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4: 雨の日は坂の上のカフェで
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「お礼がしたいな」
菊川がそういうと、希与は間髪入れず、それはダメだと言った。
「え? どうしてだい?」
「だって私……、せっかく今日、お礼が出来たのに……」
菊川は訳が分からず、自分の記憶の引き出しを引っ掻き回した。
以前会ったことがあっただろうか。いや、これほど可愛らしい女の子に礼をしたいと思われるような事をやってのけたのなら覚えているはずだ。
しかし一向に思い出せない。
希与は上目で菊川をじっと見つめている。
菊川は次第に焦って来た。
「ええっと、希与さんは俺のこと知ってたの?」
「毎朝、この坂を通って行かれるでしょう?」
そうだ。菊川は頷いた。
しかし、こんなところにカフェがあったとは全く気付かなかった。
「だって、菊川さんはいつも難しい顔をして、電話しながら歩いてましたし」
「ああ……」
その通りだった。
毎日仕事に追われていた。課長になってからは特にそうだ。より良く生きる為に働くという労働の動機付けが逆転し、働くために生きていた。近頃は自分をも見失っていたように思う。
「でも、バッグについてるそのてるてる坊主」
希与がバッグを指さした。そこには、薄汚れたてるてる坊主のマスコットがついていた。
菊川が、もう20年以上人生を共にしている相棒だ。
「それを見てすぐに気づきました。あの時、神社で泣いてた私を助けてくれた男の子だって」
はっとした。そうだ、この子だ。
あの日、菊川が立ち寄った神社の軒下で泣いていた小さな女の子。
かくれんぼをしていたが、誰も見つけられず、しまいに雨が降り出し動けなくなったということだった。
その子に、ランドセルに下げていたこのてるてる坊主を見せてあげたのだ。
もう大丈夫、てるてる坊主がいるから──
『てるてる坊主がいるから! こんな雨、すぐに止むよ! そしたら俺が送ってあげる!』
「あの時一緒にいてくれて、私、ほんとに心強かった。なのに全然お礼が言えなくて。でも、この子が教えてくれました」
希与はてるてる坊主を人差し指で撫でると、嬉しそうに笑った。
「やっと、お礼が出来──」
最後まで言い切ることもままならず、希与の体は菊川の胸に抱きこまれていた。
「違うよ」
菊川はそう言うと、強く希与の体を抱きしめた。
「あの時、俺の方こそ誰かを必要としてたんだ」
あの日、菊川の祖母が亡くなった。菊川の唯一の肉親だった。その祖母が作ってくれたてるてる坊主。それをつけたランドセルを背負い、孤独から逃れるために目的もないまま歩き回っていた。
そうやって歩き回りながらも、誰かのぬくもりが欲しかった。その時に出会ったのが神社で泣いていた女の子だったのだ。
二人で肩を寄せ合い、雨が止むのを待った。その間、菊川は確かに孤独ではなかった。
「誰かに寄り添うことで、自分自身がぬくもりを感じ、生きている意味を感じられることに気が付いた。だから今、こうして福祉関係の器具の会社に勤めてる。誰かの役に立ちたいと、君に出会って思えたから」
菊川は腕の力を弱めると、希与を見つめた。
「だから、これじゃあ、2度も僕が助けられたということになる。お礼、しなきゃな」
「それじゃあ……」
希与はイタズラっぽく微笑むと、菊川の耳に唇を寄せた。
「また、そばにいてくれる?」
「そんな事でいいの?」
「だって……」
希与はぎゅうっと菊川の胸にしがみついた。
「私の心はずっとあの神社であなたを待ち続けていたから。だから出来るならこれからはずっと──」
雨の日は坂の上のこのカフェで、あなたと一緒に晴れ間を待ちたい──。
菊川がそういうと、希与は間髪入れず、それはダメだと言った。
「え? どうしてだい?」
「だって私……、せっかく今日、お礼が出来たのに……」
菊川は訳が分からず、自分の記憶の引き出しを引っ掻き回した。
以前会ったことがあっただろうか。いや、これほど可愛らしい女の子に礼をしたいと思われるような事をやってのけたのなら覚えているはずだ。
しかし一向に思い出せない。
希与は上目で菊川をじっと見つめている。
菊川は次第に焦って来た。
「ええっと、希与さんは俺のこと知ってたの?」
「毎朝、この坂を通って行かれるでしょう?」
そうだ。菊川は頷いた。
しかし、こんなところにカフェがあったとは全く気付かなかった。
「だって、菊川さんはいつも難しい顔をして、電話しながら歩いてましたし」
「ああ……」
その通りだった。
毎日仕事に追われていた。課長になってからは特にそうだ。より良く生きる為に働くという労働の動機付けが逆転し、働くために生きていた。近頃は自分をも見失っていたように思う。
「でも、バッグについてるそのてるてる坊主」
希与がバッグを指さした。そこには、薄汚れたてるてる坊主のマスコットがついていた。
菊川が、もう20年以上人生を共にしている相棒だ。
「それを見てすぐに気づきました。あの時、神社で泣いてた私を助けてくれた男の子だって」
はっとした。そうだ、この子だ。
あの日、菊川が立ち寄った神社の軒下で泣いていた小さな女の子。
かくれんぼをしていたが、誰も見つけられず、しまいに雨が降り出し動けなくなったということだった。
その子に、ランドセルに下げていたこのてるてる坊主を見せてあげたのだ。
もう大丈夫、てるてる坊主がいるから──
『てるてる坊主がいるから! こんな雨、すぐに止むよ! そしたら俺が送ってあげる!』
「あの時一緒にいてくれて、私、ほんとに心強かった。なのに全然お礼が言えなくて。でも、この子が教えてくれました」
希与はてるてる坊主を人差し指で撫でると、嬉しそうに笑った。
「やっと、お礼が出来──」
最後まで言い切ることもままならず、希与の体は菊川の胸に抱きこまれていた。
「違うよ」
菊川はそう言うと、強く希与の体を抱きしめた。
「あの時、俺の方こそ誰かを必要としてたんだ」
あの日、菊川の祖母が亡くなった。菊川の唯一の肉親だった。その祖母が作ってくれたてるてる坊主。それをつけたランドセルを背負い、孤独から逃れるために目的もないまま歩き回っていた。
そうやって歩き回りながらも、誰かのぬくもりが欲しかった。その時に出会ったのが神社で泣いていた女の子だったのだ。
二人で肩を寄せ合い、雨が止むのを待った。その間、菊川は確かに孤独ではなかった。
「誰かに寄り添うことで、自分自身がぬくもりを感じ、生きている意味を感じられることに気が付いた。だから今、こうして福祉関係の器具の会社に勤めてる。誰かの役に立ちたいと、君に出会って思えたから」
菊川は腕の力を弱めると、希与を見つめた。
「だから、これじゃあ、2度も僕が助けられたということになる。お礼、しなきゃな」
「それじゃあ……」
希与はイタズラっぽく微笑むと、菊川の耳に唇を寄せた。
「また、そばにいてくれる?」
「そんな事でいいの?」
「だって……」
希与はぎゅうっと菊川の胸にしがみついた。
「私の心はずっとあの神社であなたを待ち続けていたから。だから出来るならこれからはずっと──」
雨の日は坂の上のこのカフェで、あなたと一緒に晴れ間を待ちたい──。
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