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第三章
4 驚靂
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外に出た佐伯は、駐車場の植え込みの影に潜んでいた。
直ぐにここを出ようかとも考えたが、氷室が出て行くのを確認してから出る方がより安全だと考えたからだった。
森崎から渡されたスマホをポケットから出す。
連絡手段だけではなく、調べ物も出来れば、ニュース、TV番組も確認出来、地図アプリや乗換案内で移動にも重宝する。
しかし、このスマホを持っている事が知れれば、GPSで佐伯の居場所は特定されてしまう。
必要な時以外は電源を落としておくのが良いだろう。バッテリーの節約にもなる。
その前に──と、佐伯は妹美憂の番号をタップした。
これで連絡が取れれば、なんの心配もない。無事を確認したかった。
直ぐにコールが始まる。
──えっ?
想定外の事に佐伯は目を見開き、きょろきょろと辺りを窺った。
スマホを耳から離す。
間違いない。
美憂のスマホの着信音と同じメロディーが鳴っている。
童謡の森のくまさんだ。
佐伯は一度通話を切った。
音はぴたりと止んだ。
今のは──。
佐伯は混乱してきた。と同時に、息が上がって来る。
もう一度発信する。
するとやはり聞こえてきた。
姿勢を低くし、周囲に気を配りながら音を辿る。
「どちらへ行かれるんですか?」
突然聞こえて来た声に、佐伯の心臓は飛び出しそうになった。
手にしていたスマホをポケットに戻すと、慌てて元いた茂みに身を隠す。
「しつこいですね」
「仕事なんで」
声はだんだんと近づいて来る。
森崎だ。その後ろを氷室が付いて歩いている。
「私も仕事です!」
森崎の声には剣がある。佐伯が聞いた事のない口調だ。
「ねぇ、森崎さ──」
「いい加減にしてください。令状があるなら別ですが、そうではないでしょう!」
佐伯の米神が心臓の鼓動に合わせて波打った。
背中や脇はじっとりと濡れている。
どういうことだろう。部屋で何があったのか。
不安が渦巻く。
立て続けに車のドアを閉める音がし、エンジンが掛る。
そっと陰から顔を出すと、森崎の車が駐車場を出、その後を追うようにもう一台が出て行くのが見えた。
恐らくあれが氷室の車だろう。
佐伯は走り去る氷室の車の写真を撮った。
「はぁ……」
全身から力が抜け、ため息が出た。
思わずその場に座り込む。
これからどうすべきか。森崎もマークされているようだ。
となれば、ここからなるべく離れればならないだろう。
頭がずきずきとして来た。
そう言えば、事故に遭って以来薬を飲んでいない。
直ぐにどうこうなるとは思えないが、このまま薬のないままの生活が続けば・・再発の恐れがある。
また何かを忘れてしまったら──。
──徳井先生。忘れてしまったんですね。
随分前、退院した時に森崎が言った言葉を思い出す。
自分はいったい何を忘れてしまったんだろう。
あれ以来、森崎は何も言わない。
「そうだ……」
佐伯は立ち上がり、もう一度、美憂へとリダイアルした。
しかし、何の音も鳴らない。もう一度リダイアルする。
やはり聞こえてこない。
佐伯の心臓がドンと鳴り、全身が粟立った。
あれから動いたのは森崎と氷室の車だけだ。
つまり──。
美憂のスマホが、あの二人の内のどちらかの車に乗っている──?
馬鹿な。
佐伯は自分の考えを振り払おうとしたが、ふと、病院での氷室の言葉を思い出した。
──お前の車からルミノール反応が出たぞ。
そう言えば、何故森崎から譲り受けた車からルミノール反応出たのか。
佐伯の脳裏に、森崎の優しい笑顔が浮かぶ。
いつもはほっとする筈なのに、今の佐伯には絶望しかなかった──。
* * *
森崎は、K書店出版へと向かった。
ルームミラーには氷室の車がずっと映っている。
自分が本当に会社に向かっているかどうかを確認するとともに、マークしているぞと言うアピールのつもりなのだろう。
”明日、朝9時より新台入れ替え! リニューアルオープーン! ワクワクドキドキ! 楽しい一日!
皆様お誘いあわせの上! どうぞいらしてください! 新装開店ー! パチンコならFSGー!”
「煩いな……」
家を出てからずっと、後方から街宣カーが大音量で音楽を流しながら付いて来ていた。
繰り返し鳴らされるアナウンスと音楽は、窓を閉めていても頭がガンガンする程の音量だ。その大音量が苛立ちを増幅させる。
ミラーをちらりと見る。
後ろの氷室も、片耳を抑え顔を歪めていた。
”明日、朝9時より新台入れ替え! リニューアルオープーン! ワクワクドキドキ! 楽しい一日!
皆様お誘いあわせの上! どうぞいらしてください! 新装開店ー! パチンコならFSGー!”
暗いトランクの中で、美憂のスマホが着信を告げていた。
しかし、騒音にかき消された「森のくまさん」に気付く者などいなかった──。
* * *
森崎が社屋の駐車場へと吸い込まれていくのを見届けたころ、氷室のスマホが鳴った。
ハンズフリーで応答する。
『あ。主任?』
翔平だった。
しかし、ハンズフリーでは街宣カーの音も目一杯拾ってしまう。
氷室は路肩に車を止めた。すると街宣カーは氷室の横を走り抜けて行く。
なんだ最初からこうすれば良かったと思うと共に、漸くあの大音量から解放され、思わず溜息が出る。
随分肩も凝っており、かなりのストレスを感じていたのだと、改めて痛感した。
『なんかめっちゃうるさかったっすけど、パチンコ?』
「そんな訳あるか。どうした?」
『今、捜査会議があったんすけど、主任が来ないから心配したんですよ』
うっかりしていた。
今日は定例の会議がある日だった。
「すまん。今からそっちに行くよ。なんかめぼしい情報はあったか?」
『佐伯の車が、あの編集者の森崎の物でした!』
「それは知ってる。他には?」
翔平はうーんと唸ると、そうだと思い出したように言った。
『佐伯にキオーレキがあったって位ですかね』
「既往歴? 持病かなんか?」
『若年性脳梗塞って言うヤツで、6年前に搬送されて、緊急手術したらしいです』
翔平によると、病院のカルテや健康保険の履歴は5年で破棄されるが、保険会社の代理店が、たまたま佐伯が請求した入院給付金の履歴を保管していた事で明らかになったのだと言う。
『怖いっすね~。若いのに。聞くところによると、それって遺伝性の物だったらしくって。警部もそんな話してましたもんね』
そう言えば──。
確かに、第三の現場で森永が佐伯の父親の事に触れた際、佐伯の父親の事故も脳梗塞が原因であったと言う話をしていた。
「とにかくそっちへ行くよ。心配かけて悪かったな」
翔平は明るく「待ってまーす」と言うと通話を切った。
「若年性脳梗塞か……」
助かって良かった。
しかし──。
「なるほどね……」
直ぐにここを出ようかとも考えたが、氷室が出て行くのを確認してから出る方がより安全だと考えたからだった。
森崎から渡されたスマホをポケットから出す。
連絡手段だけではなく、調べ物も出来れば、ニュース、TV番組も確認出来、地図アプリや乗換案内で移動にも重宝する。
しかし、このスマホを持っている事が知れれば、GPSで佐伯の居場所は特定されてしまう。
必要な時以外は電源を落としておくのが良いだろう。バッテリーの節約にもなる。
その前に──と、佐伯は妹美憂の番号をタップした。
これで連絡が取れれば、なんの心配もない。無事を確認したかった。
直ぐにコールが始まる。
──えっ?
想定外の事に佐伯は目を見開き、きょろきょろと辺りを窺った。
スマホを耳から離す。
間違いない。
美憂のスマホの着信音と同じメロディーが鳴っている。
童謡の森のくまさんだ。
佐伯は一度通話を切った。
音はぴたりと止んだ。
今のは──。
佐伯は混乱してきた。と同時に、息が上がって来る。
もう一度発信する。
するとやはり聞こえてきた。
姿勢を低くし、周囲に気を配りながら音を辿る。
「どちらへ行かれるんですか?」
突然聞こえて来た声に、佐伯の心臓は飛び出しそうになった。
手にしていたスマホをポケットに戻すと、慌てて元いた茂みに身を隠す。
「しつこいですね」
「仕事なんで」
声はだんだんと近づいて来る。
森崎だ。その後ろを氷室が付いて歩いている。
「私も仕事です!」
森崎の声には剣がある。佐伯が聞いた事のない口調だ。
「ねぇ、森崎さ──」
「いい加減にしてください。令状があるなら別ですが、そうではないでしょう!」
佐伯の米神が心臓の鼓動に合わせて波打った。
背中や脇はじっとりと濡れている。
どういうことだろう。部屋で何があったのか。
不安が渦巻く。
立て続けに車のドアを閉める音がし、エンジンが掛る。
そっと陰から顔を出すと、森崎の車が駐車場を出、その後を追うようにもう一台が出て行くのが見えた。
恐らくあれが氷室の車だろう。
佐伯は走り去る氷室の車の写真を撮った。
「はぁ……」
全身から力が抜け、ため息が出た。
思わずその場に座り込む。
これからどうすべきか。森崎もマークされているようだ。
となれば、ここからなるべく離れればならないだろう。
頭がずきずきとして来た。
そう言えば、事故に遭って以来薬を飲んでいない。
直ぐにどうこうなるとは思えないが、このまま薬のないままの生活が続けば・・再発の恐れがある。
また何かを忘れてしまったら──。
──徳井先生。忘れてしまったんですね。
随分前、退院した時に森崎が言った言葉を思い出す。
自分はいったい何を忘れてしまったんだろう。
あれ以来、森崎は何も言わない。
「そうだ……」
佐伯は立ち上がり、もう一度、美憂へとリダイアルした。
しかし、何の音も鳴らない。もう一度リダイアルする。
やはり聞こえてこない。
佐伯の心臓がドンと鳴り、全身が粟立った。
あれから動いたのは森崎と氷室の車だけだ。
つまり──。
美憂のスマホが、あの二人の内のどちらかの車に乗っている──?
馬鹿な。
佐伯は自分の考えを振り払おうとしたが、ふと、病院での氷室の言葉を思い出した。
──お前の車からルミノール反応が出たぞ。
そう言えば、何故森崎から譲り受けた車からルミノール反応出たのか。
佐伯の脳裏に、森崎の優しい笑顔が浮かぶ。
いつもはほっとする筈なのに、今の佐伯には絶望しかなかった──。
* * *
森崎は、K書店出版へと向かった。
ルームミラーには氷室の車がずっと映っている。
自分が本当に会社に向かっているかどうかを確認するとともに、マークしているぞと言うアピールのつもりなのだろう。
”明日、朝9時より新台入れ替え! リニューアルオープーン! ワクワクドキドキ! 楽しい一日!
皆様お誘いあわせの上! どうぞいらしてください! 新装開店ー! パチンコならFSGー!”
「煩いな……」
家を出てからずっと、後方から街宣カーが大音量で音楽を流しながら付いて来ていた。
繰り返し鳴らされるアナウンスと音楽は、窓を閉めていても頭がガンガンする程の音量だ。その大音量が苛立ちを増幅させる。
ミラーをちらりと見る。
後ろの氷室も、片耳を抑え顔を歪めていた。
”明日、朝9時より新台入れ替え! リニューアルオープーン! ワクワクドキドキ! 楽しい一日!
皆様お誘いあわせの上! どうぞいらしてください! 新装開店ー! パチンコならFSGー!”
暗いトランクの中で、美憂のスマホが着信を告げていた。
しかし、騒音にかき消された「森のくまさん」に気付く者などいなかった──。
* * *
森崎が社屋の駐車場へと吸い込まれていくのを見届けたころ、氷室のスマホが鳴った。
ハンズフリーで応答する。
『あ。主任?』
翔平だった。
しかし、ハンズフリーでは街宣カーの音も目一杯拾ってしまう。
氷室は路肩に車を止めた。すると街宣カーは氷室の横を走り抜けて行く。
なんだ最初からこうすれば良かったと思うと共に、漸くあの大音量から解放され、思わず溜息が出る。
随分肩も凝っており、かなりのストレスを感じていたのだと、改めて痛感した。
『なんかめっちゃうるさかったっすけど、パチンコ?』
「そんな訳あるか。どうした?」
『今、捜査会議があったんすけど、主任が来ないから心配したんですよ』
うっかりしていた。
今日は定例の会議がある日だった。
「すまん。今からそっちに行くよ。なんかめぼしい情報はあったか?」
『佐伯の車が、あの編集者の森崎の物でした!』
「それは知ってる。他には?」
翔平はうーんと唸ると、そうだと思い出したように言った。
『佐伯にキオーレキがあったって位ですかね』
「既往歴? 持病かなんか?」
『若年性脳梗塞って言うヤツで、6年前に搬送されて、緊急手術したらしいです』
翔平によると、病院のカルテや健康保険の履歴は5年で破棄されるが、保険会社の代理店が、たまたま佐伯が請求した入院給付金の履歴を保管していた事で明らかになったのだと言う。
『怖いっすね~。若いのに。聞くところによると、それって遺伝性の物だったらしくって。警部もそんな話してましたもんね』
そう言えば──。
確かに、第三の現場で森永が佐伯の父親の事に触れた際、佐伯の父親の事故も脳梗塞が原因であったと言う話をしていた。
「とにかくそっちへ行くよ。心配かけて悪かったな」
翔平は明るく「待ってまーす」と言うと通話を切った。
「若年性脳梗塞か……」
助かって良かった。
しかし──。
「なるほどね……」
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