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第1話

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 「どうしよどうしよ! 勇者が来ちゃうじゃん!」
「お、落ち着いてください魔王様……」
「ちょっとガーラ! いつも私のことは【セリカちゃん】って呼んでって言ってるでしょ!」
「も、申し訳ありませんセリカ……ちゃ、ちゃん……」

 オークのガーラが派手な衣装に身を包んだ、年頃の女の子を【セリカ】と呼んだ。サラサラとした薄茶色のロングヘア―にスラッと伸びた華奢な手足。大きく済んだ青色の瞳は、まるで空の色が反射しているかのように暖かく爽やかだ。困ったような、恥ずかしいような複雑な表情を浮かべるオークとは反対に、このセリカと呼ばれた女の子は満足げに笑っている。

「それで? ちゃんと勇者の進行具合を確認して、お城の中へ入れるようにしてあるんでしょうね?」
「もちろんです! 今回は前回の経験を活かして、人間に友好的なガーゴイルに道案内を頼みました!」
「よろしい! ……前回は、適当にドラゴン配置しちゃったから、炎で丸焦げになって大変だったもんね……」
「そうですね……もう少し、レベル上げしていると思ったのですが……」
「仕方ないよ、パーティ組んでくるのが定石だけど、勇者ひとりで来てるんだから」
「確かに」
「でもまさか、生きてるとは思わなかったわ。すぐ治癒魔法かけて正解だったわよね」
「意識は朦朧としていましたが、傷も綺麗に治りましたし。お礼を言って帰ったときは、なんだかちょっと親近感が湧きましたね」
「わかる~! 勇者にお礼言われる魔王ってなに? とも思ったけど」
「根本は人間なのですから」
「……あーあ、もしかしたら、私が【勇者】だったかもしれないのかな」
「……私は、アナタが魔王で嬉しゅうございますよ。セッ、セリカちゃん」
「あら、ありがと」

 セリカは魔族ではなく、人間である。人間であり魔王であった。胡散臭い占い師の受けた神託とやらのおかげで、ある日突然魔王と呼ばれ住む地を追い出された。魔物側にもその神託はあったようで、セリカを多くの魔物が迎えに来たあと、いわゆる魔王城へと連れていかれ、魔王として君臨することになったのだ。
 その日、セリカとともに神託を受けた人間がもうひとりいた。それが【勇者】である。
 特別な力はあいにく持ち合わせていなかったが、魔王となるにあたって渡されたペンダントに、恐ろしいほどの魔力が込められていた。ただの女の子であったセリカは、一夜にして世界最強の強さを手に入れたのだ。それでも、セリカはなにも変わらなかった。城の中で魔物たちと遊び、ともに勉強をして時々やってくる人間を申し訳ないと思いつつ撃退するくらいだった。
 魔王は世界を滅ぼそうとはしなかった。滅ぼせば、自分の帰る場所が永遠になくなってしまうから。セリカはまた家族の元に、友人の元に帰れると思っていた。自らの手で壊すつもりはなかったのである。

 ――この世界で、魔族と人間は共存していた。ある日突然降りた神託の結果、大きな争いは起こっていないものの以前ほどの親密さは影を潜めている。誰かのせいで仲違いした友人のように、その関係は緩やかに冷えていった。それでも、セリカは世界を手にかけるつもりはなかった。だが、一部の人間たちのあいだで日に日に激化する魔族への嫌悪感を止めることもできなかった。たとえ自分が人間だったとしても、神託を受けたその日からセリカは【魔王セリカ】であり魔族の長となったのだから。

「――魔王様―!!」
「セ、リ、カ、ちゃ、ん!!」
「すみませんっ! セリカちゃん! 勇者がやってきました! まもなくガーゴイルの元へ到着します!」
「おっけー! ささ、お茶会の準備を始めて?」
「承知いたしました!」
「たまには私だって、人間とおしゃべりしたいのよ」

 セリカに命じられ、今まで喋っていたオークと伝達にやってきたドラゴニュートが、いそいそと王の間を後にした。ペコリと頭を下げる仕草が、なんとも人間味があって面白いと、セリカの心を安堵させる。魔王の城はとても大きかった。が、この城に人間はセリひとりしかいない。僅かなものから人間に関することを見出し、自分が人間であることを忘れないようにしていた。人間がいないこの場所で、いつかは自分も人間ではなくなってしまうのではないかという不安と戦っていた。

「セリカちゃん? そういえば、先日偵察部隊が見つけた、人間たちのあいだで人気のお菓子、手に入りましたよ!」
「ホントに!? やったぁ! 勇者も喜んでくれるかな?」
「きっと喜んでくれますよ! 一緒に飲み物も買ってきました!」
「え、その見た目で大丈夫だったの!?」

 セリカの疑問はもっともで、今話をしているのは先ほど勇者の来訪を伝えてくれたドラゴニュートなのだ。明らかに見た目が人間ではない。今は魔族に物を売ってくれる人間は減ってきており、魔族が元々持っていた独自のコミュニティと技術で生活は成り立っていたが、人間が主として作る物を手に入れることは難しくなっていた。以前は人間の住む地域に顔を出してもなにも言われなかったし、同じ施設を利用することも同じものを食べ同じものを買うことにもなにも言われなかったが、今は違う。だからセリカは驚いていた。

「私の人脈を舐めないでくださいよ? これでも以前は、人間の商人ギルドの護衛についていたもんですから。……こうなってしまった今でも、良くしてくれる人はいるもんです。代わりにこっちで採れるハーブをちょいと見繕って渡しておきましたよ。こっちにあるモノを手に入れられなくなったのは、人間も同じですから」
「それはそうね」
「他にも協力してくれる人間は見つけたいですね。……昔みたいに……って、そんなに時間も経ってないですけど。仲良くできるのが一番ですよ。不要な争いも起きませんしね」
「……あなた、めちゃくちゃ人間っぽいことサラッと言うわね」
「長年人間と一緒にいましたからね。みんなそんなもんですよ」

 そう言ってドラゴニュートはガハハと豪快に笑った。

「ささ、セリカちゃん。勇者を迎えに参りましょう」
「そうね、行きましょう」

 セリカは城の入口へと向かった。勇者とは何度か争ってきたが、直接会ったのは前回勇者がドラゴンに焼かれたときが初めてだった。セリカは勇者を魔法で治した後、意識を取り戻した勇者がしっかりと目を開けないうちにその場から離れた。うっすら開いた瞼の奥に見える勇者の瞳に映る魔王となった自分を、なんとなく見たくないと思ったからだ。だから、見える前に勇者から離れた。もしかしたら勇者には自分の姿が見えていたかもしれないが、それについてはどうでも良かった。

 魔族たちに戦う意思はない。魔族が人間に手を出すときは、自分の身や同胞の身に危険が迫ったときか、特別な事情がありやむを得ないときである。それは今も昔も変わらずで、人間の行動と遜色なかった。だから今回も勇者に真っ向から挑むのではなく、話し合いでお互いの状況を打開できないかと考えていた。お茶会を開くなんて、勇者は夢にも思っていないだろう。だが、前回治療の御礼に頭を下げる勇者を見て、セリカは可能性に賭けることにした。
 勇者と戦う意思はない。心構えもない。大火傷を負わせたドラゴンもそれまでの魔物も、ちょっと怖がって逃げ帰ってくれればいい……それくらいの気持ちで配置しただけだった。

 だから、どうか勇者にも同じ気持ちでいてほしい――。

「……来た」

 セリカはその目にガーゴイルを見据えた。勇者を迎えに行ったガーゴイルだ。その後ろを人あいだが歩いている。

「勇者」
「……魔王だな?」

 ガーゴイルは魔王の後ろへつく。勇者と魔王の間に、サッと心地良い風が吹いた。
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