一人分のエンドロール

三嶋トウカ

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野元最乃①

繰り返しに至る_4

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 「――いらっしゃいませー!」
「……あ、どうも」
「あらっ? お昼にもいらしてくださいましたよね?」
「はい、あ、パスタのこと教えてくれてありがとうございました。ほんと、美味しかったです!」
「いえいえそんな。……でも、気に入ってもらえたようで良かったです!」

 カフェの中でカフェに関係することを話す。まったく怪しくない。だからこそ、彼女も笑顔で返してくれるのだろう。営業スマイルとはいえ、自分にこの笑顔が向けられるのは嬉しいものだ。……もしかしたら、営業、ではないのかもしれないし。

「えーっと。美味しかったから、その、またすぐに食べたいなって思ってしまって。確か、パスタもテイクアウトできますよね? 他にお勧めのパスタってありますか?」
「それでしたら、ペペロンチーノもお勧めですよ! お昼だと、ニンニクが気になって食べないかたもいらっしゃるんですけど。私好きなんですよね、ニンニク……って、完全に自分の好みになっちゃうんですけど。あ、でも、電車とか乗られますか? あんまりニオイが強いと周りが気になっちゃうかな……」
「電車は乗るんですけど、やっぱりニオイ漏れちゃいますかね?」
「んんー……。漏れちゃう、と思います。でも、すっごく美味しいんですよ!? 中にはカフェで夜ご飯として食べていかれる常連さんもいらっしゃいますし……。美味しいから食べてもらいたい……けど、迷惑になっちゃうのは良くないし、周りから見られるの私じゃないし……」

 俺の質問にこんなに真剣に考えてくれるなんて、なんて良い子なのだろう。一生懸命悩んでいる。たがだか赤の他人の夜ご飯だというのに。

(……そんなに美味しいのかな……)

 彼女がそれほどまで気にしているペペロンチーノの味が気になってきた。

「それください。えっと、ペペロンチーノ? 持ち帰りで。ニオイはまぁ、今晩だけ許してって感じで……」
「ありがとうございます! ほんとに美味しいので! 後悔はさせないですよ!」

 悩んで少しばかりしかめっ面になっていた彼女の顔が、一気にパァァっと明るくなった。たったそれだけのことなのに眩しく見える。

「ついでに、お昼に食べたヴィクトリアケーキも美味しかったので、それもお願いします」
「かしこまりました! ペペロンチーノとヴィクトリアケーキ、テイクアウトでご用意しますね!」

 このやりとりだけなら、ほのぼのとした日常だろう。この後待っている事態を考えなければ。いたって普通の。

 会計を済まして俺は空いている席へ座った。まだ早いこの時間、サラリーマンの数は少なく学生が多いように見えた。席はまだまばらに空いており、テーブルに置かれた品物もカフェラテやジュース、マフィンといった軽食が多い。

(まだ仕事終わりではないのだろう……)

 彼女は働いていた。どうやら、上がりの時間はまだのようだ。あの、歩道橋を上る時間の少し前が退勤時間なのかもしれない。

(聞いてみるか?)

 ナンパ男か不審者になるかもしれない質問を、俺はするべきかしないべきか悩んでいた。

「お待たせいたしました! 番号札1番でお待ちの方ー!」

 他にテイクアウトを待っている客はいない。俺は手に握っていた1番の番号札を持ってカウンターへと向かった。

「お待たせしました! ペペロンチーノと、ヴィクトリアケーキです!」

 手渡してくれたのは彼女だった。

「ありがとうございます。……あー……」
「どうかされましたか?」

 不審者に思われるかもしれない、が、きっとこれは必要な確認だ。自分にそう言い聞かせて、俺は件の質問をすることに決めた。しかし、単刀直入に聞いても答えてくれないかもしれない。ここはさり気なく、かつ違和感のないように話を膨らませてから質問しなければ。

「えっと、お姉さん、割と最近ですよね? ここで仕事始めたの」
「えっ?」
「……あ! 別に! 変な意味はなくて! 俺、そこそこここに通ってて……って言っても、普段はコーヒーばっかりなんですけど。仕事中だから。前はいなかったよなって思ったんですけど……あーでも、ごめんなさい。どう考えても変な質問ですよね……」

 当たり障りない感じで会話を始め、なんとか今日の予定を聞き出そうと思った俺だったが、慣れないせいかぶしつけな質問をしてしまった気がする。

「あはは、お兄さんの言う通りですよ。私、先月からこのお店で働き始めたんです。伊織、元伊織って言います。このカフェ好きで、社員として働きたかったんですよね」
「あ、そうなんですね。そっか。そりゃそうか、本当、最近ですね」
「えぇ。前はただの常連でした。お客さんでなら、もしかしたらお店の中で一緒になっていたかもしれないですね」

 カラカラと無邪気に笑う彼女の笑顔が眩しい。俺からしたら、いきなりこんな少しばかり会話した良く分からない男に、自己紹介までしてくれるなんて天使と言っても過言ではないと思っている。

「お客として通ってですから、本当に美味しいですよ? このペペロンチーノ。友達みんなに勧めてるんですよ。だから、安心して食べてくださいね?」
「あ、あぁ、はい。今から楽しみです。っと、元さん? はいつも一日入ってるんですか? 社員さんって言ってたから。このお店22時までやってるし、飲食店って結構拘束時間長いですよね」
「そうなんですよ! 長いんです! でも、楽しいんですよね。自分が好きで入った仕事なんで。あ、今日はそこそこ早いですよ! ……今何時でしたっけ?」
「今は……」

 俺は自分の腕時計を確認する。

「18時半ぐらい、ですね」
「私、今日は朝から入っているので。19時上がりなんです。遅い時は、22時過ぎてお店閉めてから上がるんですけどね」

(なるほど、今日は19時上がりか……)

 俺はもう一度腕時計を確認した。
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