人魚姫ティナリア

佐倉穂波

文字の大きさ
上 下
8 / 23
本編

8 休憩

しおりを挟む
 退学を賭けた冒険者ランクの昇格を目指して、奮闘することとなるクロトとセリス。
 師となる者から新たな武器、編み出した魔法、スキルを手に入れて準備は万全。
 そしてフレンが選定してきた依頼の内容は、新進気鋭な商会の若手育成を目的とした護衛。その行き先は、過去にクロトが訪れた経験のある“霊峰”だった。
 歴戦のワイバーンと繰り広げた死闘を想起し、苦い表情を浮かべながらも。
 快く送り出してくれるアカツキ荘のメンバーに、不甲斐ない結果をもたらさない為にも。
 二人は気合いを入れて、初の護衛依頼に挑むのだった。

 ◆◇◆◇◆

 怒涛の展開を乗り越えた翌日、早朝、アカツキ荘の前で。
 護衛依頼に挑む俺とセリスはバックパックを背負い、エリック達──ユキはまだ眠っている──と最終確認をおこなっていた。

「今日から三泊四日の旅になるぞ。忘れ物は無いか?」
「「大丈夫!」」
「お弁当はしっかり持ちましたね。ハンカチは?」
「「あります!」」
「あちらからの申し出とはいえ学生としての礼儀は欠かさず、失礼が無いようにしてくださいね?」
「「可能な限りは!」」
「そこはちゃんと保証してほしいんだけど……」

 一晩経って“命の前借り”による興奮作用が抜け切ったのか。
 加えて《ウィッチクラフト》がもたらした効能も切れたのだろう。疲労を踏み倒し続けた反動によって、十分な睡眠を取ったにも関わらず憔悴しょうすいしている学園長がぼやく。

「まあ、学園長の顔に泥を塗るようなマネはしないよ。アタシだってその辺はわきまえてる」
「向こうの商会に突発的な問題が起きたとしても、それは俺達が関与したことじゃないから素知らぬ顔で流せばいいんでしょ? 分かってるって」
「出来る限り依頼主の意向を聞いてから行動を起こして? 依頼を完遂しないといけないんだからね?」

 学園長という立場として、護衛依頼を斡旋した側としても一抹いちまつの不安を抱いているようだ。

「仮に何かあったとしても、道中や仕入れ先でトラブルが起きたら武力行使もいとわないよ」
「バレないようにやれるか……? 俺が指示すればいけるか」
「ダメだこの二人、思考が無法者に寄り過ぎてる」
「ただでさえ郊外に慣れていないお二人ですからね」
「ニルヴァーナ内だけで色々と完結している環境が仇となりましたか……」
「マジで先方の意見を聞いてから動けよ? お前らだけじゃなくてアカツキ荘の心証も悪化するかもしれねぇんだぞ」

 再三に渡り注意を促すエリック達の言葉をしっかりと聞き入れて、様々な思惑の混じった視線に見送られてギルドへ歩き出す。
 学園の敷地と居住区を跨ぐ門を抜けて、青空市場の活気と人波で溢れる大通りメインストリートに出る。

 朝であるのに本格的な夏の始まりを感じる日差しが、ルーン文字で刻んだ“温度調節”を貫いているのが肌で実感できた。
 同時に納涼祭の一件で顔が割れたこともあってか、ささやくような声が至る所から響いてくる。それは興味か、好奇心か、はたまた悪意か……どちらにせよ、気に掛けることではない。

 やがて見慣れた冒険者ギルドの建物が見えてきた。中に入れば、依頼の貼られた掲示板に群がる冒険者と忙しく動き回る職員の姿があった。
 だが、俺の姿に気づいた何人かが気取られないように、平静を装って視線を向けてきている。動向が気になっているか? 本当に有名人となってしまったみたいだな。

 それらを尻目に受付カウンターへ向かい、学園長から渡された依頼書を差し出す。
 既に事前通達されていたのか円滑に手続きは進められ、指定した場所へ向かうように指示を受けた。変わらず向けられる視線を、ギルドの扉を閉めることで遮り再び大通りメインストリートへ。

 東西南北に延びる通りの先には巨大な門と、飛行型魔物モンスターの侵入を拒む魔力障壁を補填する物理的な外壁。
 行商に出る商人や出稼ぎにきた村人、何台もの馬車が並ぶ中で一人、若い男性がこちらに手を振り駆け寄ってくる。

「ぱっとしない顔にゴテゴテした魔装具が付いた剣、槍を持った少女……写真と相違は無いから間違いない。今回の護衛依頼を受注した学生冒険者だね?」
「あれ、いま見知らぬ人にけなされた?」
「良い感じに的を得てる印象を抱かれてるってことじゃないか?」

 自覚してる分、ダメージも大きいな……

「いや、すまない。商会の先輩方がそう言っているのを盗み聞いてしまって、つい口に……失礼なことを」
「いえ、お気になさらず。自分はクロト、こちらはセリスです。貴方が護衛依頼で隊商を任された方ですか?」
「ああ。私はウィコレ商会所属の商人、ロベルトだ。仕入れ先となる“霊峰”までよろしく頼むよ」
「「よろしくお願いします!」」

 謝罪を手で制して自己紹介を交わし、ロベルトさんが用意した馬車に移動。
 隊商といっても内訳としては、人が十数人は乗れそうなほど大型の屋根付き荷台に見合う大柄の馬が二頭。そこにロベルトさんと俺達のごく小規模なもの。
 一般的とは言いがたく、若手を育成する為という名目上に相応しい、最低限な要素のみで仕入れを任せられているようだ。

 馬車の積載物や進行ルートの確認をしつつ歓談していると、俺達の番がやってきた。門番とやり取りを交わし終えたロベルトさんは、良い商いを! と投げかけられた言葉に手を振って返す。
 御者として手綱を握る彼は馬に指示を出し、馬車は動き出した。

 ガタガタと揺れる振動を全身に感じながら、外壁周辺に広がる牧場地帯を横切り、街道を進んでいく。
 少し離れた位置で、魔素混じりの黒煙を上げながら疾走する魔導列車が走っている。
 旅立ちを応援するかの如く汽笛を鳴らす魔導革命の産物を眺めながら、俺達は“霊峰”に向けてニルヴァーナを後にした。

 ◆◇◆◇◆

「ところでお前さん、確か乗り物酔いが酷いっつー話じゃなかったかい? 何か対策はあるのか?」
「ふふん、舐めてもらっちゃあ困るね。俺がいつまでも自分の弱点を克服しないままでいるとでも? ちゃーんと考えてきてるんだなぁ、これが」
「へぇ、どんなの?」
「名付けて“安定認識薬”! これさえあればどれだけ揺れの酷い乗り物に乗っていようが酔わず、吐かず、平常で居られるはずさ!」
「すごい薬を作っているんだな、君は。鍛冶や錬金術に精通しているとは聞いていたが……」
「師匠の教えが良かったんですよ。とにかく、長年苦しめられていた乗り物酔いに終止符が打てる……それじゃ、一気飲みでいきます!」
「馬車移動中、アタシだけで周囲を警戒する必要が無くなるからありがたいねぇ」
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 16

あなたにおすすめの小説

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

獣人ディックと赤ずきんちゃん

佐倉穂波
児童書・童話
「赤ずきん」の物語を読んでトラウマになった狼の獣人ディックと、ほんわかしてるけど行動力のある少女リリアの物語。  一応13話完結。

こちら御神楽学園心霊部!

緒方あきら
児童書・童話
取りつかれ体質の主人公、月城灯里が霊に憑かれた事を切っ掛けに心霊部に入部する。そこに数々の心霊体験が舞い込んでくる。事件を解決するごとに部員との絆は深まっていく。けれど、彼らにやってくる心霊事件は身の毛がよだつ恐ろしいものばかりで――。 灯里は取りつかれ体質で、事あるごとに幽霊に取りつかれる。 それがきっかけで学校の心霊部に入部する事になったが、いくつもの事件がやってきて――。 。 部屋に異音がなり、主人公を怯えさせる【トッテさん】。 前世から続く呪いにより死に導かれる生徒を救うが、彼にあげたお札は一週間でボロボロになってしまう【前世の名前】。 通ってはいけない道を通り、自分の影を失い、荒れた祠を修復し祈りを捧げて解決を試みる【竹林の道】。 どこまでもついて来る影が、家まで辿り着いたと安心した主人公の耳元に突然囁きかけてさっていく【楽しかった?】。 封印されていたものを解き放つと、それは江戸時代に封じられた幽霊。彼は門吉と名乗り主人公たちは土地神にするべく扱う【首無し地蔵】。 決して話してはいけない怪談を話してしまい、クラスメイトの背中に危険な影が現れ、咄嗟にこの話は嘘だったと弁明し霊を払う【嘘つき先生】。 事故死してさ迷う亡霊と出くわしてしまう。気付かぬふりをしてやり過ごすがすれ違い様に「見えてるくせに」と囁かれ襲われる【交差点】。 ひたすら振返らせようとする霊、駅まで着いたがトンネルを走る窓が鏡のようになり憑りついた霊の禍々しい姿を見る事になる【うしろ】。 都市伝説の噂を元に、エレベーターで消えてしまった生徒。記憶からさえもその存在を消す神隠し。心霊部は総出で生徒の救出を行った【異世界エレベーター】。 延々と名前を問う不気味な声【名前】。 10の怪異譚からなる心霊ホラー。心霊部の活躍は続いていく。 

左左左右右左左  ~いらないモノ、売ります~

菱沼あゆ
児童書・童話
 菜乃たちの通う中学校にはあるウワサがあった。 『しとしとと雨が降る十三日の金曜日。  旧校舎の地下にヒミツの購買部があらわれる』  大富豪で負けた菜乃は、ひとりで旧校舎の地下に下りるはめになるが――。

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

盲目魔女さんに拾われた双子姉妹は恩返しをするそうです。

桐山一茶
児童書・童話
雨が降り注ぐ夜の山に、捨てられてしまった双子の姉妹が居ました。 山の中には恐ろしい魔物が出るので、幼い少女の力では山の中で生きていく事なんか出来ません。 そんな中、双子姉妹の目の前に全身黒ずくめの女の人が現れました。 するとその人は優しい声で言いました。 「私は目が見えません。だから手を繋ぎましょう」 その言葉をきっかけに、3人は仲良く暮らし始めたそうなのですが――。 (この作品はほぼ毎日更新です)

【完結】月夜のお茶会

佐倉穂波
児童書・童話
 数年に一度開催される「太陽と月の式典」。太陽の国のお姫様ルルは、招待状をもらい月の国で開かれる式典に赴きました。 第2回きずな児童書大賞にエントリーしました。宜しくお願いします。

処理中です...