7 / 32
第二章
3 冒涜
しおりを挟む「ふう。ちょっと待って」
何度目かでゲームが終了した時、茂がそう言って、コントローラーを床に置いた。ぷよぷよを始めてから気付けば二時間以上経っていた。両腕を上にあげて伸びをし、数秒後に脱力する。一つ息をつく。
「疲れたか?」
「いや、大丈夫」
高志もチューハイの缶を手に取ったが、さっき飲み干して空になったことを思い出し、立ち上がった。
「お前もいる?」
「あ、欲しい」
冷蔵庫から缶を二本取り出して、居間に戻る。ビールを茂に手渡すと、高志も座って新しいチューハイの缶を開けた。一口飲むと、冷蔵庫から出したばかりのそれは随分と冷たく感じられた。
束の間、沈黙が訪れる。お互いに時折缶を口に運びながら、何を話すこともなく、並んで座っていた。横目で見ると、茂は缶を手に持ったまま少しだけ俯いている。気付かれないうちに視線を外して、高志は再びチューハイを一口飲んだ。
数秒後、今度は自分に向けられた視線を感じて、高志はまた茂の方を見た。こちらをじっと見ている茂と目が合い、はっとする。その瞬間が間もなく訪れることを察して、高志は身構えた。
茂は珍しく少し躊躇しているように見えた。しかし、やはり身を起こすと、高志に近付いてきた。そのまま唇が重なる。無意識に高志は身を引いた。柔らかい感触が唇を覆う。この後自分が口にすべき言葉を思い浮かべると、少しだけ胸に圧迫感がせり上がってきた。
またしばし躊躇ったような間の後に、少し開いた高志の唇から茂の舌が入ってくる。その感触を得た瞬間、分かっているのにするんだな、と高志は諦念にも似た感情を覚えた。自分が今から告げる言葉を、茂は分かっている。分かっているからこそ、今少しだけ迷ったんじゃないのか。分かっているくせに。
高志は目を閉じると、茂の両肩を掴み、力を込めて身を離した。
「――細谷」
肩を掴まれて遠ざけられた茂は、驚く様子もなく、高志を見返してきた。自分の鼓動が突然強くなったのを感じながら、高志も茂の顔を見た。
そして高志は、何度も頭の中で繰り返した問いをついに口にした。今までどうしても聞くことができなかったことを。
「……もし俺が、もうこういうことしたくないって言ったら」
茂が、薄く開いていた口を閉じる。全て理解しているかのような表情をしている。高志は茂の肩から手を離した。
「お前……友達やめんの」
茂はしばらく答えなかった。
結局あの時に戻った。茂が暗闇の中で、明日から友達をやめていい、と言ったあの夜。高志はそこに直面することをずっと避けてきた。答えを出さないようにしていたその努力は、しかし単に先延ばしの効果しか持たなかった。
しばらく無言で見つめ合う。そして無表情に高志を見る茂の、その目に反射する光がひときわ強くなったように見えた瞬間、茂は目を逸らした。そうして俯く茂を、高志はただ見ていた。他の人間には見せない、多分高志にだけ見せているのかもしれない、茂の素の表情。結構よく泣くんだな、とぼんやりと思う。そして、その高志に対してすら、きっと茂は何か月もずっと意識して笑顔を作っていたに違いなかった。
「……言うなよ」
茂が、ようやく小さな声で言った。
それは高志が望んでいた返答ではなかった。そんなことはない、という言葉を高志は待っていた。しかし代わりに与えられたその答えは、茂が今でもその選択肢を手放していないことを言外に伝えてきた。
「……今日で最後にするから」
それでももうしたくない、と言える覚悟が高志にはなかった。何も言えなかった。
何度目かでゲームが終了した時、茂がそう言って、コントローラーを床に置いた。ぷよぷよを始めてから気付けば二時間以上経っていた。両腕を上にあげて伸びをし、数秒後に脱力する。一つ息をつく。
「疲れたか?」
「いや、大丈夫」
高志もチューハイの缶を手に取ったが、さっき飲み干して空になったことを思い出し、立ち上がった。
「お前もいる?」
「あ、欲しい」
冷蔵庫から缶を二本取り出して、居間に戻る。ビールを茂に手渡すと、高志も座って新しいチューハイの缶を開けた。一口飲むと、冷蔵庫から出したばかりのそれは随分と冷たく感じられた。
束の間、沈黙が訪れる。お互いに時折缶を口に運びながら、何を話すこともなく、並んで座っていた。横目で見ると、茂は缶を手に持ったまま少しだけ俯いている。気付かれないうちに視線を外して、高志は再びチューハイを一口飲んだ。
数秒後、今度は自分に向けられた視線を感じて、高志はまた茂の方を見た。こちらをじっと見ている茂と目が合い、はっとする。その瞬間が間もなく訪れることを察して、高志は身構えた。
茂は珍しく少し躊躇しているように見えた。しかし、やはり身を起こすと、高志に近付いてきた。そのまま唇が重なる。無意識に高志は身を引いた。柔らかい感触が唇を覆う。この後自分が口にすべき言葉を思い浮かべると、少しだけ胸に圧迫感がせり上がってきた。
またしばし躊躇ったような間の後に、少し開いた高志の唇から茂の舌が入ってくる。その感触を得た瞬間、分かっているのにするんだな、と高志は諦念にも似た感情を覚えた。自分が今から告げる言葉を、茂は分かっている。分かっているからこそ、今少しだけ迷ったんじゃないのか。分かっているくせに。
高志は目を閉じると、茂の両肩を掴み、力を込めて身を離した。
「――細谷」
肩を掴まれて遠ざけられた茂は、驚く様子もなく、高志を見返してきた。自分の鼓動が突然強くなったのを感じながら、高志も茂の顔を見た。
そして高志は、何度も頭の中で繰り返した問いをついに口にした。今までどうしても聞くことができなかったことを。
「……もし俺が、もうこういうことしたくないって言ったら」
茂が、薄く開いていた口を閉じる。全て理解しているかのような表情をしている。高志は茂の肩から手を離した。
「お前……友達やめんの」
茂はしばらく答えなかった。
結局あの時に戻った。茂が暗闇の中で、明日から友達をやめていい、と言ったあの夜。高志はそこに直面することをずっと避けてきた。答えを出さないようにしていたその努力は、しかし単に先延ばしの効果しか持たなかった。
しばらく無言で見つめ合う。そして無表情に高志を見る茂の、その目に反射する光がひときわ強くなったように見えた瞬間、茂は目を逸らした。そうして俯く茂を、高志はただ見ていた。他の人間には見せない、多分高志にだけ見せているのかもしれない、茂の素の表情。結構よく泣くんだな、とぼんやりと思う。そして、その高志に対してすら、きっと茂は何か月もずっと意識して笑顔を作っていたに違いなかった。
「……言うなよ」
茂が、ようやく小さな声で言った。
それは高志が望んでいた返答ではなかった。そんなことはない、という言葉を高志は待っていた。しかし代わりに与えられたその答えは、茂が今でもその選択肢を手放していないことを言外に伝えてきた。
「……今日で最後にするから」
それでももうしたくない、と言える覚悟が高志にはなかった。何も言えなかった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
コドク 〜ミドウとクロ〜
藤井ことなり
ミステリー
刑事課黒田班に配属されて数ヶ月経ったある日、マキこと牧里子巡査は[ミドウ案件]という言葉を知る。
それはTMS探偵事務所のミドウこと、西御堂あずらが関係する事件のことだった。
ミドウはマキの上司であるクロこと黒田誠悟とは元同僚で上司と部下の関係。
警察を辞め探偵になったミドウは事件を掘り起こして、あとは警察に任せるという厄介な人物となっていた。
事件で関わってしまったマキは、その後お目付け役としてミドウと行動を共にする[ミドウ番]となってしまい、黒田班として刑事でありながらミドウのパートナーとして事件に関わっていく。
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ミノタウロスの森とアリアドネの嘘
鬼霧宗作
ミステリー
過去の記録、過去の記憶、過去の事実。
新聞社で働く彼女の元に、ある時8ミリのビデオテープが届いた。再生してみると、それは地元で有名なミノタウロスの森と呼ばれる場所で撮影されたものらしく――それは次第に、スプラッター映画顔負けの惨殺映像へと変貌を遂げる。
現在と過去をつなぐのは8ミリのビデオテープのみ。
過去の謎を、現代でなぞりながらたどり着く答えとは――。
――アリアドネは嘘をつく。
(過去に別サイトにて掲載していた【拝啓、15年前より】という作品を、時代背景や登場人物などを一新してフルリメイクしました)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
強制憑依アプリを使ってみた。
本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。
校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈
これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。
不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。
その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。
話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。
頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。
まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる