4 / 4
4: 雨の日は坂の上のカフェで
しおりを挟む
「お礼がしたいな」
菊川がそういうと、希与は間髪入れず、それはダメだと言った。
「え? どうしてだい?」
「だって私……、せっかく今日、お礼が出来たのに……」
菊川は訳が分からず、自分の記憶の引き出しを引っ掻き回した。
以前会ったことがあっただろうか。いや、これほど可愛らしい女の子に礼をしたいと思われるような事をやってのけたのなら覚えているはずだ。
しかし一向に思い出せない。
希与は上目で菊川をじっと見つめている。
菊川は次第に焦って来た。
「ええっと、希与さんは俺のこと知ってたの?」
「毎朝、この坂を通って行かれるでしょう?」
そうだ。菊川は頷いた。
しかし、こんなところにカフェがあったとは全く気付かなかった。
「だって、菊川さんはいつも難しい顔をして、電話しながら歩いてましたし」
「ああ……」
その通りだった。
毎日仕事に追われていた。課長になってからは特にそうだ。
より良く生きる為に働くという労働の動機付けが逆転し、働くために生きていた。近頃は自分をも見失っていたように思う。
「でも、バッグについてるそのてるてる坊主」
希与がバッグを指さした。そこには、薄汚れたてるてる坊主のマスコットがついていた。
菊川が、もう20年以上人生を共にしている相棒だ。
「それを見てすぐに気づきました。あの時、神社で泣いてた私を助けてくれた男の子だって」
はっとした。
そうだ、この子だ。
あの日、菊川が立ち寄った神社の軒下で泣いていた小さな女の子。
かくれんぼをしていたが、誰も見つけられず、しまいに雨が降り出し動けなくなったということだった。
その子に、ランドセルに下げていたこのてるてる坊主を見せてあげたのだ。
もう大丈夫、てるてる坊主がいるから──。
『てるてる坊主がいるから! こんな雨、すぐに止むよ! そしたら俺が送ってあげる!』
「あの時一緒にいてくれて、私、ほんとに心強かった。なのに全然お礼が言えなくて。でも、この子が教えてくれました」
希与はてるてる坊主を人差し指で撫でると、嬉しそうに笑った。
「やっと、お礼が出来──」
最後まで言い切ることもままならず、希与の体は菊川の胸に抱きこまれていた。
「違うよ」
菊川はそう言うと、強く希与の体を抱きしめた。
「あの時、俺の方こそ誰かを必要としてたんだ」
あの日、菊川の祖母が亡くなった。菊川の唯一の肉親だった。
その祖母が作ってくれたてるてる坊主。それをつけたランドセルを背負い、孤独から逃れるために目的もないまま歩き回っていた。
そうやって歩き回りながらも、誰かのぬくもりが欲しかった。その時に出会ったのが神社で泣いていた女の子だったのだ。
二人で肩を寄せ合い、雨が止むのを待った。その間、菊川は確かに孤独ではなかった。
「誰かに寄り添うことで、自分自身がぬくもりを感じ、生きている意味を感じられることに気が付いた。
だから今、こうして福祉関係の器具の会社に勤めてる。誰かの役に立ちたいと、君に出会って思えたから」
菊川は腕の力を弱めると、希与を見つめた。
「だから、これじゃあ、2度も僕が助けられたということになる。お礼、しなきゃな」
「それじゃあ……」
希与はイタズラっぽく微笑むと、菊川の耳に唇を寄せた。
「また、そばにいてくれる?」
「そんな事でいいの?」
「だって……」
希与はぎゅうっと菊川の胸にしがみついた。
「私の心はずっとあの神社であなたを待ち続けていたから。だから出来るならこれからはずっと──」
雨の日は坂の上のこのカフェで。
あなたと一緒に晴れ間を待ちたい──。
菊川がそういうと、希与は間髪入れず、それはダメだと言った。
「え? どうしてだい?」
「だって私……、せっかく今日、お礼が出来たのに……」
菊川は訳が分からず、自分の記憶の引き出しを引っ掻き回した。
以前会ったことがあっただろうか。いや、これほど可愛らしい女の子に礼をしたいと思われるような事をやってのけたのなら覚えているはずだ。
しかし一向に思い出せない。
希与は上目で菊川をじっと見つめている。
菊川は次第に焦って来た。
「ええっと、希与さんは俺のこと知ってたの?」
「毎朝、この坂を通って行かれるでしょう?」
そうだ。菊川は頷いた。
しかし、こんなところにカフェがあったとは全く気付かなかった。
「だって、菊川さんはいつも難しい顔をして、電話しながら歩いてましたし」
「ああ……」
その通りだった。
毎日仕事に追われていた。課長になってからは特にそうだ。
より良く生きる為に働くという労働の動機付けが逆転し、働くために生きていた。近頃は自分をも見失っていたように思う。
「でも、バッグについてるそのてるてる坊主」
希与がバッグを指さした。そこには、薄汚れたてるてる坊主のマスコットがついていた。
菊川が、もう20年以上人生を共にしている相棒だ。
「それを見てすぐに気づきました。あの時、神社で泣いてた私を助けてくれた男の子だって」
はっとした。
そうだ、この子だ。
あの日、菊川が立ち寄った神社の軒下で泣いていた小さな女の子。
かくれんぼをしていたが、誰も見つけられず、しまいに雨が降り出し動けなくなったということだった。
その子に、ランドセルに下げていたこのてるてる坊主を見せてあげたのだ。
もう大丈夫、てるてる坊主がいるから──。
『てるてる坊主がいるから! こんな雨、すぐに止むよ! そしたら俺が送ってあげる!』
「あの時一緒にいてくれて、私、ほんとに心強かった。なのに全然お礼が言えなくて。でも、この子が教えてくれました」
希与はてるてる坊主を人差し指で撫でると、嬉しそうに笑った。
「やっと、お礼が出来──」
最後まで言い切ることもままならず、希与の体は菊川の胸に抱きこまれていた。
「違うよ」
菊川はそう言うと、強く希与の体を抱きしめた。
「あの時、俺の方こそ誰かを必要としてたんだ」
あの日、菊川の祖母が亡くなった。菊川の唯一の肉親だった。
その祖母が作ってくれたてるてる坊主。それをつけたランドセルを背負い、孤独から逃れるために目的もないまま歩き回っていた。
そうやって歩き回りながらも、誰かのぬくもりが欲しかった。その時に出会ったのが神社で泣いていた女の子だったのだ。
二人で肩を寄せ合い、雨が止むのを待った。その間、菊川は確かに孤独ではなかった。
「誰かに寄り添うことで、自分自身がぬくもりを感じ、生きている意味を感じられることに気が付いた。
だから今、こうして福祉関係の器具の会社に勤めてる。誰かの役に立ちたいと、君に出会って思えたから」
菊川は腕の力を弱めると、希与を見つめた。
「だから、これじゃあ、2度も僕が助けられたということになる。お礼、しなきゃな」
「それじゃあ……」
希与はイタズラっぽく微笑むと、菊川の耳に唇を寄せた。
「また、そばにいてくれる?」
「そんな事でいいの?」
「だって……」
希与はぎゅうっと菊川の胸にしがみついた。
「私の心はずっとあの神社であなたを待ち続けていたから。だから出来るならこれからはずっと──」
雨の日は坂の上のこのカフェで。
あなたと一緒に晴れ間を待ちたい──。
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる