上 下
24 / 31
第二章

05 お茶会の提案

しおりを挟む
「あら、アルヴィン様。どうされましたか?」
 予想していなかったアルヴィンの登場に少し驚きつつ、レイチェルは尋ねた。
「ああ、珍しい場所で姿が見えたからな……」
 そう言いながらアルヴィンは周囲に視線を彷徨わせた。
「チェリーさんならもう帰りましたわよ」
 レイチェルがそう伝えると、アルヴィンあからさまに気落ちした表情をした。
 礼儀作法の特訓を始めてから、チェリーは放課後すぐにレイチェルと一緒に帰宅していたため、アルヴィンと過ごす時間が少なくなったのだ。
 今日はソフィアの案内があるためチェリーだけ先に帰ってもらっていた。初めてヘーゼルダイン家へ足を踏み入れたときのチェリーは、緊張からか小動物のようにビクビクしていたが、数日過ごす内に使用人たちにも慣れ、普通に会話できるようになっていた。
「そうか……チェリーも居るのかと少し期待しただけだ」
 表情から少しではないことを察する。
 婚約者についての噂が広まり、休み時間も未来の王妃と繋ぎを取ろうとチェリーは大勢の生徒に囲まれていたため、学園でも二人は合う時間はほとんどないはずである。
 チェリーもアルヴィンと会えず、寂しいはずだ。昨夜ポツリと「最近、あいさつも出来てないんです」と呟いていた。
「そろそろ特訓も終わりですし、そうしたらまた一緒に過ごせますわよ」
「終わりということは、特訓は順調なのか?」
「ええ、そろそろ母の合格点も貰えそうですわ」
 アルヴィンの婚約者時代に礼儀作法はほぼ完璧に習得していたレイチェルだったが、それを人に伝授するのは難しく、母であるエマの協力も得ていた。
「ただ、以前より緊張しなくなったとはいえ、王妃さまの前ではどうか……」
 チェリーは頭も良く、運動神経も悪くない。今回の特訓でも教えたことはすぐに習得できた。結果、一番の問題は、“人見知り”なことだろうと結論がでたのだった。初めて会った頃の彼女に比べれば、格段に人見知りは改善されているのだが、王妃さま相手に緊張しないわけはない。
「そうですわ、今週末にでもチェリーさんの特訓の成果を見るためにお茶会を開こうと思うのですが、アルヴィン様も参加できますか?」
 レイチェルとエマだけではいつもも特訓と変わらない。父のリアムが参加出来れば緊張感があって良いのではと思ったが、週末は仕事で難しいだろうと声をかけられずにいたのだ。アルヴィンが参加出来れば、普段の雰囲気と違って良いかもしれないと思い、レイチェルはアルヴィンに尋ねた。
「週末か。今のところ大事な予定は入っていなかったはずだ……参加する」
 神妙な声音で言うが、表情は笑顔である。チェリーと会える嬉しさが隠しきれておらず、レイチェルは苦笑する。
「アルヴィン様も感情のコントロールというか……表情筋を鍛えたほうが良いのでは……」
「は?」
 思わず小声でレイチェルが呟くと、アルヴィンが不思議そうに首を傾げる。
「いえ、何でもありませんわ」
 (というか、無表情過ぎて『鉄面皮』と言われていた私に、表情筋について言われたくないですわよね。
 
「レイチェル様、どうかされましたか?──アルヴィン様?」
 後ろから控え目な声で声をかけられる。
 なかなか席に戻って来ないレイチェルの様子を見にソフィアがやってきたのだ。アルヴィンの存在に気が付くと、驚いたように息を呑んでいる。
「すみません、少し話をしていました。アルヴィン様、こちらはソフィア・ベルナールさんですわ」
「ああ、ベルナール公爵の……病気療養のため休学していたんだったな。レイチェルのクラスに復学したんだったな……体調はもう大丈夫なのか?」
 アルヴィンは納得したように頷き、ソフィアに問う。
「ええ、復学できるくらいには丈夫になりましたわ。またよろしくお願い致します」
 ソフィアが嬉しそうにふわりと笑いながら言った。
「そうですわ、お二人とも週末はご予定がありますでしょうか?宜しければお茶会に招待したいのですが……」
 ソフィアが思い出したように、レイチェルとアルヴィンに尋ねる。
「あぁ……週末は……すまない、予定が入っているんだ」
 つい先程、チェリーの成果をみるためのお茶会をする話をしたばかりである。アルヴィンが申し訳なさそうに返事をした。
「そうでしたか……」
 目に見えて気落ちするソフィアの様子に、レイチェルは考える。
(社交界に出ていないから、学園内でも知り合いがほとんど居ない状態ですし……少しでも交流を深めたいという気持ちは分かりますわ──あ、そうですわ)
「あの、アルヴィンさま……先程話していたお茶会にソフィアさんを招待するというのは如何でしょうか?」
 そうすれば、ソフィアとの交流も図れる。それに、面識のないソフィアが参加することで、人見知りのチェリーに対して刺激になるのでは?とレイチェルは思ったため、アルヴィンに提案した。
「レイチェルの屋敷で開かれるお茶会だからな、お前がそれで構わないなら、俺は良い」
 レイチェルの提案にアルヴィンが頷く。
「私も参加してもよろしいのですか?」
 ソフィアが表情を輝かせる。
「私のお茶会というより、チェリーさんのお茶会と言った方が正確なのですが……」
「まあ、アルヴィン様の婚約者の方ですね。是非参加させていただきたいですわ」
 
 こうして週末のお茶会にソフィアも参加することとなったのだった。
 
 *****
 
「アルヴィン様とベルナール公爵令嬢を招いてお茶会ですか!?」
 帰宅したレイチェルはチェリーにお茶会の開催について話をした。
「ええ、礼儀作法はもう及第点といって良いと母も言っていましたし、あとは人前で緊張する癖をどうにかするだけですわ」
「で、でも……初対面の方、しかも公爵令嬢を招いてお茶会だなんて……ううっ」
 想像しただけで緊張したのか、チェリーの顔色が見る見る悪くなっていく。
「私も公爵令嬢なのだけど?」
「レイチェル様は、その……大丈夫なんです!」
 チェリーにやけにきっぱりと言い切られてしまった。
 確かにチェリーとレイチェルの関係は一言では言い表せないだろう。 
 同じ転生者としての共感が始まりだったが、今ではチェリーとして生きる彼女の事を、友人として応援したいと思っている。そして、チェリーもそんなレイチェルのことを慕ってくれている。
「以前よりも人前で緊張しなくなってきましたし、後は慣れるしかありませんわ。アルヴィン様の婚約者であると大々的に公表されれば、お茶会のお誘いも沢山あるでしょう……今回は、アルヴィン様もいらっしゃるし、大丈夫ですよ」
「アルヴィン様にお茶を振舞うのも、緊張します……会えるのは、とても嬉しいのですけれど」
 テーブルに突っ伏す勢いでチェリーは項垂れている。
「では、延期にしますか?」
 少し意地悪な質問をしてみれば、チェリーが涙目になる。
「うう……やります。よろしくお願いします」
「ええ、頑張りましょうね」
 このお茶会だけではなく、これからはレイチェルが参加するお茶会にも少しずつ一緒に参加してもらうことにしようと算段しているが、今告げると本当に泣いてしまいそうなので黙っておくことにした。
 
「エマ様とレイチェル様の特訓は厳しかったですが……一緒に過ごせて楽しかったです。でも、そろそろ戻らないといけないですね……」
 チェリーが暗い表情で呟いているのを聞いて、レイチェルは先日アルヴィンが「寮に近付くと表情が固くなる」と言っていたことを思い出した。
(寮に帰りたくない何かがあったのかもしれないですわ……学園でもあれだけ注目されていますもの、きっと寮でも注目されているに違いないですし……でも、それだけにしては表情が暗い気がしますね)
 寮では自室に入ってしまえば周囲の視線も気にならないはずである。
「チェリーさん……寮で、何かありましたか?」
「え、えっと……」
 レイチェルが尋ねるとチェリーは、口を閉ざしてしまった。
「もし何かあったのなら……」
「本当になんでもないんです。レイチェル様と一緒に過ごせたのが楽し過ぎて……寮に戻るのが、寂しくなってしまっただけなんです」
 先程までの暗い表情は消え、チェリーは笑顔でそう言った。
しおりを挟む
感想 45

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~

岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。 本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。 別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい! そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。

貴方誰ですか?〜婚約者が10年ぶりに帰ってきました〜

なーさ
恋愛
侯爵令嬢のアーニャ。だが彼女ももう23歳。結婚適齢期も過ぎた彼女だが婚約者がいた。その名も伯爵令息のナトリ。彼が16歳、アーニャが13歳のあの日。戦争に行ってから10年。戦争に行ったまま帰ってこない。毎月送ると言っていた手紙も旅立ってから送られてくることはないし相手の家からも、もう忘れていいと言われている。もう潮時だろうと婚約破棄し、各家族円満の婚約解消。そして王宮で働き出したアーニャ。一年後ナトリは英雄となり帰ってくる。しかしアーニャはナトリのことを忘れてしまっている…!

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を庇おうとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

居場所を奪われ続けた私はどこに行けばいいのでしょうか?

gacchi
恋愛
桃色の髪と赤い目を持って生まれたリゼットは、なぜか母親から嫌われている。 みっともない色だと叱られないように、五歳からは黒いカツラと目の色を隠す眼鏡をして、なるべく会わないようにして過ごしていた。 黒髪黒目は闇属性だと誤解され、そのせいで妹たちにも見下されていたが、母親に怒鳴られるよりはましだと思っていた。 十歳になった頃、三姉妹しかいない伯爵家を継ぐのは長女のリゼットだと父親から言われ、王都で勉強することになる。 家族から必要だと認められたいリゼットは領地を継ぐための仕事を覚え、伯爵令息のダミアンと婚約もしたのだが…。 奪われ続けても負けないリゼットを認めてくれる人が現れた一方で、奪うことしかしてこなかった者にはそれ相当の未来が待っていた。

妹がいるからお前は用済みだ、と婚約破棄されたので、婚約の見直しをさせていただきます。

あお
恋愛
「やっと来たか、リリア。お前との婚約は破棄する。エリーゼがいれば、お前などいらない」 セシル・ベイリー侯爵令息は、リリアの家に居候しているエリーゼを片手に抱きながらそう告げた。 え? その子、うちの子じゃないけど大丈夫? いや。私が心配する事じゃないけど。 多分、ご愁傷様なことになるけど、頑張ってね。 伯爵令嬢のリリアはそんな風には思わなかったが、オーガス家に利はないとして婚約を破棄する事にした。 リリアに新しい恋は訪れるのか?! ※内容とテイストが違います

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。