」
「いや、若く見えるな、って。あんまり年相応にみられないんじゃない? 年上とか嘘みたい。まー、広絵さんはギャルっぽいし? 全然違うじゃん? みたいな」
「はぁ? 広絵ギャルじゃないし! 大体、広絵も千景も年上なのに、航河馴れ馴れしいよね?」
「馴れ馴れしいじゃなくて、人懐っこいって言ってくれます?」
「えっ。図々しい?」
「ちがーう!」
「……ぷっ……あはは! 何だか2人って、お姉ちゃんと弟って感じだね」

 『え? 何言ってるの?』とでも言いたげな顔をして、広絵と桐谷君は顔を見合わせている。

「違うし! こんな弟やだ! もっと可愛い弟が良い!」
「俺だってもっと美人なお姉ちゃんが……」
「何か言った?」
「……何にも? 仕事に戻りまーす」

 私に向かって小さく手を振ると、桐谷君は自分の仕事へと戻っていった。

「はぁ……。あれでも、頭良いトコに通ってるんだよ? 黙ってればそこそこカッコイイのにさ。喋ると残念、ってか、喋ってばっかだし」
「ふふっ。それだと、いつも残念ってことになっちゃうよ?」
「あー、そうそう。そうだよ? いつも残念! 残念しかない!」
「ゴメン、笑っちゃう。……桐谷君怒るかな」
「怒んないよ、いつもこんな感じだし」
「そっか。……あはは、面白いね」

 2人は仲が良いらしい。悪態を吐きながらも、その会話が終われば普段に戻れるからだ。
 航河君は、とても1つ下には見えない。大人びて見えるし、『5歳年上です』と言われたとしても、そのまま信じてしまうだろう。

(……あれ。私が子どもっぽいのかな?)

 ――カランカラン――カランカラン――。

 ふいに、お店のドアが開いた。まだ開店前。ということは……。

「おはようございます」
「あ……おはようございます!」
「おはよー早瀬さん」
「おお、おはよ広絵。……あれ? 君は?」
「私は藤田千景です。今日からバイトとして働かせていただくことになりました。大学3年のハタチです」
「君がそうか。よろしくね千景ちゃん。俺は早瀬祐樹。社員で、フロアリーダーしてる。店長いなくて困ったら、俺に言ってね。そうでなくても、気軽に声かけて。最初は分からないことも多いだろうし、困って止まっちゃうより、聞いた方が早くて確実だから」
「ありがとうございます! よろしくお願いします」
「あ、広絵、キッチンの手伝いしなきゃ。千景、そこのダスターで、テーブル拭いといてくれる?」
「はーい」
「あー。早瀬さんは、ナンパしないでね?」

 よく分からない忠告を早瀬さんにして、広絵はキッチンへと入っていった。その入れ違いに、航河君がまたホールへと出てくる。
 早瀬さんは、よくスポーツをしていそうな感じだ。あくまでも、イメージだが。背も高く筋肉質で爽やか好青年、といった風貌である。日に焼けていて、笑った時に白い歯がキラリと覗いた。比較的若そうに見えるが、桐谷君の前例がある。もしかしたら、全然上の可能性もあるのだ。

(……いや。割と遊んでるオトナ、が正解かも?)

「あ、早瀬さん。おはようございます」
「おっ、航河、おはよう。お前が朝一って珍しいな」
「今月ちょっと稼ぎたくて。シフト入れられるだけ入れてもらいました」
「そうなん? あ、航河は千景ちゃんに挨拶した?」
「しましたよ」

 航河君と話している間、何故か早瀬さんはこちらを見てニコニコしていた。

「……ふーん。……早瀬さん? 千景さんに手出しちゃ駄目ですよ?」
「え? 何で? 初々しくて、子どもみたいで可愛いじゃん千景ちゃん。ご飯くらい……」
「ダメです! 早瀬さん千景さんの倍以上の年齢なんだから。ちゃんとわきまえてください。あと、子どもみたいは余計だと思います。……千景さん? 早瀬さん若くて可愛い子好きだからね。気を付けてね」
「えっ、あっ、う、うん!」
「酷い言い草だなぁ航河。まっ、気にしないでね? 千景ちゃん」

(えっ……早瀬さん私の倍以上の年齢なの……!? アラフォーってこと!? 下手したらアラフィフとか……? み、見えない……)

 そう言って、こちらも年相応には全く見えない早瀬さんは、そのまま颯爽とキッチンへと入っていった。反対に戻ってきた航河君は、難しい顔をしている。

「ん? どうしたの?」
「いや……何かあったら、すぐに俺に言ってね。千景さん抜けてそうだもん」
「えっ、それどういう意味?」
「そのまんま。隙多そうだから。あの人は、危ないからね。良い?」
「……うん。分かった」

(……っていうか、しれっと可愛い子、って桐谷君言ってなかった……? それに、千景さん、って。私も、航河君……って呼んだら良いのかな……?)

 深い意味はないだろう言葉の奥を思案しながら、私は仕事へと戻った。

 ――まだこの時は、航河君の吐いた言葉の意味を、測りかねていた。

 その数ヶ月後、身をもって体験するまで――。
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