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第五章
6 胡乱
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森崎は、戸口に銃を構える男の姿を捉えた。
そして弾け飛ぶ氷室の姿を。
「……スマホに電源が入っていましたよ。氷室刑事。おかげでここまで来ることが出来ました」
「ああ、警部……」
氷室は肩口を押さえ、ゆらりと体を起こす。
そして立ち上がると、ゆっくりと男の方へと向かった。
「警部……。良かった……。アートワーカーを……」
「止まりなさい、氷室刑事!」
男は、眼鏡の奥の冷え切った目で、氷室を見つめている。
そして、続々と銃を構えたSITが入って来た。
銃口が一斉に氷室に向き、室内に次々と弾を装填する音が鳴り響く。
氷室は困惑顔で周囲を見渡した。
「どうしたんです、森永警──」
「氷室正臣!」
氷室の呼びかけを制し、警部と呼ばれたその男は、片手で銃を構えたまま、懐から1枚の紙を取り出した。
「アートワーカー連続殺人事件及び──内海……」
男は一瞬言葉を飲み込んだが、掲げた紙をぐっと掴むと続けた。
「内海翔平殺害の容疑で逮捕します!」
氷室は呆然と立ち尽くし、室内はしんと静まり返った。
「手を、頭の後ろに組んで膝をつきなさい」
森永は氷室に銃口を向けたまま静かに近づく。
次の瞬間。
「──うおぉぉおおッ!」
氷室はナイフを振り上げると森永に襲い掛かった。
「警部危ないッ!」
「警部!」
そこからはスローモーションだった。
ナイフを振り上げ向かって行く氷室──。
連続する発砲音──。
森崎は徳井を抱えるようにして部屋の隅に転がると、まるで踊る様に体を捩り続け、血飛沫を上げる氷室をただ見ていた。
どさりと、目の前に氷室が倒れる。
その下から、生き物のように赤い血が床を這って行った。
「あなたは──。あなたは、警察の──恥です。氷室正臣」
レンズが白く反射し表情は見えない。
しかし、そう言って氷室の傍で膝をつく彼の肩は、酷く──。
酷く震えていた──。
* * *
東京拘置所で、佐伯と森崎は、2人を隔てる薄く、しかし厚い仕切りを挟み向かい合っていた。
「なんだか──、夢を見ていたようです」
「そうですね。分かりますよ」
森崎はそう言うと、儚げな笑みを浮かべた。
佐伯は一命を取り留めたが、また様々な記憶を取りこぼしてしまったようだった。
それでもいい。
彼は、自分に夢を叶えさせてくれた。それで充分だ。
辛い記憶は、自分が背負って行く。
「また、一緒に本を作りましょう?」
佐伯は、いつか自分が言った言葉をそのまま口にした。
覚えていたのか、それとも偶然なのか。
だが、それはもう二度と叶わないだろう。
「そろそろ時間です」
刑務官がそう言って立ち上がる。
佐伯と森崎も立ち上がった。
「それじゃあ、体に気をつけて」
森崎は目を細め、手錠の掛かった手を振った。
* * *
事件がひと段落し、日常を取り戻した捜査一課のデカ部屋で森永が書類に目を通していると、目の前に熱い茶と饅頭が差し出された。
「竹山さん……」
「最近は、コンビニでもなかなか美味い饅頭を置いとるんですな」
竹山はそばにあった椅子を引き寄せると、それに跨るように座り、ポケットから出した饅頭の包みを開けた。
それにかぶりつき、ペットボトルの茶で流し込む。
そして、背後の机に置かれた花をちらりと見た。
そこは、刑事になりたての若者の席だった机──。
「警部」
「なんでしょう」
「ホンマに、あの車に残ってた血痕は、森崎の犯行やったんやろか」
「……本人が、そう自白しています。遺体は全く出ていませんが」
「佐伯は関係ないと?」
「本人が再び脳梗塞で記憶を失ってしまっていますから」
「真相は闇の中──か」
そうですねと言って森永も茶に手を伸ばす。
そして苦い緑茶を啜ると、息をついた。
「森崎はどうなるんやろなぁ」
「──間違いなく、極刑でしょうね」
「後味の悪い事件やったな」
竹山は饅頭とため息を飲み込む。
喉に何かが引っ掛かったような感覚がいつまでも残った。
そして弾け飛ぶ氷室の姿を。
「……スマホに電源が入っていましたよ。氷室刑事。おかげでここまで来ることが出来ました」
「ああ、警部……」
氷室は肩口を押さえ、ゆらりと体を起こす。
そして立ち上がると、ゆっくりと男の方へと向かった。
「警部……。良かった……。アートワーカーを……」
「止まりなさい、氷室刑事!」
男は、眼鏡の奥の冷え切った目で、氷室を見つめている。
そして、続々と銃を構えたSITが入って来た。
銃口が一斉に氷室に向き、室内に次々と弾を装填する音が鳴り響く。
氷室は困惑顔で周囲を見渡した。
「どうしたんです、森永警──」
「氷室正臣!」
氷室の呼びかけを制し、警部と呼ばれたその男は、片手で銃を構えたまま、懐から1枚の紙を取り出した。
「アートワーカー連続殺人事件及び──内海……」
男は一瞬言葉を飲み込んだが、掲げた紙をぐっと掴むと続けた。
「内海翔平殺害の容疑で逮捕します!」
氷室は呆然と立ち尽くし、室内はしんと静まり返った。
「手を、頭の後ろに組んで膝をつきなさい」
森永は氷室に銃口を向けたまま静かに近づく。
次の瞬間。
「──うおぉぉおおッ!」
氷室はナイフを振り上げると森永に襲い掛かった。
「警部危ないッ!」
「警部!」
そこからはスローモーションだった。
ナイフを振り上げ向かって行く氷室──。
連続する発砲音──。
森崎は徳井を抱えるようにして部屋の隅に転がると、まるで踊る様に体を捩り続け、血飛沫を上げる氷室をただ見ていた。
どさりと、目の前に氷室が倒れる。
その下から、生き物のように赤い血が床を這って行った。
「あなたは──。あなたは、警察の──恥です。氷室正臣」
レンズが白く反射し表情は見えない。
しかし、そう言って氷室の傍で膝をつく彼の肩は、酷く──。
酷く震えていた──。
* * *
東京拘置所で、佐伯と森崎は、2人を隔てる薄く、しかし厚い仕切りを挟み向かい合っていた。
「なんだか──、夢を見ていたようです」
「そうですね。分かりますよ」
森崎はそう言うと、儚げな笑みを浮かべた。
佐伯は一命を取り留めたが、また様々な記憶を取りこぼしてしまったようだった。
それでもいい。
彼は、自分に夢を叶えさせてくれた。それで充分だ。
辛い記憶は、自分が背負って行く。
「また、一緒に本を作りましょう?」
佐伯は、いつか自分が言った言葉をそのまま口にした。
覚えていたのか、それとも偶然なのか。
だが、それはもう二度と叶わないだろう。
「そろそろ時間です」
刑務官がそう言って立ち上がる。
佐伯と森崎も立ち上がった。
「それじゃあ、体に気をつけて」
森崎は目を細め、手錠の掛かった手を振った。
* * *
事件がひと段落し、日常を取り戻した捜査一課のデカ部屋で森永が書類に目を通していると、目の前に熱い茶と饅頭が差し出された。
「竹山さん……」
「最近は、コンビニでもなかなか美味い饅頭を置いとるんですな」
竹山はそばにあった椅子を引き寄せると、それに跨るように座り、ポケットから出した饅頭の包みを開けた。
それにかぶりつき、ペットボトルの茶で流し込む。
そして、背後の机に置かれた花をちらりと見た。
そこは、刑事になりたての若者の席だった机──。
「警部」
「なんでしょう」
「ホンマに、あの車に残ってた血痕は、森崎の犯行やったんやろか」
「……本人が、そう自白しています。遺体は全く出ていませんが」
「佐伯は関係ないと?」
「本人が再び脳梗塞で記憶を失ってしまっていますから」
「真相は闇の中──か」
そうですねと言って森永も茶に手を伸ばす。
そして苦い緑茶を啜ると、息をついた。
「森崎はどうなるんやろなぁ」
「──間違いなく、極刑でしょうね」
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竹山は饅頭とため息を飲み込む。
喉に何かが引っ掛かったような感覚がいつまでも残った。
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