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第二章

06 ソフィアの狂気

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「どういうことなのっ、どうしてあんなに仲が良さそうなのよっ」
 自室に戻ったソフィアは苛立ちを顕わに、手元にあったティーカップや置物を手当たり次第に壁へ向かって投げつけた。粉々に砕けた陶器の欠片が、側に立っている侍女の頬を掠めうっすらと血が滲んだが、そんなことは彼女にとってどうでも良かった。
(アルヴィン様と険悪な雰囲気だったと、聞いたのにっ)
 先程の二人の様子は、険悪な雰囲気など微塵も感じなかった。むしろ、時折冗談を交えながら話す二人は、婚約破棄する前に聞いていた様子よりも仲が良い。
 別れる間際に、ソフィアに聞こえないように二人でコソコソと話していたことも気に入らない。
(一体なんの話しをしていたの?思い出すだけでも、腹が立ってくるわっ!それにお茶会のこともよっ)
 男爵令嬢ごときのお茶会を優先にされたことに腹が立つ。
 丁度ソフィアがレイチェルに近付いた時にお茶会のことを話していたのが聞こえてきたのだ。男爵令嬢が主催のお茶会よりも、自分のお茶会を優先してくれると思って、あえて同じ週末にお茶会をすると誘ったのに……自分が断られてしまった。
(婚約者に内定されたからといって、まだ公言はされていないくせに。それにどうしてレイチェルが、その女の面倒をみているのよ。普通は、自分の婚約者を取った女になんて関わらないはずよっ)
 
「お嬢様……どうされたのですか」
 部屋に戻るなり暴れ出した彼女に、侍女が困惑したように尋ねる。
「どうしたもこうしたもないわよっ、あなたが言っていた情報と違うじゃないっ、アルヴィン様とレイチェルは仲が悪いんじゃなかったの!?」
 ソフィアは、侍女をキッと睨むと、枕や人形を投げつけた。
「申し訳ございません……そう聞いていたのです。アルヴィン殿下がヘーゼルダイン令嬢の侍女を罵り、二人の間に更に亀裂が入ったと……」
 投げつけられた枕や人形は侍女の肩や腕に当たったが、避けることはしなかった。避ければ、余計にソフィアの機嫌を損ねてしまうからだ。
 
 この侍女は療養地でソフィアの世話をしていた。王都から離れたその地では、タイムリーな情報が入って来なかったのだ。そして、ソフィアが復学するために王都に戻ってからは、身の回りの世話が忙しく情報収集に掛ける時間がなかった。それこそ眠る暇もなかった。そのため、アルヴィンとレイチェルが和解したことも、レイチェルとチェリーの仲が良い事も知らなかったのだ。
「この、役立たずっ」
 投げるものがなくなったソフィアは、侍女に向かって手をあげた。パンッと頬を打つ乾いた音が部屋に響く。
「私の侍女ならっ、私が幸せになれるように、もっと努力しなさいよっ!!……ごほっ、ごほっ」
 何度か侍女に平手打ちしていたソフィアが、急に咳き込み座り込んだ。
 怒りによる精神的な興奮と、閉め切った部屋で暴れたことで埃が舞い、それを吸い込んだことで発作が起きたのだ。
「お嬢様っ──すぐに、お医者様を呼びます。誰か……誰か、来て頂戴っ」
 ヒューヒューと気道が狭窄した音を確認した侍女が、慌てて部屋の外に声をかけると、すぐに燕尾服をきた大柄な男性が入ってきた。
「お嬢様を隣の部屋に運んで、お医者様を手配して下さい」
 流石に床に陶器の破片や家具が散乱した部屋に医者を呼ぶわけにはいかない。
「分かりました」
 男性は軽々とソフィアを抱えると、部屋から出て行った。ソフィアは意識を失ったようで、ぐったりと身を任せていた。先程まで怒りのまま侍女に当り散らしていた姿はなく、弱弱しくすぐに手折られそうな姿は、まるで人形のようだった。
 
「……はぁ……」
 静かになった部屋で、残された侍女の溜め息がやけに大きく響いた。
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