獣人ディックと赤ずきんちゃん

佐倉穂波

文字の大きさ
上 下
12 / 13

12 ディックの記憶

しおりを挟む
 リリアの悲鳴が聞こえた方向へ走るディックの耳に「グルグルグルッ」と低い唸り声が聞こえてきました。
 ディックには、それが狼の唸り声だと、すぐに分かりました。
 リリアが狼に襲われかけているのは明白です。
(この時間は、こんなところまで狼は出て来ないのにっ)
 普段の昼間は、狼はもっと森の奥で眠っていることが多いので、油断していました。
 ディックは「チッ」と舌打ちをして、走る速度をあげました。

 焦る気持ちで草をかき分け、少し開けた場所に出ます。
「!」
 目の前に、今にも狼に襲われそうになっているリリアの姿がそこにはありました。

 それを見た瞬間、ディックの頭に小さな頃に見た光景を思い出します。
 リリアと、小さな少女の面影が重なりました。
「……え?」
 忘れていた思い出に、ディックの足が一瞬止まりますが、まずはリリアを助けるのが先だと気を引き締めました。

 突然現れたディックに驚いた狼は、後退ったため、リリアから距離が少し離れました。今のうちだと、ディックは足元にあった太い枝を拾い上げると、狼とリリアの間に割って入りました。
「ヴゥーッ」
 ディックを敵認定した狼が、身を低くし、毛を逆立てて威嚇するように唸ります。
 ディックは狼の獣人ですが、本物の狼と意思疏通できるわけではありません。獣人は獣の特徴を持っているだけで、獣ではないのです。
 説得することは不可能なので、戦うしかありません。
 地を蹴って襲いかかってきた狼に、ディックは木の枝を振り下ろします。
 森に住む者として、獣の弱点は物心つくころには教わっています。小さな時も、それで狼を撃退できたのです。
 ディックの振り下ろした木の枝は、狼の眉間にクリーンヒットしました。
 狼は目を回して、その場に倒れてしまいました。小さな時よりもディックの力も強くなっていますので、気絶させることに成功したのです。

「こっち」
 ディックは座り込んでいるリリアの手を引っ張って立たせると、その場を離れるように促します。狼が目を醒ます前に、逃げるのです。
 リリアも頷き、一緒に走り出しました。
 しばらく走り、ディックの家の近くまで来たので、二人は足を止め、息を整えます。
「はぁ、はぁ、ここまで来れば、もう大丈夫だと思う」
 リリアと手をつないだままだったのを、思い出して、ディックは慌てて手を離しました。
「えっと、ねぇ、君はあの時の女の子?」
 まだ息を整えているリリアに、ディックは尋ねました。
 その質問にリリアは、パッと表情を明るくさせて紅潮した顔でディックを見上げます。
「覚えてくれてたの?」
 そう答えるということは、さっき思い出した女の子はリリアで間違いないということです。
「……状況を整理するから、ちょっと待ってて」
 ディックは両手で頭を抱えると、その場に座り込みました。

 あの思い出した記憶が正しいということは、ディックは小さな時にもリリアを助けたことになります。
(でも、僕は人間が怖いと思っていたのに……本当に助けたの?)
 思い出した記憶を少し遡ってみることにしました。
(そうだ、「赤ずきん」の話を読んで、人間怖いから、人間が仕掛けたワナは危険だって……何故か森の近くに仕掛けられてるワナを見に行ったんだ)
 どうして人間が怖いと思っているのに、人間の仕掛けたワナを見に行くという考えになったのかは、覚えていません。
(そしたらウサギがワナに掛かってて……可哀想だから外してあげてたら、自分も足がワナにかかちゃったんだ)
 助けようとして、自分もワナに掛かったのは不運という他ありません。
(で、なんとかワナを外して……そしたら近くで女の子の悲鳴が聞こえて……)
 それで、先ほどの光景に結びついたのでした。

 ウサギとリリアを助けたディックでしたが、その後ケガによる高熱で、色々と記憶が混ざり合い、「人間は怖い」という一番強烈だった記憶だけが残ってしまったというわけでした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】月夜のお茶会

佐倉穂波
児童書・童話
 数年に一度開催される「太陽と月の式典」。太陽の国のお姫様ルルは、招待状をもらい月の国で開かれる式典に赴きました。 第2回きずな児童書大賞にエントリーしました。宜しくお願いします。

こちら御神楽学園心霊部!

緒方あきら
児童書・童話
取りつかれ体質の主人公、月城灯里が霊に憑かれた事を切っ掛けに心霊部に入部する。そこに数々の心霊体験が舞い込んでくる。事件を解決するごとに部員との絆は深まっていく。けれど、彼らにやってくる心霊事件は身の毛がよだつ恐ろしいものばかりで――。 灯里は取りつかれ体質で、事あるごとに幽霊に取りつかれる。 それがきっかけで学校の心霊部に入部する事になったが、いくつもの事件がやってきて――。 。 部屋に異音がなり、主人公を怯えさせる【トッテさん】。 前世から続く呪いにより死に導かれる生徒を救うが、彼にあげたお札は一週間でボロボロになってしまう【前世の名前】。 通ってはいけない道を通り、自分の影を失い、荒れた祠を修復し祈りを捧げて解決を試みる【竹林の道】。 どこまでもついて来る影が、家まで辿り着いたと安心した主人公の耳元に突然囁きかけてさっていく【楽しかった?】。 封印されていたものを解き放つと、それは江戸時代に封じられた幽霊。彼は門吉と名乗り主人公たちは土地神にするべく扱う【首無し地蔵】。 決して話してはいけない怪談を話してしまい、クラスメイトの背中に危険な影が現れ、咄嗟にこの話は嘘だったと弁明し霊を払う【嘘つき先生】。 事故死してさ迷う亡霊と出くわしてしまう。気付かぬふりをしてやり過ごすがすれ違い様に「見えてるくせに」と囁かれ襲われる【交差点】。 ひたすら振返らせようとする霊、駅まで着いたがトンネルを走る窓が鏡のようになり憑りついた霊の禍々しい姿を見る事になる【うしろ】。 都市伝説の噂を元に、エレベーターで消えてしまった生徒。記憶からさえもその存在を消す神隠し。心霊部は総出で生徒の救出を行った【異世界エレベーター】。 延々と名前を問う不気味な声【名前】。 10の怪異譚からなる心霊ホラー。心霊部の活躍は続いていく。 

モブの私が理想語ったら主役級な彼が翌日その通りにイメチェンしてきた話……する?

待鳥園子
児童書・童話
ある日。教室の中で、自分の理想の男の子について語った澪。 けど、その篤実に同じクラスの主役級男子鷹羽日向くんが、自分が希望した理想通りにイメチェンをして来た! ……え? どうして。私の話を聞いていた訳ではなくて、偶然だよね? 何もかも、私の勘違いだよね? 信じられないことに鷹羽くんが私に告白してきたんだけど、私たちはすんなり付き合う……なんてこともなく、なんだか良くわからないことになってきて?! 【第2回きずな児童書大賞】で奨励賞受賞出来ました♡ありがとうございます!

盲目魔女さんに拾われた双子姉妹は恩返しをするそうです。

桐山一茶
児童書・童話
雨が降り注ぐ夜の山に、捨てられてしまった双子の姉妹が居ました。 山の中には恐ろしい魔物が出るので、幼い少女の力では山の中で生きていく事なんか出来ません。 そんな中、双子姉妹の目の前に全身黒ずくめの女の人が現れました。 するとその人は優しい声で言いました。 「私は目が見えません。だから手を繋ぎましょう」 その言葉をきっかけに、3人は仲良く暮らし始めたそうなのですが――。 (この作品はほぼ毎日更新です)

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

初恋の王子様

中小路かほ
児童書・童話
あたし、朝倉ほのかの好きな人――。 それは、優しくて王子様のような 学校一の人気者、渡優馬くん。 優馬くんは、あたしの初恋の王子様。 そんなとき、あたしの前に現れたのは、 いつもとは雰囲気の違う 無愛想で強引な……優馬くん!? その正体とは、 優馬くんとは正反対の性格の双子の弟、 燈馬くん。 あたしは優馬くんのことが好きなのに、 なぜか燈馬くんが邪魔をしてくる。 ――あたしの小指に結ばれた赤い糸。 それをたどった先にいる運命の人は、 優馬くん?…それとも燈馬くん? 既存の『お前、俺に惚れてんだろ?』をジュニア向けに改稿しました。 ストーリーもコンパクトになり、内容もマイルドになっています。 第2回きずな児童書大賞にて、 奨励賞を受賞しました♡!!

【奨励賞】おとぎの店の白雪姫

ゆちば
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 奨励賞】 母親を亡くした小学生、白雪ましろは、おとぎ商店街でレストランを経営する叔父、白雪凛悟(りんごおじさん)に引き取られる。 ぎこちない二人の生活が始まるが、ひょんなことからりんごおじさんのお店――ファミリーレストラン《りんごの木》のお手伝いをすることになったましろ。パティシエ高校生、最速のパート主婦、そしてイケメンだけど料理脳のりんごおじさんと共に、一癖も二癖もあるお客さんをおもてなし! そしてめくるめく日常の中で、ましろはりんごおじさんとの『家族』の形を見出していく――。 小さな白雪姫が『家族』のために奔走する、おいしいほっこり物語。はじまりはじまり! 他のサイトにも掲載しています。 表紙イラストは今市阿寒様です。 絵本児童書大賞で奨励賞をいただきました。

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

処理中です...