35 / 43
本編:第二章
17
しおりを挟む
『緊急指令、緊急指令! 総監のお嬢さんが警視庁よりご自宅へ向かう際、何者かに拉致された模様。同乗の護衛警官は全員死亡が確認された。付近を警邏中の車両は──』
『場所は港区芝公園4丁目、桜田通り、赤羽橋南交差点、付近には一般市民多数が──』
高瀬と月見里は首都高4号線に乗り、T大医科学研究所経由で警視庁へ向かう覆面パトカーの中で無線を聞いていた。
「東京タワーの下だね……」
「クソッ!」
高瀬はそう吐き捨て、ハンドルを拳で打った。
無線からは次々と現着した車両からの報告が飛び交っている。
それによると、遠子が乗っていたと思われる車両は横転し炎上。警護していた警察関係者は全員巨大な化物に殺害され、遺体は損壊されているという。
また、化物の上には少年がおり、遠子と思しき女性が鬼に抱えられているが、その安否は不明とも伝えられた。
高瀬がカーナビのTVをつける。
そこでは既にTV局が現場の中継を行っていた。交差点で炎上するパトカーを囲むように、野次馬の人垣が出来ている。
「バカ共が。自分たちがバケモンの狩場にいるって事も分かんねぇのか」
「……ネットにも次々と動画が上がってる」
月見里のスマホに表示された動画サイトでは、現場にいる野次馬たちが撮ったと思われる動画が信じられないほどアップロードされており、SNSでも同様の動画が猛烈な勢いで拡散されていた。
──ちょっと待ってなんかの撮影?
──めっちゃリアルwwww
──なにこれAIじゃねぇの?
──警官死んだとかマジ?
──誰か桃太郎呼べよw
──マジきもくて吹いた
──これ再生数稼げんじゃね?
──俺も行こうかなw
ちらと覗いたコメントに、高瀬は気分が悪くなった。
「コイツらバカなのか? この様子じゃ更に野次馬が殺到するぞ」
「まさか、それを狙って……?」
月見里は整った顔をこわばらせた。
これまでもあの化物は人間の腹を破って内臓を喰らっている。これでは集まった野次馬たちは次々と襲われ──。
高瀬の脳裏に、御岳山や赤塚公園で見た遺体が次々とフラッシュバックした。
裂けた腹から流れる血と、垂れ下がる内臓。黄色い脂肪。そして空を見つめる、濁った眼。二度と動かない、二度と帰らない、二度と──。
「クソが! 冗談じゃねぇ!」
高瀬はさらにアクセルを踏み込む。覆面パトカーは間もなく霞が関に差し掛かった。
「月見里、このまま現場へ向かうぞ」
「わかった」
月見里は短く返すと、スマホを通話に切り替えた。
「もしもし、墳堂?」
* * *
「モノテルペンを集めろだと?」
T台医科学研究所の憤堂は、友人からの電話に首を傾げた。そして眉間にいつも以上に深い皺を刻む。
「貴様、先日から一体何をやっている。うん? アレは……あのおかしなウィルスは一体なん──」
『テメー、ゴチャゴチャうるせぇんだよ、独活の大木野郎! 黙ってモノラルなんとかを集めろ!』
「ぬぬ! 貴様は病院にいたエテ公だな? うん?」
憤堂の眉尻がキリリと上がり、鼻息が荒くなった。
月見里と似ても似つかぬあの品のなさ、口の悪さ。見るからに頭が悪そうで、とにかく性に合わない。
『誰がエテ公だコノヤロー!』
『ちょっ、文孝!』
「こらエテ公! 貴様では話にならん! 月見里を出せ!」
墳堂はスマホに向かって怒鳴った。すると暫くガサゴソと言う音が聞こえ、次に聞こえたのは友人の声だった。
『ごめんごめん。詳しいことを説明するよりも先にTVを見てもらった方が早いと思う』
「TVだと?」
墳堂は素直な男である。月見里に言われると、直ぐに教授室にあるTVのリモコンを手にした。
「どこの局だ? うん?」
『多分、どこに合わせても流れてる』
「全く、一体なん──」
TVの電源を入れた墳堂はそのまま固まってしまった。TVでは鬼のような化物が映し出されており、その後ろでは車が燃え盛っている。
ずるりと、トレードマークのサングラスがずり落ちた。
「な、なんだこれは……。うん? 戦隊ヒーローの怪人か?」
『特撮じゃないよ。AIでもない。憤堂、これは現実なんだ。これを倒すためにモノテルペンが必要なんだよ』
憤堂は暫しTV画面を眺めながら考えた。
そして深くため息をつく。
「月見里。あの妙ちくりんなウィルスは、コイツなのだな?」
『今、文孝が警視庁の副総監を通じて総監にも話を通してる。けど、待ってる時間が惜しい。このままじゃ東京が地獄と化してしまう。墳堂、君の力が必要なんだ』
「むう……」
TVニュースの中継では、化物がゆっくりと移動を始めていた。
空にはTV局のヘリが爆音を響かせており、野次馬の前には警察の特殊部隊が盾を持って並んでいた。
その時だった。
「教授? こちらにいらしたんですか」
カラリと教授室の引き戸を開け、准教授、越真樹がやって来た。
「ああ、うん」
咄嗟にTVの電源を落とす。
「ああ、うん。じゃありませんよ。TVなんか見てないで、早く戻ってください!」
「うん……」
「全くもう」
そう言って部屋を出ていく美貌の准教授の後ろ姿を見つめ、憤堂は思案した。
あの怪物があのまま桜田通りを南へ移動すれば、このT台医科学研究所に辿り着く可能性も無きにしも非ず。
越君──。
俺を振り回し、足蹴にし、弄ぶ。美しくも恐ろしい女ヒットラー。
もし、万が一彼女があの化物の手に掛かってしまったら──。俺は──。
『憤堂?』
「良かろう。しかし、高くつくぞ、月見里」
* * *
『場所は港区芝公園4丁目、桜田通り、赤羽橋南交差点、付近には一般市民多数が──』
千里と大沢は、地下室で警察無線を聞いていた。
「チッ。あの変態女……」
言いながら、千里の脳裏には藤田憂夜が浮かんだ。
──待ってるよ。大神千里。
「クソッ」
千里が忌々しげに爪を噛む。その様子を見て、大沢はどうしますかと聞いた。
「アイツの事だ。どうせ何の装備もなしに突っ込むに決まってる」
「でしょうね……」
「だったら、行くしかねぇだろ」
そう言うと千里は大沢にヘルメットを放り投げた。
「出るぞ。準備しろ」
『場所は港区芝公園4丁目、桜田通り、赤羽橋南交差点、付近には一般市民多数が──』
高瀬と月見里は首都高4号線に乗り、T大医科学研究所経由で警視庁へ向かう覆面パトカーの中で無線を聞いていた。
「東京タワーの下だね……」
「クソッ!」
高瀬はそう吐き捨て、ハンドルを拳で打った。
無線からは次々と現着した車両からの報告が飛び交っている。
それによると、遠子が乗っていたと思われる車両は横転し炎上。警護していた警察関係者は全員巨大な化物に殺害され、遺体は損壊されているという。
また、化物の上には少年がおり、遠子と思しき女性が鬼に抱えられているが、その安否は不明とも伝えられた。
高瀬がカーナビのTVをつける。
そこでは既にTV局が現場の中継を行っていた。交差点で炎上するパトカーを囲むように、野次馬の人垣が出来ている。
「バカ共が。自分たちがバケモンの狩場にいるって事も分かんねぇのか」
「……ネットにも次々と動画が上がってる」
月見里のスマホに表示された動画サイトでは、現場にいる野次馬たちが撮ったと思われる動画が信じられないほどアップロードされており、SNSでも同様の動画が猛烈な勢いで拡散されていた。
──ちょっと待ってなんかの撮影?
──めっちゃリアルwwww
──なにこれAIじゃねぇの?
──警官死んだとかマジ?
──誰か桃太郎呼べよw
──マジきもくて吹いた
──これ再生数稼げんじゃね?
──俺も行こうかなw
ちらと覗いたコメントに、高瀬は気分が悪くなった。
「コイツらバカなのか? この様子じゃ更に野次馬が殺到するぞ」
「まさか、それを狙って……?」
月見里は整った顔をこわばらせた。
これまでもあの化物は人間の腹を破って内臓を喰らっている。これでは集まった野次馬たちは次々と襲われ──。
高瀬の脳裏に、御岳山や赤塚公園で見た遺体が次々とフラッシュバックした。
裂けた腹から流れる血と、垂れ下がる内臓。黄色い脂肪。そして空を見つめる、濁った眼。二度と動かない、二度と帰らない、二度と──。
「クソが! 冗談じゃねぇ!」
高瀬はさらにアクセルを踏み込む。覆面パトカーは間もなく霞が関に差し掛かった。
「月見里、このまま現場へ向かうぞ」
「わかった」
月見里は短く返すと、スマホを通話に切り替えた。
「もしもし、墳堂?」
* * *
「モノテルペンを集めろだと?」
T台医科学研究所の憤堂は、友人からの電話に首を傾げた。そして眉間にいつも以上に深い皺を刻む。
「貴様、先日から一体何をやっている。うん? アレは……あのおかしなウィルスは一体なん──」
『テメー、ゴチャゴチャうるせぇんだよ、独活の大木野郎! 黙ってモノラルなんとかを集めろ!』
「ぬぬ! 貴様は病院にいたエテ公だな? うん?」
憤堂の眉尻がキリリと上がり、鼻息が荒くなった。
月見里と似ても似つかぬあの品のなさ、口の悪さ。見るからに頭が悪そうで、とにかく性に合わない。
『誰がエテ公だコノヤロー!』
『ちょっ、文孝!』
「こらエテ公! 貴様では話にならん! 月見里を出せ!」
墳堂はスマホに向かって怒鳴った。すると暫くガサゴソと言う音が聞こえ、次に聞こえたのは友人の声だった。
『ごめんごめん。詳しいことを説明するよりも先にTVを見てもらった方が早いと思う』
「TVだと?」
墳堂は素直な男である。月見里に言われると、直ぐに教授室にあるTVのリモコンを手にした。
「どこの局だ? うん?」
『多分、どこに合わせても流れてる』
「全く、一体なん──」
TVの電源を入れた墳堂はそのまま固まってしまった。TVでは鬼のような化物が映し出されており、その後ろでは車が燃え盛っている。
ずるりと、トレードマークのサングラスがずり落ちた。
「な、なんだこれは……。うん? 戦隊ヒーローの怪人か?」
『特撮じゃないよ。AIでもない。憤堂、これは現実なんだ。これを倒すためにモノテルペンが必要なんだよ』
憤堂は暫しTV画面を眺めながら考えた。
そして深くため息をつく。
「月見里。あの妙ちくりんなウィルスは、コイツなのだな?」
『今、文孝が警視庁の副総監を通じて総監にも話を通してる。けど、待ってる時間が惜しい。このままじゃ東京が地獄と化してしまう。墳堂、君の力が必要なんだ』
「むう……」
TVニュースの中継では、化物がゆっくりと移動を始めていた。
空にはTV局のヘリが爆音を響かせており、野次馬の前には警察の特殊部隊が盾を持って並んでいた。
その時だった。
「教授? こちらにいらしたんですか」
カラリと教授室の引き戸を開け、准教授、越真樹がやって来た。
「ああ、うん」
咄嗟にTVの電源を落とす。
「ああ、うん。じゃありませんよ。TVなんか見てないで、早く戻ってください!」
「うん……」
「全くもう」
そう言って部屋を出ていく美貌の准教授の後ろ姿を見つめ、憤堂は思案した。
あの怪物があのまま桜田通りを南へ移動すれば、このT台医科学研究所に辿り着く可能性も無きにしも非ず。
越君──。
俺を振り回し、足蹴にし、弄ぶ。美しくも恐ろしい女ヒットラー。
もし、万が一彼女があの化物の手に掛かってしまったら──。俺は──。
『憤堂?』
「良かろう。しかし、高くつくぞ、月見里」
* * *
『場所は港区芝公園4丁目、桜田通り、赤羽橋南交差点、付近には一般市民多数が──』
千里と大沢は、地下室で警察無線を聞いていた。
「チッ。あの変態女……」
言いながら、千里の脳裏には藤田憂夜が浮かんだ。
──待ってるよ。大神千里。
「クソッ」
千里が忌々しげに爪を噛む。その様子を見て、大沢はどうしますかと聞いた。
「アイツの事だ。どうせ何の装備もなしに突っ込むに決まってる」
「でしょうね……」
「だったら、行くしかねぇだろ」
そう言うと千里は大沢にヘルメットを放り投げた。
「出るぞ。準備しろ」
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
扉の向こうは黒い影
小野 夜
ホラー
古い校舎の3階、突き当たりの隅にある扉。それは「開かずの扉」と呼ばれ、生徒たちの間で恐れられていた。扉の向こう側には、かつて理科室として使われていた部屋があるはずだったが、今は誰も足を踏み入れない禁断の場所となっていた。
夏休みのある日、ユキは友達のケンジとタケシを誘って、学校に忍び込む。目的は、開かずの扉を開けること。好奇心と恐怖心が入り混じる中、3人はついに扉を開ける。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
兵頭さん
大秦頼太
ホラー
鉄道忘れ物市で見かけた古い本皮のバッグを手に入れてから奇妙なことが起こり始める。乗る電車を間違えたり、知らず知らずのうちに廃墟のような元ニュータウンに立っていたりと。そんなある日、ニュータウンの元住人と出会いそのバッグが兵頭さんの物だったと知る。
牛の首チャンネル
猫じゃらし
ホラー
どうもー。『牛の首チャンネル』のモーと、相棒のワンさんです。ご覧いただきありがとうございます。
このチャンネルは僕と犬のぬいぐるみに取り憑かせた幽霊、ワンさんが心霊スポットに突撃していく動画を投稿しています。
怖い現象、たくさん起きてますので、ぜひ見てみてくださいね。
心霊写真特集もやりたいと思っていますので、心霊写真をお持ちの方はコメント欄かDMにメッセージをお願いします。
よろしくお願いしまーす。
それでは本編へ、どうぞー。
※小説家になろうには「牛の首」というタイトル、エブリスタには「牛の首チャンネル」というタイトルで投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
不労の家
千年砂漠
ホラー
高校を卒業したばかりの隆志は母を急な病で亡くした数日後、訳も分からず母に連れられて夜逃げして以来八年間全く会わなかった父も亡くし、父の実家の世久家を継ぐことになった。
世久家はかなりの資産家で、古くから続く名家だったが、当主には絶対守らなければならない奇妙なしきたりがあった。
それは「一生働かないこと」。
世久の家には富をもたらす神が住んでおり、その神との約束で代々の世久家の当主は働かずに暮らしていた。
初めは戸惑っていた隆志も裕福に暮らせる楽しさを覚え、昔一年だけこの土地に住んでいたときの同級生と遊び回っていたが、やがて恐ろしい出来事が隆志の周りで起こり始める。
経済的に豊かであっても、心まで満たされるとは限らない。
望んでもいないのに生まれたときから背負わされた宿命に、流されるか。抗うか。
彼の最後の選択を見て欲しい。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる