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Stage1_C
ウイジンキネン_ゼン_5
しおりを挟む鐘の音を合図に、BさんはAさんを気にしながらも、背を向けて走り出した。逃げ出さないことには、帰れないのだ。もしかしたら、タチの悪い悪戯だと思ったかもしれない。だが、もし悪戯ではなかったら――と、そんな気持ちがあるのだろう。
時間にして三十秒ほどだろうか。走るのをやめて歩きだした。ここまで来るのに、トラップらしいものには引っかかっていないし、見える範囲には確認できていない。
「……グレイ? 音声」
「……あっ……!」
丙がマイクをオフにして、改に小さく呟いた。その指はモニタのBちゃんを指さした後、自身のインカムのマイク部分へ移動する。それが意味することを理解した改は『しまった!』という顔をして、慌てて取り繕う。
「あぁ、すみません僕としたことが……! AさんBさん両者の音声を入れておりませんでした! 申し訳ありません! フルバージョン、ダイジェストバージョンの映像作成時には、きちんと載せますのでご安心ください。撮影はできておりますので!」
そう言って、今まで観客に聞こえていなかった音を拾えるように機械をいじった。
『……ない。ほんっとに、意味わかんない!』
『なんなのよここ……出口どっちよ……』
『トラップとか冗談でしょ? 死ぬってなによ……。ドッキリなの? 悪戯? ……ほんと、気味悪い……』
『もうやだ気持ち悪くなってきた……』
『あの変なの以外に、誰かいないの……?』
『……大声も出せないし。見つかっちゃう……』
「――はい、ちゃんと聞こえますね。はぁー……良かったぁ……」
モニタには、観客からのコメントが流れている。が、それぞれが優しい内容だった。初めから完璧ではないほうが、人間味があって観客には良いらしい。怒られると思っていた改は、それらのコメントを見て安堵した。と同時に、次は失敗がないようにと肝に銘じていた。……優しい観客たちは、それすら【演出】だと思ってくれるかもしれない。
「トラップ、まだ一度も遭遇していませんね?」
「そうだね。運が良いだけなのか、それとも、単純に最初には設置されていないのか……。難しいところだね」
「みなさん、トラップの配置を共有しますので、申請されたかたは表示上の右下、トラップボタンを押してください」
「今回も、全員対象ではなさそうですね~?」
「そうなります! ですので、申請されていないかたで、やっぱり見たい! という場合は、途中からでも見られますので気軽に申請してくださいね!」
「割とオンにしていても、ドキドキ感は楽しめるからね。トラップに向かう向かわない、それに、そのトラップの殺傷度もわかる」
「こちらもオンにしました。えー、初めて参加、もしくは初めてこのゲームでトラップオンにされるかたへ向けてお伝えします。配置共有は、位置情報だけでなく、トラップの種類、殺傷度も確認することができます。……とはいえ、詳細とまではいきませんが」
「親切機能ですよね~。自分の賭けの当たり外れの予想も、そこから拾うこともできますし~」
「……極力、ネタバレの無いように配慮しますので、見てらっしゃる方々も、どこになにがあるかはコメントに載せないようお願い申し上げます」
改が説明している間も、Bさんは歩みを止めてブツブツと独り言を呟いている。この瞬間は、参加者の気持ちは共通しているのかもしれない。
ボーン――ボーン――ボーン――ボーン――。
『えっあっ嘘……! や、やだ、やだぁっ……!!』
「おおっと――!? 今まで立ち止まっていたが、Bさんが急に走りだした!!」
「やっと鐘の音が鳴りましたね~。なんだか長かった気がします~」
「これでAさんもスタートしたね」
「二人はどんな追いかけっこを見せてくれるのでしょうか!?」
「楽しみです~!」
「面白いゲームを期待してしまうよね」
「僕も楽しみです! ……しかし、Aさんはもっとこう、走ってすぐに捕まえるのかと思いましたが。そんなこともないようですね……?」
鐘の音を合図に走りだしたのは、AさんではなくBさんだった。すべてのトラップの配置を理解しているAさんは、Bさんが逃げていった道を選び進んでいく。走るのではなく、歩いている。Aさんは、トラップの位置は理解していても、Bさんの位置を理解しているわけではない。トラップを避けて追いかけたとして、必ずしもBさんに追いつく保証はない。ターゲットがどの道を通って逃げているかわかるようなオプションもあるが、Aさんはそれを選ばなかった。――このタイプは、よほどターゲットに対して強い恨みや嫌悪感、憎悪を抱いていることが多い。そして、わざと逃がして次回以降も参加することが多くみられる。何度もゲームを繰り返し、肉体的にも精神的にも痛めつけるために。楽には死なせない。……そんなマイナス方向に強い気概が見受けられる。
それだけターゲットを許さない気持ちが強いため、いざ死なせる時は綺麗には殺さないのだ。トラップで死ぬ場合もあるが、その場合は死んだ後に損壊される。グチャグチャに潰されて肉片と血液は飛び散り、依頼者を赤黒く染める。粉々にした骨をさらに踏みつぶし、人によっては皮を剥ぎ爪をはがし、髪の毛も毟る。お腹を捌いて内臓を引きずり出し、頭蓋は割られてそう味噌が溢れ出す。銃があれば的にして身体はハチの巣になり、ナイフや包丁があれば細かく切り刻まれる。その間、依頼者は何やらブツブツと呟くのだ。笑い嘲り、泣きながら怒号を飛ばして。ターゲットが人としての尊厳も無くなり、ただの残骸へと成り下がってようやく、依頼者はカタルシスを迎えて立ち尽くす。
――それが、依頼者にとっても観客にとっても、このゲームの醍醐味だった。
まだ、Bさんはトラップに引っかかっていない。だが、Aさんは楽しむように事前にトラップを選んで設置を依頼している。
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