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第1章
10 【レティシア視点】王太子との婚約破棄
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大貴族の娘として生まれた以上、政略結婚は当たり前だと思っていたため、王太子との婚約が決まったと聞かされたときも、特に感情がわくことはなかった。
レティシアは元々感情表現が苦手な人間だった。
家族や、屋敷の使用人たちとの関係は良好だったので、大きな問題もなく幼少期を過ごしていたレティシアだったが、王太子アレクシスとの婚約、学園への入学など、多くの人と関わることが増えると、そうもいかなくなった。
無表情で何を考えているかわからないと思われるなら上々。見下されている、怒っていると思われることも多くあった。
特にアレクシスとの関係は上手くいかず、レティシアの悩みだった。政略的なものとはいえ、婚約者として相手のことを理解したい、少しでも良好な関係を築きたいとレティシアなりに思っていたが、アレクシスはレティシアのことを嫌っているようだった。
人伝えに聞いた話によると、レティシアの表情のない淡々とした態度も、王太子である自分よりも頭が良いことも、王妃に可愛がられていることも、何もかも気に入らないと話していたらしい。
感情表現が苦手なりに、レティシアもアレクシスと良好な関係が築けるように努力をしてきた。それに、レティシアは特別頭が良いわけではない。将来アレクシスを支えるためにと礼儀作法だけでなく学問も真面目に学んできただけだ。王妃からは、レティシアの勤勉さが認められ、可愛がられていたと思うが、それが気に入らないと言われても、レティシアにどうすることも出来ない。
(私は、どうしたら良いのかしら)
何もかも気に入らないと思われていると知って、レティシアはアレクシスとどう接すれば良いのか分からなくなっていた。
学園に入学ししばらく経った頃、アレクシスとキャロルという少女が噂されるようになった。
レティシアも二人が楽しそうに笑い合う姿を何度も見かけた。それは、アレクシスがレティシアには一度も見せたことのない表情だった。
傷つかなかったと言えば嘘になる。
恋愛感情はないとしても、アレクシスは幼い頃からの婚約者なのだ。
このまま見てみぬフリをしておきたかったが、王太子の婚約者としての立場や、他の令息令嬢の目もある。
キャロルに「婚約者のいる男性との距離感について」そっと諭したが、無視された。
そして、そのことがアレクシスの耳にも入り、彼の怒りを買うことになった。
学園パーティーでアレクシスに婚約破棄を言い渡されたとき、誰もレティシアの見方は居なかった。仲が良いと思っていた令嬢たちも、ヒソヒソと遠巻きで眺めているだけだった。
(私の友人ではなく、「公爵令嬢」の友人だったのね……)
王太子に婚約破棄され、今後は社交界でも弾かれる未来しかないレティシアは、利用価値がないということだった。
政略的な婚約を王太子の一存で破棄できるわけではない。学園パーティーでの騒ぎのあと、王家とオルティース家で話し合いが王宮で行われた。アレクシスも喚ばれたはずだが、姿を見せることはなかった。
王と王妃からはアレクシスの行いを直接謝罪された。
できれば、このまま婚約を継続させたいとも。
父はレティシアの意向を尊重してくれると言った。レティシアが望まないのなら、無理する必要はないのだと。
レティシアはアレクシスの宣言通りに婚約破棄を選んだ。
このまま婚約を継続していても、アレクシスとの仲は縮むことはないだろう。
婚約破棄された令嬢だと社交界から弾かれても良いと思った。
もう努力することに疲れたのだ。
王宮からの帰り、レティシアは王妃の部屋に呼ばれた。
幼い頃から気にかけてくれていた王妃には申し訳ない気持ちが強く、人払いされた部屋に二人きりになったとき、レティシアは涙を流した。
「すみません、王妃様」
幼い頃に母を亡くしたレティシアにとって、王妃は母親のような存在だったのだ。
「レティのせいではないわ」
王妃に優しく抱き締められ、愛称を呼ばれると嗚咽が止まらなくなった。
「取り乱してしまい、すみません」
しばらく王妃に抱き締められ涙を流していたレティシアが、そっと王妃から離れ涙をハンカチで拭った。
「レティ、これからどうするの?」
「これから……」
今回の出来事は既に社交界の噂になっているだろう。婚約破棄が正式に発表されれば、更にレティシアへの風当たりは強くなるのな必然だ。
王太子に婚約破棄されたとレッテルの貼られたレティシアと、好き好んで婚約したがる男性も居ないだろう。
(居ても公爵家の家名目当てや、婚期を逃した殿方……くらいよね)
「ほとぼりが冷めたら、修道院に……」
疲れたレティシアの頭に掠めたのは修道女になる道だった。
レティシアの言葉に、王妃は「そんな、修道院に行くなんて言わないで」と悲しそうな表情になる。
「レティ、貴女がとても疲れているのはよく分かるわ。でも修道院に行くのはまだ早いわ。貴女は若いんだもの」
「でも……」
思い付きだったが、言葉にしてみると、修道女になることが、レティシアにとって一番良い道だと思えた。
「あのね、修道院に行かなくても、王都から離れてみるという道もあるわ」
「王都から離れる?」
「ええ、王都を離れれば、余計な噂話を聞くこともないわ」
確かに、辺境の地へ行けば、噂話を聞かずに過ごせるかもしれない。
アレクシスやキャロルと関わることもない。
「そう、ですね……」
レティシアは王妃の提案に小さく頷いた。
その後、何故か辺境侯爵家の息子と婚約するという流れになり、レティシアは王都から離れることになった。
レティシアは元々感情表現が苦手な人間だった。
家族や、屋敷の使用人たちとの関係は良好だったので、大きな問題もなく幼少期を過ごしていたレティシアだったが、王太子アレクシスとの婚約、学園への入学など、多くの人と関わることが増えると、そうもいかなくなった。
無表情で何を考えているかわからないと思われるなら上々。見下されている、怒っていると思われることも多くあった。
特にアレクシスとの関係は上手くいかず、レティシアの悩みだった。政略的なものとはいえ、婚約者として相手のことを理解したい、少しでも良好な関係を築きたいとレティシアなりに思っていたが、アレクシスはレティシアのことを嫌っているようだった。
人伝えに聞いた話によると、レティシアの表情のない淡々とした態度も、王太子である自分よりも頭が良いことも、王妃に可愛がられていることも、何もかも気に入らないと話していたらしい。
感情表現が苦手なりに、レティシアもアレクシスと良好な関係が築けるように努力をしてきた。それに、レティシアは特別頭が良いわけではない。将来アレクシスを支えるためにと礼儀作法だけでなく学問も真面目に学んできただけだ。王妃からは、レティシアの勤勉さが認められ、可愛がられていたと思うが、それが気に入らないと言われても、レティシアにどうすることも出来ない。
(私は、どうしたら良いのかしら)
何もかも気に入らないと思われていると知って、レティシアはアレクシスとどう接すれば良いのか分からなくなっていた。
学園に入学ししばらく経った頃、アレクシスとキャロルという少女が噂されるようになった。
レティシアも二人が楽しそうに笑い合う姿を何度も見かけた。それは、アレクシスがレティシアには一度も見せたことのない表情だった。
傷つかなかったと言えば嘘になる。
恋愛感情はないとしても、アレクシスは幼い頃からの婚約者なのだ。
このまま見てみぬフリをしておきたかったが、王太子の婚約者としての立場や、他の令息令嬢の目もある。
キャロルに「婚約者のいる男性との距離感について」そっと諭したが、無視された。
そして、そのことがアレクシスの耳にも入り、彼の怒りを買うことになった。
学園パーティーでアレクシスに婚約破棄を言い渡されたとき、誰もレティシアの見方は居なかった。仲が良いと思っていた令嬢たちも、ヒソヒソと遠巻きで眺めているだけだった。
(私の友人ではなく、「公爵令嬢」の友人だったのね……)
王太子に婚約破棄され、今後は社交界でも弾かれる未来しかないレティシアは、利用価値がないということだった。
政略的な婚約を王太子の一存で破棄できるわけではない。学園パーティーでの騒ぎのあと、王家とオルティース家で話し合いが王宮で行われた。アレクシスも喚ばれたはずだが、姿を見せることはなかった。
王と王妃からはアレクシスの行いを直接謝罪された。
できれば、このまま婚約を継続させたいとも。
父はレティシアの意向を尊重してくれると言った。レティシアが望まないのなら、無理する必要はないのだと。
レティシアはアレクシスの宣言通りに婚約破棄を選んだ。
このまま婚約を継続していても、アレクシスとの仲は縮むことはないだろう。
婚約破棄された令嬢だと社交界から弾かれても良いと思った。
もう努力することに疲れたのだ。
王宮からの帰り、レティシアは王妃の部屋に呼ばれた。
幼い頃から気にかけてくれていた王妃には申し訳ない気持ちが強く、人払いされた部屋に二人きりになったとき、レティシアは涙を流した。
「すみません、王妃様」
幼い頃に母を亡くしたレティシアにとって、王妃は母親のような存在だったのだ。
「レティのせいではないわ」
王妃に優しく抱き締められ、愛称を呼ばれると嗚咽が止まらなくなった。
「取り乱してしまい、すみません」
しばらく王妃に抱き締められ涙を流していたレティシアが、そっと王妃から離れ涙をハンカチで拭った。
「レティ、これからどうするの?」
「これから……」
今回の出来事は既に社交界の噂になっているだろう。婚約破棄が正式に発表されれば、更にレティシアへの風当たりは強くなるのな必然だ。
王太子に婚約破棄されたとレッテルの貼られたレティシアと、好き好んで婚約したがる男性も居ないだろう。
(居ても公爵家の家名目当てや、婚期を逃した殿方……くらいよね)
「ほとぼりが冷めたら、修道院に……」
疲れたレティシアの頭に掠めたのは修道女になる道だった。
レティシアの言葉に、王妃は「そんな、修道院に行くなんて言わないで」と悲しそうな表情になる。
「レティ、貴女がとても疲れているのはよく分かるわ。でも修道院に行くのはまだ早いわ。貴女は若いんだもの」
「でも……」
思い付きだったが、言葉にしてみると、修道女になることが、レティシアにとって一番良い道だと思えた。
「あのね、修道院に行かなくても、王都から離れてみるという道もあるわ」
「王都から離れる?」
「ええ、王都を離れれば、余計な噂話を聞くこともないわ」
確かに、辺境の地へ行けば、噂話を聞かずに過ごせるかもしれない。
アレクシスやキャロルと関わることもない。
「そう、ですね……」
レティシアは王妃の提案に小さく頷いた。
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