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第12話

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 ルイサはなにも言わない。俯いたまま、ただジッとしていた。

「魔王がなにもしてこない、それに、魔王にやられたという噂もないから、反対に『倒せるかも』と算段した人間がチラホラ来てしまった。例えばそこの、ドラァドのように。それで様子を探らせるために、私を城へ向かわせた。結果はこのときは問題なかった。なんせ、セリカは追い返す程度でしか人間を攻撃しない。その程度の力でも、一度追い返されれば、敵わないと思ってもう来なくなる人間が多々だから」
「……殺さなくて良かった」
「でもこれで、周りの人間が大量にこの城に来てしまう可能性も、その結果セリカが倒されてしまう可能性も出てきてしまった。セリカが自分の城に来たことも一因のようだね? 彼女は、自由に移動できる手段を得たことを知ってしまった。今までのように、魔王城へ閉じ込めておくことができないかもしれない。……このあとは……短絡的としか言いようがないよ」

 ブルックスはなにも言わないルイサの代わりに占い師の男を睨みつけたが、彼もなにも言わずに黙ってしまう。

「話したそうだね。この占い師の男……友人に。『誰かに殺されるくらいなら、自分の手で殺したほうがいい』と。私たちが色々と嗅ぎまわっていることも知ったのでしょう。それを行動に移したのが今日だった。誰かにやられる前に、早く。確実に」
「そんな……」
「間違っているのならば、教えてください。私は、アナタのその口から真実が聞きたい。彼女は本当に、魔王なのですか? ……私は本当に、勇者なのでしょうか」
「……だ」
「……?」
「……その通り、だ」

 ルイサの弱弱しくぶっきらぼうな言葉を聞いて、セリカは思わず彼を見た。

 「『その通り』……ですか。それは、どっちに対するものでしょう? 『私たちがそれぞれ魔王と勇者である』ことでしょうか? それとも……『あなたが自分のためにセリカを魔王にした』ことでしょうか」
「……」
「いけませんね。曖昧なお返事は。……そうですね、では、もう一度この占い師さんからお話していただきましょうか。詳細に。一言一句、取りこぼしの無いように」
「ルッ……ルイサぁ……っ!!」

 この空気に耐えられなくなったのか、占い師は涙目になりながらルイサに訴えかけた。周りの兵士も、魔族もなにも言うこともすることもできないまま、ただジッと彼らのやり取りを見ていた。

「俺が! 俺がやったんだ!! 俺がルイサにやろうって言ったんだ!!」
「……っ……やめろ!」
「だ、だから!王はなにも悪くない!! 俺がひとりで勝手にやったことだ! だからもう、もう王は離してくれ……。俺がなんでも罰は受けるから……」

 『王であるルイサが何か言うより先に、自分がなんであれ罪を認めてしまえば良い』と、彼は思ったのだろう。もしかしたら、どこかに救いがあるかもしれない。そうでなくても、少なくとも昔から仲良くしてくれた、身分関係なく自分を友人と呼んでくれたルイサが無事ならば、もうそれでいいと。つまり、ブルックスの話した内容は間違っていなかったのだ。自分が圧に負けて離してしまったことに、占い師は罪悪感を感じていた。――身分の違う女性にただ恋をすることの、いったいなにがいけないというのだろうか。彼にとって、ルイサはよき主であると同時によき友だった。親を早くに亡くし、血反吐を吐きながらこの国のために頑張ってきた王は、日に日に占い師の知っているルイサではなくなっていった。そんなルイサが、セリカの話をするときだけは、目を輝かせて少し恥ずかしそうに笑うのだ。たったそれだけのことでさえも、許されないだなんて。辛そうな友人のために、自分はなにもできないだなんて。

「ね、ねぇ……」

 なんとも言えない空気の中、先に言葉を発したのはセリカだった。

「なんだい? セリカ」
「それで、結局私は魔王なの……? それとも、そんな神託は本当になかったの?」
「……君は魔王じゃない。神託は……なかった……。あぁ、なかったんだ」
「ルイサ!!」
「もういいんだ! ……ありがとう、私のこんな茶番に付き合ってくれて。私のことを庇ってくれて」
「ルイサ……」
「神託はなかった。セリカは魔王じゃない。すべてそこのふたりが言った通りだ。……セリカが好きだった。独り占めしたかった。……だから嘘を吐いた」

 項垂れるルイサは、次に顔を上げたときなにもかも覚悟したような表情をしていた。

「私魔王じゃないの? じゃあ殺されない? あぁぁぁぁ、良かった! 本当に良かった……!」

 ルイサとは正反対の表情を浮かべるセリカは、そのままルイサの元へと駆け寄っていった。

「ルイサ王。……ええっと、正直アナタのしたことは簡単には許せないわ。だって、私アナタが原因で死ぬかもしれなかったんだもの……ホラ、実際殺されるところだったし……? だけど、うーん、恋焦がれる気持ち……? え、自分で言うのも恥ずかしいのだけれど。その気持ちは、わからないこともないって言うか……。だから、その、気を落とさないで……?」

 ハッキリと庇うことはできないが、それでもせめて励ますことはしたいと、セリカはルイサへ手を伸ばした。予想外の反応に、ルイサは顔を赤くさせて固まっている。

「……セリカは優しいね?」

 その姿を見ていたブルックスが不意に口を開いた。

「ブルックス、まさかそんな、この事態が狂言だなんて思わなかったわ。でも、もう終わったのよね? 私もブルックスも、魔王と勇者から解放されるのよね?」

 無邪気な笑顔でセリカは言う。

「すまなかった。どんな処遇も甘んじて受けよう。私が元凶だ。……逃げも隠れもしない。……友人にも……悪いことをした」

 ――それは、セリカの手を取り、ルイサが立ち上がろうとした瞬間だった。

「セリカ? ソイツの手を取るのかい?」
「え、だって、私はもう……」
「確かにセリカは魔王ではなくなって、僕も勇者ではなくなった。……そうしたら、僕はセリカと離れ離れになってしまうじゃないか。……僕が君に言った言葉、覚えてる?」
「あ……そ、その……ひっ、一目惚れ、の話……?」
「それももちろん。すべてセリカのためを思ってしたのに、魔王ではないとわかったのに、それだけ、なの?」
「もちろん! ブルックスの気持ちは嬉しいわよ? だって、その、わ、私もブルックスのことは素敵だと思って、それで頼りになって、カッコイイなって……。それに、その……。この間から、考えているんだけど。すべて終わったら……って話」
「あぁ! 良い話が聞けると、僕は思っているよ?」
「わ、私もそう思っている……わ?」

 セリカの表情が少しだけ曇る。彼女はブルックスに『愛している』と告げるつもりだった。それなのに、なんとも言えない胸のざわめきが、その言葉を飲み込ませている。

「……セリカはもしかして、まだわかっていないのかな? 誰かを愛するということが、いったいどういうことなのか……」
「ブルックス……? な、なんだかちょっと怖いのだけど……?」
「ねぇセリカ。君のことを独り占めしたいと思ったのは、ルイサ王だけだと思っている?」
「……え?」

 心臓の鼓動が早くなる。

「『アナタを守るためならば、僕が魔王となることも厭いません』。――言葉通り、僕は今日からセリカの代わりに魔王になる。そして、セリカはこの城から出さない。……僕のお姫様だから」

 以前聞いたときと同じ言葉なのに、なぜかまったく違う言葉のような気した。

「ブルックス!?」
「お、お前!!」
「いやだな? 大したことはしませんよ。僕が魔王になるのは、ルイサがしたことの尻拭いだ。だから少しばかり、みなさん僕の余興に付き合ってくださいね?」
「ど、どういうことだ……?」
「セリカは僕を愛している。僕もセリカを愛している。そこへちょっと、横やりを入れてくれればいいんですよ。なに、ただのお遊びです。なにがあっても僕はセリカを守ると、ただそれを伝えたいだけです。……それに、ルイサも国民に『この魔王勇者騒動は自作自演でした』なんて言いたくないでしょう? ――だから、少しできてしまった人間と魔族の溝を、お互いの力で解決に導いていきませんか?」
「そんな話……」
「ルイサに断る権利はないと思いますよ? セリカは魔王じゃない。魔王じゃないなら、魔王はいないから勇者は要らない。……溝を埋めるために、魔族を率いる者が必要だから、僕がなるだけなんです」
「ぐっ……」
「自分で蒔いた種は、自分で刈り取らなければなりませんよ? ……さぁ、新たな魔王の誕生です」

 高らかに宣言したブルックスを、みなはただ見つめていた。セリカがルイサから神託を受けたときのように。疑問を持つことすら、許されないような。

「何度でも言いますが、魔王になったからと言って、人間と争う気はありません。その点は、くれぐれもお間違いのないよう。――そして、またこの国で魔族と人間がともに歩けるようになったら。そのときは、セリカを妻として迎え入れます」

 ブルックスはセリカの元へ歩み寄ると、その手を取って口づけた。何度もかわしてきたこの行為が、今回は今までの中で一番意味を持つものとなった。

「愛しています、セリカ。それは、アナタが魔王でも人間でも変わらない。必ずまた元の関係に戻しますから」
「ま、待て! そこにセリカの意志は……!?」

 食い下がるようにルイサが大きな声で制した。

「私たちはお互いに好き合っているんだ。……もし、君がまだセリカを好きだというのなら……奪ってみせるかい? 魔王の元から」

 自信たっぷりの目でブルックスはルイサを見た。

「……絶対に、渡さないけどね?」

 こうして、魔王だったセリカはただの人間に戻ったものの、自分を愛するがゆえに新たな魔王となったブルックスとともに、今まで通り? 魔王城で生活していくこととなった。
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