一人分のエンドロール

三嶋トウカ

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野元最乃①

繰り返しに至る_2

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 「……う……スマホ……」
 身体が重たい。ゆっくりと眠れなかったのだろうか。開こうとしないまぶたをなんとかこじ開けて、俺はスマホを見た。
「……やっぱり、進まないなぁ」
 また日付は、今日を指していた。
 6回目となると、先回りして色々な行動が取れてしまう気がする。が、どこまで今日という日を変えて良いのかがわからない。わからないから迂闊な行動が取れなかった。

 ――俺は、元々彼女を知っていた。

 自分が勤める会社の隣のビルに入っているカフェで、社員として働いている。……いや、何度も死んでいるのだから、いた、と言った方が正しいのだろうか。
 このカフェはアルバイトとパート、社員とで制服のエプロンが違っていて、彼女は正社員である黒を着用していた。名札は下の名前がローマ字で書かれたものをつけていて、そこで彼女の名前が【IORI】であることも勿論知っていた。何度か接客も受けており、こちらは顔を覚えていたが、常連とまではいかないし日々大勢の人間を相手にしている社員の立場では、俺のことを一個人として認識するのは難しいだろう。

(……取り敢えず、行ってみるか……)
 何事もなかったかのように俺は6度目の午前中の仕事を終え、彼女の働くカフェへと向かった。

「――いらっしゃいませ!」
 ――彼女だ。
「……あ……えっと、カフェラテと、この本日のパスタって何ですか?」
「本日のパスタは、サーモンとほうれん草のクリームパスタになります」
「じゃあそれください」
「かしこまりました! カフェラテは、アイスにしますか? それともホットにされますか?」
「アイスでお願いします。えっと、Mサイズで。……すみません、あとこのヴィクトリアケーキもお願いできますか?」
「はい。アイスカフェラテのMサイズに本日のパスタ、ヴィクトリアケーキですね」
「お願いします」
(別に、いたって普通に見えるけどな……)
 彼女は淡々と店員としての作業をこなしていた。俺はお金を払って隣のカウンターに並び、ドリンクとケーキを受け取ると、パスタの出来上がりを待ちながら彼女の見える席へと座った。
 時々他の店員と喋りながら、彼女は仕事をしている。流石にじっと見ているとバレてしまいそうだから、スマホを隠れ蓑にしながらチラチラ覗くことにした。

「番号札3番でお待ちの方ー!」
「あ、はい」
 俺のパスタができたようだ。湯気を立たせたクリームパスタは、美味しそうな匂いを漂わせながら深皿の中に綺麗に盛り付けられていた。
「このパスタ、美味しいんですよ」
「……そうなんですか?」
「えぇ。私も良く食べるんです。好きなので、クリームパスタ」
「……へぇ」
「あ、ごめんなさい。急に話しかけてしまって」
「いえ、そんな」
「大事なお昼休憩取っちゃいますよね。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう、ございます」
 彼女はにっこりと笑って、俺にパスタを差し出してくれた。

(……これは、初めての展開だ)
 そもそも、俺がこの店に今日来る予定はなかった。コンビニ弁当を過去5回は買っていたからだ。今までとは違ったアクションを起こすためにと、まずはコンビニ弁当をやめて彼女の働く店へ食べに行くことにした。別に彼女の店に行く必要はなかったかもしれないが、どうせなら洋右を確認しておきたかった。
 そして話しかけられた。この店に来ること自体が初めての展開だが、ループ前に何度か通っているがそれを含めてもこうして話しかけられるは初めてだ。
(これは幸先が良いかもしれないぞ……?)
 もしかしたら、6回目にしてループを脱出できるのかもしれない。……なんてお気楽なことを、俺はこの時考えていた。

「いただきます」
 周りに聞こえないくらいのボリュームで、俺は食事の前の言葉を口にする。クリームパスタは確かに美味しくて、モチモチとした麺にとろりと絡まるクリームソースが最高だった。もし次もたべる機会があるのなら、ぜひまた頼みたいと思うくらいには。
 食べている間も、彼女を見てみる。特におかしな様子はない。当り前と言えば当たり前なのか。だって、別に彼女は自殺するわけでも、失踪するわけでもないのだから。今までの3回はすべて事故だった。足を滑らせたり、人にぶつかったり。

 ――それならば、いっそのことあの事故に遭うよりももっともっと前の時点で声をかけてみるのはどうだろうか。……いやいや。こんなうだつの上がらないアラフォーの俺に声をかけられたって、不信がって拒否されるに違いない。そうしたら、2回目の時と同じように足早に逃げられて事故に遭うかもしれない。
 そう考えながら、今の自分の容姿を考えてみた。ヨレヨレのスーツを着て、毎日風呂に入っているが髪の毛もセットしていない。体格は中肉中背で身長も平均より少し上だが、これだけ労働基準法云々言われる時代になったにも関わらず、深夜残業から休日出勤まで兼ね備えている会社に勤めていて仕事のし過ぎで顔色が悪いと自任している。さっきは客としてきたから話してくれたのだろうが、外で声をかけようものなら無視されてもおかしくはないだろう。それこそ、2回目のように一瞥されても仕方ない。3回目にバス停を教えてくれたのは自分でも奇跡だと思っている。

「……まずは見た目から入るべきだったか……」
 今日の変更点をこの時点にしたことを少し後悔しながら、俺は残ったパスタを平らげ余ったカフェラテを持って席を立った。ちょうど、食器の返却口には彼女がいて、こちらに気づくとにこりと笑った。
「ありがとうございます」
「ご馳走様でした。確かに、美味しかったです」
「それは良かった! また、来てくださいね。ありがとうございました!」
「は、はい」

 眩しい笑顔を胸に受け止めながら、俺は会社へと戻った。
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