オッサン小説家が異世界転生したら無双だった件

桜坂詠恋

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第一章

2 オッサン小説家、異世界で敷き藁と牛糞と黒髪の美女

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 レイヴンフィールドへやってきて1週間。
 私の顔面の腫れはみるみる引いていった。
 異世界の水が肌に合っていたのかもしれない。
 ライトブランの髪に、卵型の輪郭。目は二重ながらも涼しげで、鼻はスッと通っている。
 体型は──転生する以前からやせ型だったので特筆しないが、とにかく我ながらうっとりするようなイケメンである。
 そして驚くべきは、顔の腫れが引くのと比例して、村の女性たちの視線が私に集まるようになったことだ。
 私が歩くだけで黄色い声が響き、私が収集したゴミは取り合いになる。
 初めは非常に恐ろしかったが、次第に気持ち良くなってきた。
 不細工を自覚していたからこそ常に日陰を歩き、人様の視界に入らないように生きて来た。
 そんな中ひっそりと、せめてもの自己主張として発信していた小説──。
 しかしこいつも不細工だった。
 月間PV数、11PVってなんだよ。しかもプロローグにしかPVはついてなかった。
 つまり、読者は門前で見切ったという訳である。
 なんという事か。
 だが、そんな私が今、これでもかと皆の注目を集めている!
 
 牛糞と共に──!
 
 そう、今日の私の仕事は牛舎の掃除だった。
 牛に蹴られないように気を付けながら、熊手のような道具でウンコと敷き藁を集める。
 ウンコ。
「キャー!」
 敷き藁。
「キャー!」
 ウンコ。
「キャー!」
 敷き藁。
「キャー!」
 黄色い声が心地良い。
 私は慣れないながらも、牛舎の窓から覗くハニーたちに、ぎこちなく手を振った。
「イヤー!」
「カメ様ー!」
 ああ……。なんという事だ。ここから見えるだけで5人倒れた。
 そして、頭に被っていたレイヴンフィールド役場の粗品タオルで汗を拭い、窓辺に掛ける。
 タオルは彼女たちに引き裂かれ、一瞬で糸屑となった。
 それらを村の娘たちは栞に貼るのだそうだ。
 たまに毛がついていることがあるとかで、その場合は祭壇に飾られ、女性がそこに列を成すという。
 また、私の写真が高額で取引されるようになったため、村で一括してプロマイドを販売、管理することになったとも聞いた。
 人生変わるものである。あ、変わったのか。転生したんだものな。
 とはいえ、私の身分は業務委託の何でも屋である。
 1日8時間、週に5日働く。残業はない。
 なんと健全な事か。流石は異世界である。
 日々牛のウンコを集め、そのウンコを大事に運んで肥料とし、そしてそれを村のあちこちに咲く花や育てている野菜に与える。
 実に平和でゆっくりとした生活だ。しかもモテている。
 そう、モテているのである。
 人生初めての、そして、最大級のモテ期だ。
 そんな訳で、見知らぬ土地に来て苦労をするかと思いきや、意外にも私は充実した日々を送っていた。
 
「さて、お昼にしようかな」
 同じ牛舎で作業をしている先輩と交代で休憩をとることにし、私は外へ出た。
 木陰に腰を下ろし、村の売店で買った弁当を広げる。
 ここへ来た当日に2,000レイヴンをアリスに借りたものの、報酬は日払いだったので直ぐに借金も返す事が出来、かつ、それなりに安定した食事と生活が遅出来ていた。
 因みに、住まいは村のはずれにある元物置であるが、意外にも快適だ。
「オッ。今日の日替わりはチキンカツ弁当か」
 弁当は作りたてで、ほこほこと温かい。ふたを開けた途端に、揚げ物の良い匂いが私の鼻腔をくすぐった。
 実は、食事に関して私は少々心配していたのだが、この世界ではスライムだったり、魔物を調理する習慣は無いらしく、私が前世で食していたような食材を口にする事が出来た。
 なんと、米や小麦もある。
「頂きます!」
 腹も減っていたので、豪快に齧りつく。
 しかし、随分とパサついた触感で、大口を開けて齧りついた事を後悔した。
 どうやら胸肉のようだ。
「まあ、日替わりで500レイヴンだもんな」
 本来は780レイヴンだそうなのだが、業務委託とはいえ、この村で働いているのだから社割が適用されるのだと言っていた。
 色々とちゃんとしていて、実にホワイトな異世界である。
 もごもごと咀嚼し、水で流し込む。二口目からは少しずつ齧った。
「ん?」
 歯の間に挟まった肉の繊維を必死に舌で取ろうと変顔をしていると、サイモンの孫娘『レイナ』が、フラフラとおぼつかない足取りで歩いているのが目に留まった。
 そして──。
 私はあっと声を上げ、立ち上がった。弁当が膝から落ちて地面に散らばったが、そんな事はどうでもいい。
 レイナが、糸の切れた人形のように倒れ込んでしまったからだ。
「レイナさん!」
 私は走り出し、彼女の体を抱き起した。
 軽い──。
 レイナは軽いが柔らかく、良い匂いがした。
「ああ、カメ様……」
 うるんだ瞳で私を見上げるレイナ。
 なんと美しい──。私の心臓は跳ね上がった。
 白い肌に大きな瞳。そしてそれを縁取る長いまつげ。
 小さな鼻はツンと尖っており、小さくふっくらした唇がちょっぴりいやらしい。
 まるで、ひと昔前のぬりえに出てくるお姫様のようではないか。
 あの村長の孫とは思えない。いや、今はそんなことはどうでもいい。
 私はレイナをじっと見つめると、大丈夫ですかと言った。
 彼女はウッと声を詰まらせ、私の胸に顔を埋める。
 アッ、そんな──。心臓の音が聞かれてしまう。
 ここへ来てイケメンとして生活しているが、本当の私は女性に慣れていない。
 そんなところへもって、いきなり美しい女性と大接近である。
 当然、私は反射的に腰を引く羽目になり、見事なまでのへっぴり腰で、しかし顔だけはキメた。
 はたから見ればさぞかし滑稽であったろう。しかし、今は私たち以外に誰もいない。
「一体どうしたのです。私で良ければ話してみませんか?」
「カメ様……、私は呪われているのかもしれません」
 レイナはそう言うと、大きな瞳に涙を浮かべた。

 *   *   *

 私は、現在の住まいとしている元物置にレイナを連れ込──招き入れると、村長に分けてもらった茶葉で茶を淹れた。
 あちこち隙間があり、木の壁も朽ちてはいるが、意外に骨組みは頑丈で、一応テーブルやベッド、簡易キッチンもある。
「呪われていると仰いましたね。一体どうしてそう思うのですか?」
 私はレイナにそう言って茶を差し出した。
 レイナはもじもじと、自分のワンピースを摘まんで擦り合わせるような仕草をしている。
 恥じらっているのか……。
 無理もない。このレイヴンフィールドに突如として現れた、ガワだけはイケメンの元カメムシ作家と2人っきりなのだ。
「落ちないわ……」
「はい?」
「ここに土が付いているの。家を出てから気付いたのだけど。
 へんね。洗ったばかりのワンピースをクローゼットから出したというのに。
 それに、なんだか酷く臭い」
 そう言うとレイナは、やっぱりあのクローゼットは呪いが掛けられているのだわと呟いた。
 なんだ……。
 私はがっかりした。
 イケメンの私が目の前にいるからもじもじしている訳じゃなく、ワンピースの汚れが気になって取ろうとしていたのか。

 へー。
 ふーん。

 そんな事を考え、私はハッとした。
 つい最近まで、自分は不細工カメムシ末端WEB作家だと自分を卑下していたというのに。
 転生してイケメンになったことですっかり調子に乗っていた。
 まだまだ中身はカメムシのままなのだ。自重せねば。いつバチが当たるとも限らない。
 私は猛省すると、レイナの前に跪いた。
「見せて頂いても?」
「ええ……」
 レイナはそっと手を離した。
 私は少し皺になったそのワンピースを手に触れた。確かに土様の物がこびりついている。
「失礼」
 更に私は顔を寄せて匂いを嗅いでみた。
「グフウッ……」
 た、確かに臭い。吐きそうだ。でもなぜだろう──。
 
 嫌いじゃない……!

 私はレイナの膝に顔を埋めるようにして、繰り返しその臭いを嗅いだ。
 少々鼻がバカになりかけたが、美女の膝の上、元小説家の血が激しく騒いだ。
 アドレナリンが出る。そしてそれが私に言うのだ。
 これは事件だと──。

「カメ様。鼻から血が出ていますわ……」

 違うアドレナリンも出たようだ。
 私は再び腰を引いた。

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