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第二章
02 チェリーの強さ
しおりを挟む翌朝、レイチェルはアルヴィンの元に訪れていた。
「チェリーが、お前の屋敷に?」
「ええ、王妃さまにお会いするのにかなり緊張しているようですので、礼儀作法を身に付けていれば、多少は自信に繋がるかと思いまして」
「それは構わないが……」
「アルヴィン様はいつもチェリーさんを寮まで送っていらっしゃるでしょう? ですから、今日からは私と帰るので、お一人で帰られて下さいね」
「言い方がムカつくんだが」
にっこりと“お一人で”を強調する言い方すれば、それに反応してアルヴィンがムッとした表情をした。
「わざとですもの」
「お前……」
こんな風に軽口を叩けるほどの関係になるとは、前世を思い出した当初は考えもしなかったと、レイチェルはしみじみと思った。
「まあ、お前の屋敷なら安全だろうし……逆に良かったのかもしれないな」
少し表情を曇らせたアルヴィンにレイチェルは首を傾げた。安全面を気にしているという事は、チェリーに何かあったということだろうか?
「チェリーさんに何かありましたの?」
「いや……最近、寮に近付くと表情が固くなっているような気がするんだ。チェリーに聞いても「何でもないです」としか言わないが……中まで一緒に入るわけにはいかないしな」
王子といえど、許可なく女子寮の中に入れない。
レイチェルは屋敷から学園に通っているため、チェリーが寮でどのうように過ごしているのか知らないが……よく考えなくてもチェリーが寮で浮いた存在であることは想像できた。今まで気がつかなかった方が不思議なくらいである。
(そもそも光属性というだけでも珍しいのに……色々とありましたからね……)
色々のところにはアルヴィンとレイチェルの婚約破棄なども含まれる。レイチェルと仲良くしていることも、事情を知らない者から見れば違和感がある違いない。
「そういえば、元気がなかった気がしますね。これから一週間、一緒に過ごしますし……少し話を聞いてみますわ」
王妃との顔合わせだけが原因だけではないのかもしれないと、昨日のチェリーの様子を思い出しながらレイチェルは言う。気がついてあげられなかった事に後悔した。
「ああ、俺には相談しにくいこともあるんだろうな……母上に会うのが緊張するというのも、聞いてないし……」
気落ちした表情でアルヴィンが言った。
「まあ、アルヴィン様には相談はしにくいでしょうね……」
「そんなものなのか?」
どうやらアルヴィンは、チェリーが自分に相談してこなかったことに対して、結構ショックを受けているようだ。
チェリーにしてみれば、婚約者の母親に嫌われているかもしれないなんて、その息子に相談するのは気が引けるだろう。なので、今回のことは“緊張しないように礼儀作法を学ぶため、レイチェルの屋敷に泊まり込む”とアルヴィンに説明したのだ。
「好きな人だから言えないこともありますのよ。アルヴィン様もチェリーさんには弱いところ見せたいとは思わないでしょう?」
「そう、だな……見せたくないな」
納得したように頷いたアルヴィンが、何か気がついたように首を傾げた。
「ということは、お前も兄上に言えないこととかあるのか?」
「……どうして、いきなり私の話題になるのですか?」
「いや、参考までに……兄上と付き合ってるんだろ?」
「それは……お、お付き合いさせていただいてますが……」
エミリオと想いを通じ合わせ、恋人と呼べる関係になったわけだが、面と向かって付き合っているのかと聞かれると気恥ずかしくなり、レイチェルはアルヴィンから視線を逸らした。恋人となったことは公言していないが──レイチェルがエミリオに好意を寄せていることはアルヴィンにバレていたし、なんなら星降りの夜にエミリオの居る場所を教えてくれたのも彼なので、二人の様子から付き合い始めたのだと知られていてもおかしくはない。
「で、兄上に言えない事はあるのか?」
先ほどまでの気落ちした雰囲気はなく、どこか面白そうにアルヴィンが訪ねてくる。
(くっ、からかっていますわね……)
「──ひ、秘密ですわ!!」
そういうとレイチェルは「ごきげんよう」と踵を返したのだった。
視界の端でアルヴィンがニヤニヤしているのが見えたが、見えなかったことにした。
*****
「ここがレイチェルさまのお屋敷……」
初めて訪れたヘーゼルダインの屋敷を見上げて、チェリーは感嘆の溜め息を吐いた。公爵家筆頭のヘーゼルダイン家は王家に次ぐ領地を有しており、その屋敷も絢爛豪華だった。
「き……緊張してきました」
友人の家にお泊り感覚でレイチェルの提案に賛同したチェリーだったが、屋敷の規模を見て尻込みしてしまっていた。よく考えたら、チェリーやハルトだけではなく、宰相や公爵夫人、多くの使用人たちが居るのだ。
「緊張することも慣れないといけないですから、丁度良かったですわ」
「そんな」
レイチェルにとっては普段通りの帰宅のため、チェリーがそんなに緊張するとは思っていなかった。家族や使用人の注目を集めるかもしれないが、学園で不特定多数の様々な思惑の伴った視線とは違う。適度な緊張は良い刺激になるだろう。
(寧ろ、私が友人をお泊りに招いた事に対して、みんなから生温かい目で見られるのが居た堪れないです……)
これまで屋敷で開かれるパーティーやお茶会に他の令嬢を招待することはあったが、それは公爵令嬢としての義務のような気持ちだった。今回のように自ら友人を屋敷に招待したのは初めてだったと今更ながらレイチェルは気がついた。そもそも表面的な付き合いばかりで友人と呼べる者はいなかったのだ(レイチェルが無表情過ぎて怖かったのもあるだろう)。そんなレイチェルが友人を連れて来たため、屋敷の者たちも喜んでいるのだ。
(思いつきで、屋敷で特訓しようと提案したのですが……これから毎日チェリーさんと過ごすと思うと、何だかとても嬉しいですわ)
緊張しているチェリーとは反対に、レイチェルは表情を緩めたのだった。
情けない声をあげたチェリーだったが、一回深呼吸をしてパンッと両手で頬を叩くと、背筋を伸ばしてレイチェルに向かいあった。
「これから一週間、よろしくお願いいたします」
そう言ってスカートの裾を摘んで礼をしたチェリーの表情は、強い意志を感じた。
(やはり、チェリーさんは強いですわね)
一見、可憐で弱弱しい印象のチェリーだが、困難に立ち向かう勇気を持っている。それは以前よりも更に強くなっているようだ。
「ふふっ、厳しくしますわよ」
内心嬉しく思いながら、レイチェルは笑顔で告げたのだった。
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